(53) 来客対応
ジルクルスに続く形で応接室に入ると、既にフレアジルとヨハンは室内で待機していた。
フレアジルが優しくわたしを手招きする。
「サーシャ、体調はもう大丈夫なの?」
「はい。昨夜はご迷惑をおかけしました」
「任務中に倒れてしまうことは確かに感心できないけど、回復したならよかったわ。今後は気をつけるように」
柔らかな口調で注意され、わたしは大人しく「はい」と頷いた。
部屋の隅の方に控えているヨハンの元へと向かう。
「サーシャ、もう起きて大丈夫なの?」
「ええ。昨日は倒れてしまってごめんなさい」
「びっくりしたけど、慣れてないと気が動転するよね。僕も最初は何回か吐いたりしたし……」
ヨハンはため息を吐き出して首を左右に振る。
三年間兵士見習いをしていたヨハンはわたしよりもああいった場面に離れているのだろう。それでも顔色はよくなさそうに見えた。
小さな声で話しかける。
「ヨハンもあまり具合がよくないの?」
「正直ちょっと……あんまり眠れなかったんだ。自己嫌悪で死にたい気分」
「え、なんで!?」
「だってきみ……ジルサンドラ様の遺体を燃やしちゃったんだよ!? あの荷物の中身がジルサンドラ様だって知ってたら、もっと慎重に扱ったはずなのに!」
予想外の答えにわたしはヨハンから一歩離れてしまった
ヨハンは絶望の面持ちでつぶやく。
「最悪だ……」
「た、確かに……ご領主さまのご息女ですものね。亡骸とは言え燃やしてしまったのは、その、わたしもとても申し訳なく思う……」
「本来なら領主一族の遺体を破壊するなんて厳罰ものだよ」
「で、でも知らなかったんだもの……ひょっとしてなにか罰があるの!?」
「ううん……ご領主さまは寛大にも僕らを罰したりはなさらないんだって。フレアジル様は次期領主夫人だしね……でも、はぁ……」
あまりにも嘆きが深いので、わたしは思わずヨハンの顔を覗き込んでしまった。
「ヨハンはどうしてそんなにジルサンドラ様を、ええっと……尊敬しているのかしら?」
「サーシャは外国から来たから知らないよね。僕にとってジルサンドラ様は命の恩人なんだよ」
「え?」
ヨハンの突然の告白にわたしは驚いて硬直した。
昔ヨハンと会ってことがあるということか? いつのことかしら? 思い出せない。
混乱して聞き返そうとしたけれど、来客の知らせが部屋に届いてわたしは身を強ばらせた。
お兄さまの従騎士ケインが来客の名前を告げ、扉が開く。
心臓が高速で音を立てる。
落ち着け、と胸に手を当てた。
さらりとした金色の髪が窓から注ぐ昼の光を反射した。少し日に焼けた白い肌に、王国騎士の白と赤の制服が映えている。
涼やかな目元の青年が顔を上げ、部屋を見渡した。
ユリシス・エペヴァール――薄金の瞳がわたしを捉えた。
ひっと息をのむ。
立ち上がっていたフレアジルが動き、視界が遮られた。
はっと息を吐き出す。
「ようこそ、紫花騎士団へ。私はフレアジル・マルシエと申します」
「存じております。ジルウォード殿の婚約者ですね」
「ええ」
フレアがにこやかに会話を始め。ユリシスが淡々と受け答えをしている。
「どうぞ、お座りください」
「では」
フレアがユリシスにソファを進め、ユリシスがそれに従った。
フレアの従騎士がフレアの背後に立つ。わたしとヨハンはその更にお背後に控えて立っている。
ユリシスと正面から向き合う位置ではなく斜めになっていることにわたしはほっとした。
ユリシスの他にも二名ほどの王国騎士が同行しており、その従騎士の姿も見える。
応接室内はこちらの騎士と王国騎士とでそれなりの人数が顔を合わせることになった。
「早速ですが昨晩のことをお聞かせください」
「もうほとんどジルウォード様がお話ししているかと思いますわ。今朝から何か新しく発覚したことなどはございませんもの」
「それでもです」
フレアジルが一から昨夜の事件の説明を始める。
自分たちが城壁の見回りをしていたこと。墓場泥棒を見つけたが、鳥を使って逃げようとしたため打ち落としたこと。
