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(47) 夜警



「さむい……」


 冷たい夜の冬風にわたしは思わずつぶやいてしまった。

 ここは本丸を囲む北の城壁だ。

 大冬月も半ば、わたしたち騎士見習いも警ら任務程度は当たり前のように割り当てられるようになった。城を巡回して問題がないか確認する警らは当然ながら日中数回にわたって行われ、夜勤がある。子どものわたしだろうと夜中の見回り任務から外されることはない。

 訓練を終えたあと仮眠を取って起きてきたわけだが、後を引いていた眠気は頬に刺さる冷気で吹き飛んだ。

 内側に毛皮を縫い付けた厚手のコートに顔の下半分を埋める。斑貂の毛皮はふっかりと暖かい。


「大丈夫ですか、サーシャ様」

「……うん。なんとか……」


 アイヴィードに話しかけられわたしはもごもごと返事をする。

 正直今すぐ宿舎にとって返したいところだが、そういうわけにもいかないのだ。


「冬の夜警はきついけど、さぼるわけには行かないから我慢してね、サーシャ」

「わかってます、フレアジルさま」

「あら、そんな他人行儀じゃなくていいのに」

「……そういうわけには」


 わたしはちらりと視線を動かした。

 今日の夜勤の指導騎士はフレアジルだが、わたしの他にヨハン・ケミアも同じグループで行動している。いかにわたしが領主の姪であっても、次期領主の婚約者で先輩騎士のフレアジルを気軽に呼ぶのは立場上よろしくない。

 わたしはすぐ近くをしゃっきりとした顔つきで歩くヨハンに何気なく話しかけた。


「ヨハンは寒いの平気そうね」

「僕の出身はここより北の町だし……兵士見習いをしてたから夜の警備も慣れてるよ」

「そっかぁ……」

「ケミアのお家は染料問屋なのよね?」

「は、はい! 今はそうです。元はただの染料農家ですけど……よくご存じですね」


 フレアに話しかけられ、ヨハンが驚きに目を見開いた。

 平民騎士であるヨハンは領主一族やそれに近い領内の有名貴族に対してやや距離感を感じているらしい。わたしに対しては子ども相手だからか他より親しみを感じるけど、それでも時々敬語を使ってくるのだ。姓を名乗れるのだらか相当な税金を納めている豪商の家ではあるが、珍しい染料を売りに出して財産を気づき上げたのはヨハンの祖父なので歴史はまだ浅い。そう言った点からヨハンは自分の家のことをほとんどの人は知らないと思っているらしい。


「王都でも人気の青い染料……ケミア藍は有名ですもの。みんな知ってるわ」

「あ、ありがとうございます!」


 フレアが言うようにケミアの家が扱っている藍色の染料は有名だ。

 これまで作物の育成の邪魔になると思われていた野草を摘み取り、特殊な手順を踏むと美しい藍色に染められると発見したのである。鮮やかな藍色の染め布はそれまで作るのが非常に難しかったため、ケミア藍はたちまち人気の染料となって王都や外国に輸出されることになったのだ。

 だから平民騎士と言いつつヨハンは相当なお金持ちのお坊ちゃんだと思われる。男爵や準男爵のような下級貴族よりもほどのにいい生活を送っているだろう。

 ヨハンは長男だと言うが、その彼が騎士になったのは次の段階――叙爵を睨んでのことだろう。貴族が負うべき奉仕の義務として騎士の仕事が存在する以上、爵位が欲しければ一族から騎士を出さなければならない。ヨハンは家族の期待を背負っているのだ。

 だけどそうなるとやっかみなども当然あるので、ヨハンは騎士団内では少し肩身が狭いらしい。

 次期領主夫人のフレアジルが優しく話しかけてくることに驚いているようだ。


「アイヴィードの家も商売をしていたわよね?」

「はい。義父(ちち)の家は材木商です。私は母の連れ子なので家の仕事には関わりはありませんが」

「王都に出入りがあるならそれなりに大きい家でしょうに、お家のお仕事を手伝おうとは思わなかったの?」

「あまり義父の世話になりすぎるのも良くないと思ったのです」


 わたしの何気ない問いかけにアイヴィードは苦笑して答えた。それから薄金の瞳を微かにすがめる。

 その仕草に私は小首をかしげた。最近アイヴィードはよくそうしている気がするのだが、なぜなのだろうか? 実は視力が悪いのか?

