(52) 打ち合せ
「サーシャと少し二人で話すことがあるから、おまえたちはここで待っていてくれ」
「わかりました」
ジルクルスがわたしを連れて行った先はお兄さまの執務室だった。
扉を閉めるとジルクルスはすぐさま防音用の魔導具を使用する。
「姉さん、大丈夫? ものすごく顔色悪いけど……」
「ユリシスが……来てるの?」
「うん」
「本物?」
「間違いなく本人だったよ」
弟の言葉に私はその場にへたり込んだ。
地方で生活する人間は貴族であっても中央の人間の名前は知っていても顔を知らないと言うことは珍しくはない。しかしジルクルスは王都でわたしと生活を共にしていて、当然頻繁にエディアルドやその護衛たちを顔を合わせている。弟が言うのであればはったりでも人違いでもなくユリシス・エペヴァール本人がルシエルまでやってきたと言うことだろう。
顔から血の気が引いて指先が震える。
「姉さん?」
「ユリシスに……毒を飲まされたの……わたし、それで……」
わたしの言葉に弟は微かに顔を歪めた。
「ひょっとしたらそうじゃないかと思ったよ。兄さんとも話してたんだ」
弟はわたしの脇の下に手をやって、座り込んでいたわたしを立ち上がらせた。
それからソファの方に連れて行く。
「どうして?」
「姉さんが本当にミルフローラを襲ってないなら自分で毒を飲むはずがない。だったら無理矢理飲ませた人間がいたはずだ。国王陛下も王太子殿下もその役目はある程度信用した人間に任せるって考えたら、選択肢は絞られてくる。可能性が一番高いのは殿下の護衛騎士であるユリシスだろ。それくらい推測がつくよ……だから兄さんは先に墓園にユリシスを案内してすぐに姉さんが顔を会わせなくて済むようにしたんだ」
「そうなの……」
わたしはソファに座ったまま力なく頷いた。
世界がどこか白黒が買って色をなくしているように見える。無理矢理毒を飲まされて、身体が感覚を失っていくあの恐怖が蘇ってきて、頭が上手く働かない。
ジルクルスは暖炉に掛けてあった薬缶を取って、わたしのためにお茶を入れてくれた。
直接はわたしの手に持たせず、ソファーテーブルに茶器を置いてわたしの顔を覗き込んでくる。
「悪いけど、サーシャ、昨夜の強盗事件に立ち会った人間はユリシスと面会しないと行けない。そうじゃないと帰らないだろうから。責任者はフレアジルだったから主にフレアジルが受け答えをするけど、姉さんも質問されると思う。上手く流して」
「それはっ……」
唇が震えた。
弟がわたしの膝に両手をおく。
「恐いのはわかるけど、逃げ回り続けるのは無理だ。サーシャはジルサンドラじゃないんだからユリシスに殺されたりなんかしないから大丈夫」
「っ……頑張るわ」
わたしは頷くしかなかった。
ジルクルスが労るようにわたしの肩を撫でる。お茶を改めて手渡され、ちょうどいい温度になったそれを口に含んだ。
お腹が温かくなって、少しだけ肩の力が抜ける。
「なんでユリシスが来たの? エディアルドの護衛はどうなっているのよ」
「なにも聞いてないけどたぶんエディアルド殿下がユリシスを派遣したんじゃないかな」
「なんでよ」
「さあ……ぼくも詳しくは知らないけど、姉さんの死体を領で引き取れるように手配してくれたのはエディアルド殿下だっていうから責任を感じてるのかも……無実の罪で殺しておいて責任もクソもないとは思うけどね」
「迷惑な話だわっ!」
クルスと話している内に胸のうちはいったん落ち着いてきたが、そうすると今度は逆に腹立たしさが湧き上がってきた。
目覚めてから数ヶ月ずっと感じている腹立たしさだ。
冤罪事件でわたしを殺しておいてどの面下げてこのルシエル領までやってきたというのか。
