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(5) 罪と罰



「わたし、やっぱり納得いかないわ!」


 不意に大きな声を上げたわたしに家族の視線が集中する。


「エディアルドさまがわたしを殺そうとしたのは間違いよ。王室に抗議すべきです!」

「サンドラ、おまえな……」


 ウォードお兄さまが頭が痛いとでも言いたげな顔つきになる。


「この期に及んで反省していないのか? おまえは罪を認めたから毒を飲んだんだろう?」

「罪ってなに? わたし悪いことなんか何もしてないわ!」

「聖女ミルフローラの殺人未遂が罪じゃないって言うわけ? さすがに姉さんでもドン引きなんだけど……」


 生意気な口調で割り込んできたのはクルスだった。

 わたしはきっと目尻をつり上げ、弟を睨む。


「わたしはミルフローラを殺そうとなんかしてない!」

「そんなの信じられるはずないじゃん! 証拠もたくさんあるのにシラを切ろうだなんて図々しすぎでしょ」

「なんですって!?」


 思わずクルスに飛びかかろうとしたわたしの身体を、お母さまが腕一本で抑える。


「二人とも落ち着きなさい」

「まずはジルサンドラの言い分を聞こうか……」


 父が小さく息を吐き出す。

 わたしは顔を上げ、真っ直ぐに父を見た。


「まずそもそも、いつミルフローラが殺されかけたの? わたしはその事件そのものをよく知らないのだけど!?」


 その言葉に家族たちがお互いに顔を見合わせた。


「事件を知らないとはどういうことだ? 説明しろ、サンドラ」


 兄に促され、わたしは小さく息を吸った。


「ミルフローラが殺されかけた、という話はエディアルドさまにも聞いたの。でもそれがいつどこで起こったのか教えていただけなかったのよ。彼女がひどい怪我をして、死にかけていて……その犯人はわたしだろうって、急に呼び出されたと思って登城したら、いきなりそんなことを言われたのよ」

「なるほど。つまりおまえは理由もわからず城に招喚され、応じたら殺人未遂容疑だと言われたのだな? そして自裁のために毒を飲め、と」

「そうよ!」


 わたしが力一杯うなずくと父が顎先に手を置いた。


「我々が聞いている話とだいぶん違うな。そなたは自らの罪を全面的に認めて、家を守る為に毒を飲んだと聞いているのだが……」

「ユリシスに無理矢理飲まされたのよ! 本当に急で訳がわからなかったんだから」


 忌々しいエディアルドの護衛騎士の顔を思い出す。

 五つ年上のユリシスとはエディアルドを含め長い付き合いがあった。

 ユリシスは幼い頃からエディアルドの側仕えで、当然わたしもユリシスとはよく顔を合わせたし、話をすることも多かった。友人だったと言ってもいいだろう。

 彼が正式にエディアルドの筆頭護衛騎士に選ばれたときはお祝いも送ったのに……酷い仕打ちだ。


 思い出してひとり憤慨するわたしに兄が更に尋ねてくる。


「襲撃が何月何日にあったのかも知らないのか?」

「まったく知らないわ……いつだったの?」


 わたしが逆に質問を返した。

 ウォードお兄さまは微かに眉をひそめ、襲撃の日付を教えてくれた。


 呼び出しを食らう三日前……家族にとっては一年以上前の話らしいが、わたしにとっては文字通り直近の記憶だ。

 何をしていたか思い出すのはたやすかった。


 生まれこそこのルシエル領出身だが、わたしは十二才の頃から王都モンドにある魔法学園に在籍していた。

 王太子の婚約者として礼儀作法を習いつつ、魔法士の資格を取って魔法研究に勤しんでいた。専攻分野は精霊石の研究である。


「わたし、呼び出される一週間から学園の研究室に篭もってたの。珍しい天眼の精霊石が手に入って、いろいろ実験を……」


 そういえばあの上等な精霊石どうなったのだろう。

 城に行く前に研究室の戸棚に魔法錠を掛けて仕舞い込んだはずだけど……私が死んだのなら遺品として引き取ってもらえただろうか。


 わたしの説明にクルスが失笑する。


「研究室に篭もってたぁ……? 姉さん、下手なウソつくのやめなよ」

「はぁ!? うそじゃないわよ!」


 顔を赤くするわたしに、クルスは冷ややかだった。


「うそでしょ。だってぼく襲撃があった日に姉さんが学園をうろついてるのちゃんと見てたし」


 弟の言葉にわたしは大きく目を見開いた

「え、うそ……どういうこと?」

「目撃者はぼくだけじゃないよ。けっこうな数の人間が姉さんが学園の正門から出掛けたのをちゃんとみてるし、そもそもミルフローラさまのお付きの人だって襲撃犯に姉さんがいたって証言してるんだ」