 視力が下がりすぎると兵士はクビになってしまうこともあるはずなのでそんなことはないと思うのだが。

 もし最近になって下がってきているならアイヴィードのために眼鏡を用意してあげる必要がある。

 そんなことを考えていると、ヨハンがカンテラを動かした。


「あれ……墓園に誰かいませんか?」

「ほんとね」


 城の北東部には領主一族のための墓園がある。わたしがこの姿になって最初に目覚めた場所だ。

 ヨハンの指摘通り城壁の上から下を見下ろすと墓園にぽつりと明かりがともっているのが見えた。人影らしきものも確認できる。


「墓守が見回りをしているのかしら?」

「いえ、それにしてはおかしいわ。明かりがずっと同じ位置に留まっているもの。見回りだったら動いているはず」


 フレアジルが顔をしかめ、自身の従騎士に「墓守からなにか連絡が?」と尋ねている。従騎士は首を横に振っている。

 まさか真夜中に墓参りなど誰もしないとは思うのだが、なんだろうか。


「本部に連絡を入れましょう。そこから墓守に確認を取ってもらうのが良いかと」

「そうね」


 アイヴィードの提案にわたしも賛同した。

 通信用の魔導具はどことでもつなげられるわけではないのでここから直接墓守に連絡を入れることは不可能だが、騎士団本部からは墓守の詰め所にすぐに一方を入れられるはずだ。

 しかしフレアジルはそれを押しとどめた。


「いえ、その必要はなさそうだわ。墓守も気づいたみたい」


 明かりが二つ――二人の墓守が墓園の中へと向かっているのがわかった。

 すると慌てたように元々墓園にあった明かりが動き始めた。


「墓荒らしだわ!」


 フレアジルが声を荒げたのと墓守が手にしていた小さな警鐘を叩くのはほぼ同時だった。

 わたしは驚きに一瞬耳を塞いだ。

 警鐘はすぐにしろ中に響き渡った。鐘の打ち鳴らし方は「城内に盗人あり」だ。まさかこの鐘の音をまた聞くことになろうとは。


「領主一族の墓を暴くだなんてとんでもない不敬者だ!」


 普段は大人しいヨハンが顔を真っ赤にして怒っている。


「早く捕まえましょう!」

「そうね。まずは北門に行かないと……今の時間、門は閉じているはずよね?」


 当然ながら真夜中は人の行き来を制限するために東西南北の大門は閉ざしてある。南門は二の丸と三の丸を結ぶ跳ね上げ橋も上がっているはずだ。

 墓荒らしがいつ城内に侵入したのかはわからないが、脱出は不可能だろう。

 そう思っていたわたしの予想は直後に聞こえた鳥の鳴き声で裏切られた。

 鱗鳥だ。

 しかも小屋のある方角ではなく墓園の方から聞こえてくる。


「まさか……鳥で逃げる気!?」


 嫌な予感というものは当たるものだ。

 わたしが振り返るのと同時に巨大な鱗鳥が二羽、わたしたちが走って戻ってきた城壁の上を大きく飛び越えていく。

 片方の鳥の背には男と大きな麻袋が積み込まれていた。

 あれが盗み出した何かなのは間違いないが、このままでは遠くに逃げ切られてしまう。

 フレアジルが鋭い声を上げた。


「いけない! サーシャ、あれを落としなさい!!」

「っ……わかった! 天に属する精霊よ……!」


 フレアジルに言われるまま、わたしは魔法を放った。

 手のひらから溢れた光の線が一直線に飛び去った鱗鳥を追いかけていく。瞬きの間に着弾、爆発音が鳴り響いた。

 鳥が悲鳴の鳴き声を上げ、燃え上がる何かが周囲のものを巻き込んで落下――地面と激突した。


「お見事!」


 集まってきていた北門の兵士たちが歓声を上げて拍手をする。

 鳴り響いていた警鐘が静かになる。

 鱗鳥が落下したと思わしき場所で燃え上がる炎をわたしは拍手の中で見下ろした。

 このときわたしは命じられたことをちゃんと出来たことに安堵しきって大きく息を吐き出したのだった。




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