「まあ、他の騎士のみんなも王都からの使者はあまり歓迎してないよ。とはいえ、来年にはようやく領地の謹慎が解かれるんだ。今変な騒ぎを起こして謹慎期間が延びるなんてことになったらとんでもない。ユリシスには納得して穏便に帰ってもらわないと」
「……そうよね」
国内の様々な政治バランスの問題や王都内にいるルシエルに比較的有効な貴族、縁のある他の封建領主の口添えによってルシエルには新年の恩赦が下ることが決定されている。しかし今問題を起こせば土壇場でひっくり返ることもあり得るのだ。
「まあ正直調査が来ることは織り込み済みではあったんだ。こんなに早く、しかもユリシスが来るとは思ってなかったけど……転送門を使用するって言うのは完全に想定外だよね」
「ふつうは馬車で数日掛けて来るものね」
ふつう転送門は緊急時しか使用しない。
既に死んでいる人間の死体が盗まれ掛け、最終的には強盗を討伐する過程で喪失したことは緊急事態とは思えなかった。
その程度なら王都から馬車を使って調査員を派遣してこればいい。休みつつ三日くらい掛けてこっちまで来ればよかったのだ。
「というか、昨日の夜の出来事をなんでもう王都が把握しているのよ」
「たぶん、城内に王都と繋がりがある人間がいるんでしょう。おかしな話じゃないよ。どこだってやってることだから」
「間者がいるってことね」
「そこまで大袈裟なものじゃないけどね……僕たちだって王都にいたときは領地とすぐにやり取りできるように通信魔導具をもってたろ。同じようはものを持ってこっちで情報収集している人間がいてもおかしくないって話。城内じゃなくて城下にいるかもしれないし」
ふん、とわたしは鼻を鳴らした。
やっぱり間者ではないか。
そんなものがこのルシエル領内にいるだなんて腹立たしい。
「こういうのはお互い様のところもあるから仕方ないよ」
わたしの考えを読んだのか、クルスが小さくため息を吐き出した。
「とにかく、もうしばらくしたらユリシスが来るから、姉さん、大人しくしててね。受け答えは基本的にフレアジルがするはずだけど、いくつか質問されると思う。フレアジルの指示に従っただけだってことを主張するように。万一生まれについて聞かれたら前に兄さんや父さんに言われたことを思い出して」
「わかったわ。あの、できるだけユリシスの正面に立ちたくないのだけれど……」
「フレアジルの後ろの方で立ってて、倒れないようにして」
「……頑張るわ」
わたしはぎゅっと両手を握りしめた。
とにかくやるしかない。
ユリシスがジルサンドラの遺体に付いて調べに来たというなら、破壊したサーシャであるわたしから話を聞かなければ帰らないだろう。
なぜ領主の娘の遺体を粉砕したのか聞かれるかもしれないが、知らぬ存ぜぬフレアの指示、で貫き通すしかない。サーシャ個人のことについてあれこれ聞かれたときも上手く煙に巻かねば。
なるべくしおらしく、ユリシスがわたしを見てジルサンドラを思い出さないようにせねばならない。
眼鏡と髪型で昔のわたしと雰囲気はかなりちがうはずだけど。
ふう、と息を吐き出してからジルクルスと連れだってお兄さまの執務室を出る。
「サーシャ様、大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ。アイヴィード、あなたも顔色が悪くない?」
わたしはふと見上げた従騎士の頬に違和感を覚えた。アイヴィードの麦色の肌は日焼けとは少しちがうこの地方に古くから住む原住民独特の肌色だ。わかりにくいけど、いつもよりもくすんだ顔色のような気がする。
常の落ち着いた様子とは違ってピリピリしているような感じもあった。
「……いえ、私はなにもありません。なにも」
「そう」
それ以上、突っ込んで話を聞くことは状況が許さなかった。
ジルウォードお兄さまとユリシスがそろそろ本部に戻ってくると言うので、わたしたちは大急ぎで応接室に向かうことになった。