「ありえないわ!」


 わたしは立ち上がった。


「本当にずっと研究室にいたんだから!」

「そんな話、だれも信じないって、姉さん。姉さんの襲撃後の足取りだってバッチリ追われてるんだよ?」

「襲撃後の足取りってなによ! ずっと研究室で寝泊まりしてたわ!」

「それはそれで淑女としてどうなんだ、おまえは……」


 兄が大きく息を吐き出す。


「本当に研究室に寝泊まりしていたのか? 王都を出てピエタの街まで出掛けていたわけではなく?」

「ピエタ?」


 わたしは顔を歪めた。


「確か王都の郊外にある宿場町だったわよね……なんでわたしがわざわざそんなところに行くかなければならないの?」

「アリバイ工作目的じゃないのか。ピエタの間にの宿におまえの宿泊録がある。街間を繋ぐ駅馬車の御者もおまえを見たと言っていたぞ」

「そんなのそれこそ嘘でしょう!?」


 わたしの様子に父が眉をひそめて腕組みをする。


「嘘を言っているようには見えないな……さて、これはどういうことだ?」

「だから、何かの間違いなの! わたしはミルフローラを殺そうとなんかしてないの!」

「それが信じられないんだって。姉さんがミルフローラに嫌がらせしてたの、学園に通ってたやつならみんな知ってる」

「そ、それは……」


 クルスの指摘にわたしはあの日のように口ごもった。


 確かにわたしは在籍していた王都の魔法学園でミルフローラに嫌がらせを行っていた。

 彼女に足を引っかけて転けさせたり、教科書やら筆記具やらの勉強道具を隠してみたり、図書館に閉じ込めてみたり、などなどなど。

 具体的にはどれくらいの嫌がらせをしたかは正直覚えていない。それこそ小さなものなら夜空に輝く星の数ほど、といったところだ。


「でも……だって、あれは……全部ミルフローラが悪いんじゃない!」


 思わず叫いたわたしに、クルスが冷淡に息を吐く。


「ほらやっぱり、姉さんが殺そうとしたんじゃん」

「それは違うわよ! わたしはミルフローラが嫌いだけど……大っ嫌いだけど、死んで欲しいともちょっとはその、思ってたけど……殺したいとまでは思ってないわよ!! ちょっとした嫌がらせをしてただけじゃない!」

「ジルサンドラ」


 父の声がぴしゃりと響く。

 普段の穏やかなものとはちがう鋼のような声音だった。


「いくら気に食わない相手だからといって嫌がらせをしていいはずがない。そなたがミルフローラ殿に行ったことは恥ずべき行為だと心得なさい」


 思わぬ父の叱りにわたしは瞠目した。

 知らず瞳に涙が浮かび上がる。


「だ、だってぇ……」


 わたしは気づけばしゃくり上げていた。


「だって、エディアルドさまが……ミルフローラばっかりに優しくするのだもの……わ、わたしが婚約者なのに、そんなの変よ……み、ミルフローラみたいな平民が、殿下に近づくなんておかしいわよ……!」


 べしょべしょと泣くわたしを見て、お母さまが眉尻を下げる。


「たしかに、その点については我が家も殿下に抗議をしたいところではありますね」


 妻の言葉に父は静かに瞼を閉じて一つうなずいた。


「そうだな……だが、サンドラ。それは殿下が悪いのであって、ミルフローラ殿が悪いわけではない。そなたのその不満は殿下にぶつけるべきであり、そなたよりも身分が低く弱い立場のミルフローラ嬢に卑怯な真似をすることは許されないことだ」