その際に威力が強すぎてジルサンドラの遺体を粉砕、消失してしまったことなどが改めて話される。
ユリシスが顔を上げてわたしの方を向いた。
一瞬、顔をしかめる。
「その者が強盗を撃ち落とした新入りの騎士で間違いございませんか」
「ええ」
「なぜジルサンドラ様の遺体を破砕したのです?」
わたしは慎重に息を吸い込んだ。
「遺体を破壊する意図はございませんでした。そもそもジルサンドラ様のご遺体だとは中身が存じ上げなかったのです」
「その言葉に偽りはないか?」
「ござません」
それは本当だった。
わたしは墓泥棒が盗んだものがわたしの遺体――と言う設定のわたしによく似た体格の女性の亡骸――であることは一切知らなかった。
わたしはユリシスの瞳を直接見ないようにしながら口を開いた。
「夜闇でしたし、急いで盗人を撃ち落とさねばとそればかり考えておりましたので」
「それにしても犯人も荷物も吹き飛ばすというのは解せない。なぜ威力を制御しなかったのだ?」
「わたくしの修行不足です。とっさのことでまったく制御が利かなかったのです」
「見ての通りサーシャは若い。本格的な魔法の訓練を始めてまだ一年も経っていないのだ」
わたしの言葉をジルウォードお兄さまが補助してくれる。
ユリシスはまた僅かに眉根を寄せた。
「なぜこのような幼い子どもを騎士になさるのです。ジルレオン殿の姪御であるのなら、淑女として教育すべきでは? 騎士にするにしても十分訓練してからにすればよいでしょうに」
どうやらユリシスはわたしが領主の姪であることを知っているらしい。
昨夜の泥棒の件だけではなく、領主が姪を引き取ったこともどこかから報告が言っているのかもしれない。
「姪と言っても逐電した叔母の子どもで貴族ではありませんから、姫君のように扱うわけには行きません。ユリシス殿の言う、きちんとした訓練というのはあれですか……学園に通わせろ、というような? だとしたらそれが不可能であることはそちらが一番よくご存じのはずでは?」
お兄さまは微笑みさえ浮かべてそう口を開いた。
ユリシスが一瞬唇を引き結ぶ。
ルシエルの人間は謹慎中で王都に入れないのだからもちろんわたしは学園に通えない。
「若いのですから、無理に見習いにせずに教育を施してから入団させるべきだったのでは、と申しております。ジルバート団長のご子息はそうなさっておいでのはずだ」
「もちろんそうです。ジュートジルはいずれ父親の後を継ぐ可能性があるのですからね。しかしサーシャはそうではありませんから」
お兄さまの口の端がうっすらと上がっている。
「ルシエルでは今は兵力不足、将来的な防衛力の点からも領地には優秀な魔法士が必要です。サーシャはその為に父が城に迎え入れると決めた子どもで、姫君として他領に赴く予定は一切ないのですよ。そうしたところでよい扱いは受けないでしょうからね……平民の愛人でも作られるかもしれません。それくらいなら領内で騎士として身を立てる術を与えたほうが慈悲深いという見方も出来ますな」
今のお兄さまの言葉はジルサンドラの扱いに対する皮肉に違いなかった。
わたしに不出来な点があったのは事実にしろ、エディアルドがわたしよりも平民出身のミルフローラを重視したのもまた事実ではある。そのことを揶揄したのだ。
ユリシスはこれまでと違ってはっきりと不愉快そうに眉間に皺を寄せた。しかし自らの背後に立つほかの騎士たちが顔を赤くして声を荒げようとするのを片手で制する。
「失礼。姪御殿の扱いについて私どものほうであれこれ言うのは不躾と言うものでした。……お小さくていらっしゃったので気になったのです」
ユリシスはそう言うと瞼を閉じて一瞬小さく息を吐き出した。
彼はそれで精神を落ち着けたらしい。瞼を開けると怒りや不快感は完全に引っ込んでしまっていた。
ユリシスにとっては絶対と仰ぐエディアルドに対する侮辱とも取れる発言。わたしだったらあれほどの皮肉を言われたら無視しきってしまうのは難しい。
すごい精神力だ。
わたしは直に感心してしまった。




