(51) 王都からの使者
強盗犯を討伐した翌日、わたしは日が出てから騎士宿舎に戻った。
倒れたことを配慮されて今日は午後からの訓練を免除されたので丸一日休みの予定である。
シーナと連れだって宿舎に戻るとアイヴィードが気をもんだ様子でわたしたちを出迎えた。
「おはようございます、サーシャ様、ご気分はいかがでしょうか?」
「おはよう、アイヴィード。昨夜は迷惑を掛けたわね」
「いいえ、お気になさらず。……ああいうことは、新兵であれば誰でも慣れぬものは動転するものです。ご無理はなさっておいでではありませんか?」
「すこし、ね……ジルウォード様からもいろいろと助言をいただいたから大丈夫よ」
わたしはなんとか顔に小さく笑みを作って見せた。
アイヴィードはそれでも心配そうな顔つきのままである。わたしは少し悩んでから口を開いた。
「アイヴィードはどうやって慣れたの?」
「……そうですね。気づいたら慣れていた、というのが一番近いのでしょうが……俺の場合は自分を切り替えているのです」
「自分を切り替える?」
「そうです。あくまでイメージの話ですが、兵士として適格な人格を作り出して、意識してそちらに切り替えるようにするのです。そうすると少し気が楽になります」
「人格を作り出す?」
わたしが怪訝そうな顔をすると、アイヴィードは少し笑った。
「ちょっと大袈裟な表現でしたね。例えばサーシャ様は目上の方と話をするとき、素の自分では会話をなさらないでしょう?」
「そうね。失礼にならないような対応をするわ」
「同じことです。人はその時その場に相応しい立ち振る舞いをするよう装うように出来ています。兵士としての自分もそのような装いの一つとして作り上げ、そこにもう一枚壁を置いて、自分の心の中心と距離を置く、と言ったところでしょうか?」
「ああ、それはわかりやすいわね。わたしもそうできるように頑張ってみるわ」
人間は状況や相手に合わせて態度を取り繕っていく。それは一種の人格の切り替えだけど、基本的には意識せずにそう動いているものだ。けれど兵士や騎士として戦場に身を置くことは通常の人間の心には負担が大きい。だからもう少し人格の切り替えを強く意識して、あえて普段の自分とは隔離するような人格を作っておく、と言うことなのだろう。
しかし言うは易しで実際やってみるのはそこそこ難しそうだけど。
「今日はお休みですからゆっくりいたしましょう。お茶をご用意いたしますわ」
「そうね。ありがとう」
シーナの言葉に甘えることにして、わたしは文机の方に足を向けた。
ゆっくりと言ってもいろいろとやることはある。昨夜の任務の報告書だって一応書いておかねばならないし、後処理に当たったであろうフレアとヨハンには詫び状も必要だ。引き出しからカードを取り出してペン先をインク壺に付ける。いくつか書類仕事をこなしていると、ノックの音が部屋に響いた。
「サーシャ、いる?」
グレダの声である。
やや険のある雰囲気にわたしはびくりと肩を揺らした。
「おります。なんでしょう?」
シーナが扉を開けてグレダを室内に招いた。
「倒れたと聞いたけど、体調は?」
「もう大丈夫です」
「だったら休んでいるところ申し訳ないのだけれど、急いで着替えて本部に出向いてちょうだい」
「……構いませんが、なにかあったのですか?」
グレダは苛立たしげな様子だったが、どうにもそれはわたしに対してではなさそうだった。
事情を聞いてみようと訪ねると、彼女はしかめっ面のまま答えた。
「王都から昨夜の強盗に関して調査が入るのですって」
「王都から、ですか? なぜ?」
わたしは訳がわからず首をひねった。
基本的に封建領主の領内で起こった事件は領内で処理されるものだ。王都の騎士には捜査権も犯人の逮捕権もない。例外は領を跨いで複数の犯罪に及んでいるときだが、それだって捜査も逮捕も処罰の与え方も捕まえた領地のものが優先される。王都であろうとそこは不可侵だ。
領主の城で起こった出来事とはいえいうなればたかだか墓場泥棒相手にわざわざ王都から調査などおかしいのではないか。
「盗まれたのがジルサンドラさまの遺体だからだそうよ。王太子の婚約者だったのだから調査権があると言って出しゃばってきたの」
「えぇ……」
おかしな顔つきになりそうになって、慌てて両手で頬を挟んだ。
「わたくしの記憶ですと、ジルサンドラ様と王太子殿下の婚約は破棄されておいでだったと思うのですが」
「ええ……サンドラ様が聖女の襲撃犯となったので儀礼的に破棄されたのちにサンドラ様の自裁という形で処理されているわ」
「だったら遺体の調査権などないのでは?」
「私もそう思う」
どうやらグレダの苛立ちの原因は昨夜の一件に関して急に王都が出てきた為であるらしい。
「すぐに調査員が来ると言うので昨日任務に当たった者たちは全員本部に顔を出すように、ですって。あなたもよ」
「……わかりました」
そういうことならば行かねばならない。
私はため息を吐き出して騎士団の制服に急遽着替えることになった。
それから駆けつけた本部はいつもよりもピリピリとした空気が漂っている。
「グレダ、もう王都から調査員がきているんですか?」
「来てる。わざわざ転送門を使ったみたい」
「ええ!?」
古代イエナシエ帝国時代に各地に作られた転送門は便利だけど大量の魔力を使用する。一度使うと数時間から数日にわたって使用不可になるので滅多なことでは使用できない。各地の領主が転送門を使用する場合が多額の使用料を払う必要があるくらいだ。
「たかだか強盗の調査に転送門を使ったんですか!?」
「そうみたいね……なにを考えているのか……」
「グレダ様、失礼ですがどなたが調査にこられたのでしょう? 王国騎士団の方なのでは」
アイヴィードの質問にグレダは渋い顔をして「ええ」と頷いた。
「調査にきたのは王国騎士の……ユリシス・エペヴァールよ」
「「は?」」
瞬間、わたしとアイヴィードは揃って硬直していた。
ユリシス・エペヴァール――忘れもしない、王太子エディアルドの護衛騎士。
わたしに、毒を飲ませた……。
ぐらぐらと視界が大きく揺れ動く。
「サーシャ?」
「平気……平気よ……その、出来ればジルクルス様かジルウォード様を呼んで欲しいの。お願いできるかしら」
また倒れるわけにはいかない。
わたしは両足に力を込めた。しかしぐるぐると内臓が動いている感じがして気分が悪く、とにかくこのままでは不味いと周囲を見回す。
グレダが困惑した様子で顔を上げる。
「それは……ジルクルス様」
「サーシャこっちだ。……グレダ、ご苦労。下がっていい」
まるでタイミングを計ったかのように弟が姿を現わしたので、わたしはほっと息を吐き出した。
「ジルクルス様、わたくし……」
「調査員なら今は墓地の方に向かっている。顔を合わせる前に打ち合わせをするよ」
「ええ……ええ」
わたしは頷いてよろよろしつつもなんとか弟に着いていったのだった。




