(50) 心構え 後編
「賊を城に招き入れた理由はわかりました。ですがお兄さま危ないとは思わなかったのですか?」
わたしはお兄さまを睨み付けた。
理由はわかったが、一部納得できないところもある。確かにお兄さまの言うとおり、いきなり戦場で人を殺せと言われたらわたしはずっと平常心を保っていられる自信がない。今も、もう一度同じことをやれと言われたら躊躇すると思う。それでも最後は自分を納得させて強盗を殺し、戦になれば敵兵を殺すのだ。そうでなければ自分の身も領民の身も守れないと頭でちゃんとわかっている。
今回の一件で本番まで考える猶予が貰えたのだから、その時までもう少し心構えも出来るはずだ。
しかしお兄さまが手引きしていたとはいえ、本物の強盗殺人犯を城に入れるなんて危険ではないか。
城に勤める使用人たちの身になにかあったらどうしようとは思わなかったのだろうか。
「多少被害が出ても制御の範囲内だ。帝国の進軍を許したら被害はもっと甚大だ。おまえの準備と心構えには多少の犠牲を払う価値がある」
わたしの咎めに対しお兄さまはきっぱりとそう断言した。
わたしは鼻先に皺を寄せる。言いたいことはわかるけれども……。
「わたしは……でも、次もまた上手くやれるとは限りません」
「だが己がなすことの意味合いについては、十分考えることが出来るはずだ。おまえは人殺しになれねばならないが……慣れすぎてもいけない」
「どういうことでしょう?」
「力に溺れて濫用するなと言うことだ。おまえが戦場でその力を振るうときはおまえ自身が理屈で持って納得したときに限りなさい。怒りや悲しみ、嫌悪、感情だけで自らの力を振るおうとするな」
「肝に銘じておきます」
嫌悪感で身分を笠に着て一度失敗している身の上だ。
瞬きの間に人を殺せるからと言って、感情でそうしていいはずがないことは理解できる。なまじ出来る力を持っているからこそ、そうしないように気をつけねばならない。頷いたわたしの両肩を不意にお兄さまがしっかりと掴んだ。
「お兄さま?」
「いいか、理屈で納得できるとき、というのは……命令されたら何でもその命令に従え、と言う話ではない。あらゆる感情を排除してその上で理論上、絶対にそうしなければならないとき、と言う意味だ。例え俺や父上の命令でもそこに理屈が通らなければ反論しろ。特に、おまえの場合は」
「お兄さまやお父さまが相手でもですか?」
わたしはお兄さまの空色の瞳をまじまじと覗き込んだ。
父や兄に逆らえ、など生まれて初めて言われた気がする。お兄さまはいつも言うことを聞け、と言っているのに。
「大きな力を振るうときは、特に気をつけなければならない。おまえに命令をするものが必ず理屈のみで動くとは限らないのだから……他者の感情に利用されないように。これもおまえが気をつけておくべきことだ」
「わかりました」
わたしはもう一度頷いた。
確かにわたしが大きな力を振るうとき、それが人殺しになるなら他人にその力を悪用されないように気をつけなければならない。
「でもお父さまやお兄さまが感情だけで動くとは思えないのですけれど……」
「そのように俺も父上も気をつけてはいるからな。だがどんな賢者も自らの心と身体を完全に切り離すことは出来ない以上、過ちを犯さずは生きていけない。賢君と慕われている人間がある日突然暴君になる、と言うことは起こりうることだ。もしも俺や父上がそうなったとき、おまえはおまえ自身が濫用されないようにするんだ。心構えの話だよ」
「はい。承知いたしました」
もちろんそんな日が来るとは思えないのだけれど。
だけどお兄さまがわたしを思ってあえて自分が悪役になるような忠告もしてくれたことがわかったから、わたしはそれを素直に受けいけることにした。
「ところでお兄さま、わたしの心構えのために強盗を入れたというのはわかるのですが……他にも目的があるとおっしゃっておいででしたよね?」
「ああ。そちらもそなたに関係のあることであるな……ジルサンドラの遺体を処分する必要があったのだ」
「はい?」
いきなりお兄さまが頓珍漢なことを言い出してしまった。
わたしがここにいるのだからそもそもわたしの死体などないはずだけど?
「なんだその兄を馬鹿にした顔は……俺が言っているのは、公的にジルサンドラの遺体をこの世から消しておく必要があったという話だ」
ぴんっと、お兄さまがわたしの額を弾いた。
「ここからはおまえが着いた任務の話でもあるからしっかり覚えろ。今夜城に入った強盗犯は墓場からジルサンドラの遺体を盗み出した……我々騎士団は犯人を追跡したが、犯人が鱗鳥を使って上空に逃げたためやむなく打ち落とした。その際新人が任務に当たっていたので威力の制御がうまく出来ずに力が入り、ジルサンドラの遺体は犯人もろとも吹き飛ばされ、残らなかった。これが今回の筋書きだ」
「なるほど。了解いたしました、が……なぜそこまでする必要が?」
「これからさき、ジルサンドラの遺体を改めたいとどこかに言われたとき、遺体がないことを説明できる理由が必要だったからだ」
「わざわざわたしの遺体を検分したいなど言い出す人がいるのでしょうか?」
首をひねるわたしに対してお兄さまがため息を吐き出す。
「いるだろう……サーシャよ、正直俺も父上もおまえの瞳のことをずっと隠しきれるとは思っていないのだ」
「え」
「いずれそなたが精霊眼だということはばれる。眼鏡を外せば菫青眼だと言うこともわかる。すでに騎士団内でもおまえの魔力の多さと魔法の威力の高さから、精霊眼の類いではないかと見当を付けている人間はそれなりにいる。早ければ<大降勢>のあとにでもおまえが精霊眼かどうか調査が始まるだろう」
「そんな!」
わたしは思わず眼鏡を押さえた。これさえあれば安心と思っていたが、駄目であるらしい。
「調査の時、高い確率でジルサンドラの遺体の提出を求められるだろう。だが提出できなければおまえがいかに子どもの姿であったとしても、同一人物では、と言い出すものが出るかもしれない。提出出来ない明確な理由が必要だ」
「それで派手に墓場泥棒など使ったのですか?」
「そういうことだ。荷物も一緒に吹き飛び、残りは全部燃えた……それでも疑うものは多少出るだろうが、その程度なら煙に巻いてうやむやにできる。あとは調査の際におまえがサーシャとしてしおらしく振る舞えっておけばいい」
「しおらしく」
「そうだ」
わたしは思わず俯いた。
しおらしくかぁ……出来てるわよね、わたし?
そんなことを考えていたら、お兄さまがわたしの頭を掴んでぐりぐりと引っかき回した。
「いいか、この先なんらか誰かに詰問されるような場面があったとしてもすぐに反論しようとせず、言葉遣いは乱すなよ。俺や老ポメロンが小さくなっているおまえがすぐにおまえだとわかったのは振る舞いがジルサンドラそのものだったからだ。それを頭に入れておけ」
「……はい」
わたしは深々と頷いた。
この心構えをすぐに使うことになるとはまったく思っていなかったのだけれど。




