(48) 墓泥棒の顛末
墓泥棒が乗っていた鱗鳥はわたしが無事に墜落させたが、もちろん仕事はそれで終わりではなかった。
犯人が墓で何をしていたのか、落下地点がどうなっているのか、確認すべきことは山ほどある。
とはいえ墓場でなにが起こっていたかは墓守の老ポメロンがすぐに報告してくれた。
「どうやらジルサンドラ様の墓を暴いていたようです」
「なんですって!?」
周囲が大きく響めくなか、わたしは素っ頓狂な声を上げた。
自分の墓が暴かれたというのだから穏やかならざる話である。というか墓の中は空だったと思うのだけれど!? それはそれで不味くないかしら!?
瞳を白黒させているわたしの横でヨハンが再び顔を真っ赤にしている。
「許せない! ジルサンドラ様の墓を荒らすなんて!」
「……きっと彼女の遺体から精霊石が取れないか調べようとしたのでしょうね」
落ち着いた声音でフレアジルがそんなことを言う。
わたしは思わず自分の両肘を摩ってしまった。わたしの遺体から精霊石が取れるなんて、考えたくもない。
ぶるりとぶるりと震えるわたしの肩にアイヴィードが手を置いた。
「大丈夫ですか、サーシャ様?」
「え、ええ……平気よ……」
わたしはなんとかアイヴィードに返事をする。
彼を見上げると、アイヴィードはまた微かに瞳をすがめている。
「アイヴィード?」
「……ご領主さまの墓を荒らそうなどと、不届き者がいたものですね」
「そうね……去年亡くなった方なのよね? わたしはその、お会いしたことがないけれども……墓を暴かれるくらい怨まれているのかしらね」
「とんでもない! ジルサンドラ様を怨むだなんて!」
わたしの言葉にヨハンが更に怒り狂った声を上げたので、ぎょっとして身を引いてしまう。
周囲の様子を覗うと、ヨハンのように怒っている人間が半分、戸惑う者が半分、という様子だった。
わたしはジルクルスから聞いていた例の事件後の領内の様子を思い出した。王家に反発する勢力とそうでない勢力――怒っている人々が前者でそうでないものたちが後者だろうか。そう単純ではなくもっと複雑な話かもしれない。
それにしてもヨハンが反王家派の人間だとは驚きだ。大人しそうな少年なのに。
ざわめく周囲を見回してフレアジルが落ち着くように声を張り上げた。
「とにかく落下した犯人たちを確保しましょう。生きていたら話を聞けるわ」
「生きてますかね?」
誰かがさらりと言った言葉にわたしは大きく息を飲み込んだ。
「あの高さから落下したらふつうは死んでますよ」
「少なくとも魔法が直撃した方はほぼ即死だろう。もつれて落下したもう一羽に乗っていた方は、場合によっては生きているかもしれないが……果たして尋問できるかどうか」
頭上で交わされるさりげない言葉の数々に、わたしは顔からだんだんと血の気が引いていく気がした。
冬の夜であると言うことを差し引いての身体が冷えていくのがわかる。
「サーシャ、ヨハン、馬の用意が出来たわ。行きましょう」
「お待ちください、フレアジル様……サーシャ様、お顔色が悪いですが」
「あの、……わたし……」
アイヴィードがしゃがみ込んでわたしの顔を覗き込んできた。
わたしは同様のままアイヴィードを見つめ返し、瞳をうろうろさせてフレアを見上げる。
自分がなにに動揺しているのか上手く言葉に出来ずに戸惑っているわたしを見下ろし、フレアが瞳を柔らかくした。
「サーシャ、行きましょう。この場合、犯人がどうなっているかを確認するまでが気したるあなたの仕事です」
「……はい」
頷かないわけには行かなかった。
フレアの言っていることはまったく正しい。犯人は城の北に落下したのだ。北側は牧場で、冬だから家畜は小屋にいるはずだけど、放牧されている動物に限っては外に出ている可能性もないとは言いきれない。盗み出した荷物の問題だってある。暴かれたのはジルサンドラの墓場だって言うけど、わたしはあの墓の下にはいないのだから別の物を盗んでいるのかもしれない。確かめるべきことはいくつもあるのだ。
それでもわたしの具合はずっと悪いままだった。
騎士の仕事の中で一番好きと言ってもいい乗馬の瞬間ですら気分が高揚したりはしない。
アイヴィードが何度もわたしの顔色を覗っているのがわかったが、なにを言っていいかの判断も出来なかった。
カンテラの灯を頼りに夜道を馬で歩く。
蹄が草がほとんど枯れている冷たく地面を踏みしめている。
やがて冬空にはどこか不釣り合いな香ばしい匂いが辺りに漂ってきた。大きな鱗鳥が落下して燃えているので、そのせいだろう。しかし単に香ばしいとは言い難い妙な匂いで、それが生焼けの肉の匂いなのだというのはわたしはあとになって知ったことだ。
その時は慣れなお匂いに鼻を押さえるしかなかった。
先導していたフレアジルの従騎士が馬を止めると、全員降りることになった。わたしは正直地面に足を降ろすのは嫌だった。だけどフレアジルに降りるように言われれば従わないわけにも行かない。
「うわ……ひどいね……」
少し前まで怒り狂っていたヨハンが沈んだ声音で状況を評した。わたしはその言葉に全面的に賛成だった。
二羽の鱗鳥は少し離れた位置に落下していた。燃えている方の一羽は身体が半ばほどから吹き飛んでいた。わたしの魔法が直撃したのだ。
「ひっ……!」
喉の奥から意識していない悲鳴が上がった。
炎で燃え上がり、照らし出された光景のなか、足らしきもの見えた。
上半身のない人間の身体――魔法で打ち抜かれた。
お腹の中がぐるぐるした。
自分が踏みしめている地面の感覚がわからなくなり、目の前が真っ暗になる。
「サーシャ様!」
アイヴィードの悲鳴じみた声がどこか遠く、わたしはそのまま気絶した。