「でも、でも……エディアルドさまに言ったら、わたし、嫌われちゃう……」


 それが一番の問題だった。

 最初の頃はミルフローラとエディアルドが親しげに会話をすることに対し、エディアルドに文句を言ったりもしたのだ。

 けれどもエディアルドはミルフローラとはただの学友で親しい間柄ではないと否定してきた。

 そのうちわたしが何かを言うと、面倒くさそうない顔つきをするようになった。

 それでエディアルドに何も言えなくなってしまったのだ。


「ミルフローラさまに嫌がらせしても嫌われるんだから結果一緒じゃん」

「クルス?」


 母の穏やかに聞こえる声にクルスが身を竦ませた。

 お母さまはわたしの背中に手を回し、ぽんぽんと優しく叩いてくれる。


「サンドラが不満を持っていた理由はわからなくはないが、結局自らの行いで自らの首を絞めたわけだからな……しかもそれに家門が巻き込まれた。猛省すべきだろう」


 冷静な声音でそう断じたのはウォードお兄さまだった。

 そういえばさっきもそんなことを言っていたと思い出す。


「家門の危機ってなんなの、お兄さま?」


 わたしの疑問にクルスが再び馬鹿にしたように息を吐き出す。


「そんなの姉さんがミルフローラを殺そうとしたせいでうちが処罰食らってることに決まってるでしょ」

「処罰!? どうして!?」

「どうしてもこうしても……聖殿が正式に聖女って認めた人を殺しかけたんだよ? 断罪されるのが当然じゃないか」

「当然って……ぜんぜん当然じゃないわよ! エディアルドさまはわたしが自裁したら家門は連座にならないって言ってたもの!」

「そんなのふつう信じる?」


 クルスが目を細める。


「姉さんが死んだあと、うちは爵位を二つを返上、伯爵家に格落ちしたんだから」

「伯爵!?」


 まさか知らぬ間に公爵令嬢ではなくなっていたとは……。

 驚きに固まるわたしにウォードお兄さまが追い打ちを掛ける。


「王都の屋敷は家財を含めて没収、父上と母上は無期限で領地に蟄居するよう命じられた。ルシエル家直系の人間は王都への立ち入りを一切禁じられて貴族院の議席も失った。ジルベルグ叔父上は大臣を辞任させられた」

「兄さんはいいよ、もともと騎士団なんだからさ。ぼくなんて学園在籍中だったのに追い出されたんだよ? 一応休学扱いだけどさぁ……復学できるかわかんないわけ。ほんっとサイアク」


 吐き捨てられたクルスの言葉にわたしは青ざめた。

 両親や叔父の受けた仕打ちはもちろん、弟のクルスが妙にわたしに突っかかってくるわけだ。

 在籍していた聖アシュロッド魔法学園は国内唯一の魔法士養成学校だ。長男ではないため家門を継ぐことがなく、恐らく他家に婿に行くことになるクルスは絶対に魔法士の資格を取得して卒業しておかなければならない。

 カラント王国の貴族にとって魔法士であることは婚姻をするための最低条件の一つで、貴族的な仕事の大半には魔法士の資格が必要になってくる。

 その養成校に通えないと言うことは、将来が閉ざされたことを意味するのだ。

 クルスがわたしに敵意を向けるのも当然である。


「そんな……そんなの、おかしいわよ……エディアルドさまは……」

「エディアルド殿下がどう思っていても、聖女の殺害を企てると言うことは相応の処罰があって当然のことだ。むしろこの程度で済んだ、と言ってもいいだろう。領地は没収されなかったのだからな」


 父がソファにもたれかかり、息をつく。


「実際処分が甘いという意見は今だ根強い。聖殿は王宮よりも民衆の支持を得ているからな」

「だからって本当に我が家を取り潰したらこの国がめちゃくちゃになりますよ。ルシエル領は護国の要、紫花(ヴィオレ)騎士団が瓦解すればあっという間に帝国に攻め入られてしまいます」


 兄の言葉に母が小さくうなずく。


「それがわかっているから陛下も可能な限り穏便にしませようとなさったのですよ」

「でもさぁ、今の処分って全部原因になった姉さんが自裁することが大前提でしょ。姉さんが死んだらうちは一個師団を失ったも同然なわけで、エディアルド殿下との婚約もチャラ。それで領地の没収と家門の取り潰しを相殺したようなもんじゃん」


 ふん、とクルスが腕組みをする。


「なのに姉さんが生きてる。どうすんの、これ?」


 びくりとわたしは身体を揺らした。

 全身に鳥肌が立ち、寒気がしてくる。

 話を聞いてわたしが今ここに生きていることが家門にとって相当不味い状況であることが理解できてしまった。


 まさか、また死ねって言われるの?


 怯えるわたしを父がひたりと見据える。




ルシエル家の直系子はみんなジル~~という名前。織田の信、徳川の家みたいな感じです。

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