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(54) ユリシスとの思い出



 エディアルドの護衛であるユリシスとジルサンドラだったわたしとの付き合いはそれなりに長い。

 婚約が決まって初めて夏の社交期に王都を尋ねたとき、エディアルドのすぐ側にユリシスは既に仕えていた。当時はたぶん少し年の離れたご学友、という立場だっただろう。とはいえ既に甲斐甲斐しくエディアルドの世話を焼き、将来の護衛騎士として強い自覚を持って振る舞っていたと記憶している。


 エペヴァールの所領は王都の郊外に存在する。

 地方の貴族に比べれば小さな土地だったが、王都近郊の中央貴族としては広い土地をエペヴァール家は拝領していた。王家の護衛としての長年の信頼のたまものだ。

 我が家と同じく馬を飼育するための牧場を持つユリシスの生家は広い牧草地と狩りが出来る森を持つ。

 王都での生活に飽きてくるとわたしは弟を連れてよくユリシスの家に遊びに行って馬に乗せてもらったり簡単な狩りに連れて行ってもらったりした。


 ユリシスがエディアルドの護衛騎士に正式に決まったのはわたしが学園に入学することになった年の夏だった。その少し前にユリシスは学園を卒業して、正式に騎士になったのだ。

 わたしはお祝いのために郊外にあるエペヴァールの屋敷まで遊びに行った。


「おめでとう、ユリシス!」

「ありがとうございます」


 普段表情筋があまり変わらないユリシスも、真新しい王国騎士の制服に身を包んで少しだけはにかみ笑いを浮かべていた。

 わたしはユリシスと並んで彼の家が持つ広い牧場を日傘を差して歩いていた。

 エペヴァール家の持つ白馬が牧草をはむのを見て、わたしは笑顔を浮かべた。


「きっとアビーも喜んでいるでしょうね」


 アビーというのは、ユリシスのお姉さんだ。

 わたしが初めて王都を訪れたとき、すごく親しく遊んでくれた女性である。仲良くなって来年も遊べると思っていたのに、その年の冬に急な病で亡くなったらしい。

 娘の病死に動転したユリシスの母であるエペヴァール伯爵夫人もすっかり塞ぎ込み、社交界に顔を出さなくなってしまった。

 弟の立派な姿を見れば姉のアビゲイルも誇らしいことだろう。そう思ったわたしの言葉に、ユリシスは眉を僅かに八の字にした。


「……そうですね」

「アビーも……生きていたらわたしの侍女になったのかしら?」

「どうでしょう……ですが姉がお仕えできない分も含めて、俺が誠心誠意勤めさせていただきます」


 跪いたユリシスの言葉にわたしは笑った。


「ユリシスが仕えるのはエディアルドさまの方でしょう? わたしの護衛ではないのだもの」

「同じようなものです。貴女は将来この国の王妃になるのですから」

「王妃かぁ……正直よくわからないのよね。お母様とどう違うのかしら?」

「ルシエルではなく、この王国の全てを見渡し、皆を幸福にするお立場になられるのです」


 真面目くさってユリシスが言う言葉を誕生月で十二歳になったばかりだったわたしは上手く理解できずに首をひねっていたと思う。

 ユリシスは柔らかく微笑んでわたしの幼いわたしの手の甲に口付けた。

 小さなわたしはくすぐったさに笑い声を漏らす。


「そうだわ。ユリシスにお祝いの贈り物を持ってきたの! これよ!」


 忘れてはいけない、とわたしはドレスの仕込みポケットから小さな小瓶を取り出してユリシスに手渡した。


「……香水でしょうか?」

「違うわ。それは解毒薬よ!」

「げっ……!」


 目を見開くユリシスにわたしは得意げに胸を張った。


「我が家に代々伝わる解毒薬を更に改良してわたしが作ったの! 魔法毒も解毒できるのよ、すごいでしょう!」

「……それは確かにすごいでしょうが……人体実験を?」

「じんたいじっけん?」


 引きつるユリシスの言葉にわたしは首をかしげた。


「お城の鼠を捕まえて試したから大丈夫よ」

「……そうですか」


 今思い返せばまったく何も大丈夫ではないはずなのだが、子ども相手にユリシスは落ち着いていた。

 わたしはユリシスの態度がおかしいことに気づきもせず、ぺちゃくちゃと話を続ける。


「珍しい精霊石を材料にしちゃったからもう作れないのよね……同じ石が来年取れるといいんだけどなぁ!」

「それはまたたいそう貴重なものを……ありがとうございます」


 ルシエル領では<天下り>がある関係上春になると大量の精霊石が採取できる。

 魔導具の材料として使い勝手がいい精霊石は一部が王都に治められたり、売買されて国中に流通していくが、そうではない変わった精霊石は蒐集家でもあるお父さまの手元に集まってくるのだ。わたしは幼い頃からその一部を譲ってもらっておもちゃにしていた。解毒のための魔法薬も魔法の勉強をする中で作ってみたものだったのだが、いかんせん精霊石はあまり大きなものが取れないため、材料はすぐ尽きてしまったのだ。

 ユリシスに上げた解毒薬はあれが最後の一瓶で、もうこの世のどこにもない。

 当時のわたしはそれをたいした価値だとは思っていなかった。


「騎士の仕事って危ないのでしょう? いざという時は使ってね」

「はい。ありがたくいただきます」


 あとから思うのはまあずいぶんありがたくない贈り物だっただろうな、ということだ。

 毒が使われる状況など限定的だし、そもそもどの程度の毒に聞くのかなど、ユリシスにはまったくわからないものであったはずだ。

 作ったわたしからしてみても、鼠を実験にしてちょっとした魔法毒の解毒に成功したと言うだけで、果たして解毒薬としてどれくらい威力があったものなのか今ではよくわかっていない。いかんせん子どものわたしが作ったものなのでたいしたものではなかったと思う。

 そんなものを押しつけられたのにうれしそうに受け取って見せたのだから、この頃からユリシスは精神力が強かったのだろう。


 お兄さまと会話をするユリシスを眺めながら、わたしはぼんやりとそんなことを考えていた。

 昨夜の墓場泥棒とジルサンドラの遺体の焼失についてユリシスはいくつかわたしに質問したが、ジルクルスが言っていたようにフレアジルの命令で状況がわからぬまま魔法を使った旨を主張するとやがて問いかけられることもなくなった。

 その後の話は基本的にフレアとお兄さま、ユリシスの間でまとまっていき、わたしはヨハンと並んで立っているだけの置物と化していた。


「では、以上で報告をまとめます」


 その一言で調査が終わったことがわかり、わたしは内心でほっと安堵の息を吐き出した。

 退室してよいことになり、ヨハンたちに続いて部屋を立ち去ろうとする。


「ちょっと待ってくれ」


 え、とわたしは足を止めて振り返った。

 ユリシスが立ち上がり、わたしの方に近づいてきている。

 ぎょっとわたしは身構えた。

 なんだ……まさか実は正体がばれていたのかしら!?


「あとで二人で話がしたい。時間を作ってくれ」


 ひいっとわたしは息を呑みかけ、しかしユリシスの視線がわたしの上空にあることに気がついた。


「アイヴィード、父上からおまえに伝言を預かっている」

「……わかりました」


 アイヴィードは目を細め、ユリシスを見返している。

 わたしは二人の顔をきょろきょろと何度も往復して見比べた。

 え、どういうことなの?




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