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(46) 演習後



 演習場の一角でざあざあと雨の音がしている。

 わたしの魔法で燃えた林の一部を消火しているのだ。その音を聞きながわたしは大きく息を吐き出した。

 今だ地面に突き刺さったままの敵陣の旗の支柱、その側ではシークス・アベリアが膝をついて座り込んでいる。汚れてはいるが怪我をしている様子はない。ディエルが急いで主の元へと駆け寄っていた。

 初勝利した喜びも大きいが、相手に大きな怪我を負わせなかったこともわたしは安心している。

 すぐ側で土を踏む音がしたので、わたしは顔を上げた。


「お疲れ様です、サーシャ様」


 アイヴィードは薄金色の瞳を細めてわたしに手を差し出してきた。

 いつもの柔らかな笑みに喜びがにじんでいるような気がする。

 不出来な主人であるわたしに突然仕えることになった彼にも、ようやく少し報いることが出来たのだ。そう思うとわたしも自然と笑みがこぼれた。


「ありがとう、アイヴィード。本当に助かったわ」

「いいえ、サーシャ様の実力ですから」


 手のひらを握り返して、立ち上がらせてもらう。

 ほとんど単独手敵陣の奥まで突っ込ませたのになんとも謙虚な態度だったのでわたしは苦笑いを浮かべてしまった。


「アイヴィードが彼を削ってくれていたから勝てたのよ。もしも十分な障壁を張る魔力が残ってたらたぶん勝てなかった」


 シークは今のわたしと違って器用な魔法士だ。障壁を張りながらもアイヴィードに魔法を放てるし、あのギリギリの状況でもわたしではなくアイヴィードを攻撃する選択肢を選んだ。勝利のためにはわたしよりもアイヴィードを先に倒しておくことが重要だと理解していたのだ。

 それはその通りで現状のわたしではたった一人になってしまうとこの演習では勝ち目がほぼない。

 わたしは彼が聖アシュロット学園の優秀学生の一人だったことを思い出した。はったりでもなんでもなくふつうに頭がいいのだ。


「やれやれ……ようやくちょっと本気出してきたか?」


 いつの間にか立ち上がったシークがわたしの方に近づいてきた。


「対戦ありがとうございます」

「どうも。遅すぎる一勝だな、サーシャ」


 わたしが胸に手を当て礼をするとシークは片手をひらひらと振った。

 負けた割には悔しげな様子は見せていない。萌黄の瞳はどこかすっきりとした印象だった。


「おまえと来たらいつまでたってもオレらのこと舐めた態度で来てたからイライラでそろそろ殺そうかと思ってたところだったぜ」


 にやりと歯を見せて笑うシークの物騒な言葉にアイヴィードがぎょっと瞳を見開く。

 思わずというようにわたしの前に一歩進み出た。

 冗談にしても笑えない言葉にわたしはあきれかえる。味方を殺したら処罰の対象だ。そんなこと本気では思っていないだろう。


「今日は胸を借りるつもりで挑ませていただきました。さすがにシークス様はお強いですね。最後の攻撃は多少怪我をさせてしまうのではないかとヒヤヒヤしました」

「ほお……言うねえ……オレはそこまで自分を過大評価はしてないつもりなんでね」


 嫌味っぽい口調だったが、そうだろうな、とわたしも納得した。

 シークスはわたしの放った魔法が当たる直前、とっさに旗ごと守るのを諦めしゃがみ込んで自分の防御に力を入れたのだ。当然だが障壁は展開する面積が狭い方が魔力消費が少なく、強度も上げやすい。既にアイヴィードとの戦闘で魔力を消費していたシークは旗ごと守っていては危険だと判断したのだろう。薄い障壁なら突破できるくらいの威力は込めたつもりだったので、その判断は正しい。

 自分の身を守ることに注力したから今も怪我が一つなくピンピンしているのである。

 もちろんあのまま障壁を大きく展開していても、酷い怪我にはならなかっただろう。ただ障壁は破られると反動がある。それにより多少身体をどこかにぶつけたりして、酷いと骨折することもある。治癒兵や治癒魔法を扱える騎士がいるから骨折くらいならすぐに治せるけど、怪我はしないに越したことはないのだ。


「しかしサーシャ、オレはずっと気になってたんだが……」

「なんでしょう?」

「おまえのその眼鏡、どういう構造になってるんだ? 全然ずれないよな」


 言うなり、シークの手がわたしの眼鏡に伸びてきた。

 わたしは「い!?」と両目を見開く。とっさに眼鏡の蔓を押さえてアイヴィードの影に隠れた。


「触らないで! これは駄目よ!!」

「なんだよ、ちょっとくらいいいじゃねえか」

「大切なものなのよ!! やめてよ!!」


 アイヴィードを挟んでわたしはシークの腕から逃げ回る。

 アイヴィードは突然のことに硬直していたが、わたしが本気で嫌がっている態度を見てはっとした顔をする。


「おやめください、アベリア様。サーシャ様にとって眼鏡は命も同然なのです」

「えー……たかだか眼鏡だろ?」

「庶民にとっては高価なものですし、母君から贈っていただいた形見なのです」


 アイヴィードの言葉は嘘だった。そんな話彼にはまったくしたことがないし、決めていない設定だった。

 しかし一般的に見て親からもらった形見の眼鏡をものすごく大切にする少女というのは説得力がある。わたしは彼の優しい嘘に乗っかってうんうんと何でも頷いた。

 しかしシークは納得いかないのか首をひねっている。


「ほんとか? それどう見ても魔導具式の眼鏡だろ? 母ちゃんじゃなくてご領主さまにもらったんじゃねえの?」

「なっ……違います! これは母にもらいました!!」


 わたしは眼鏡を押さえて叫んだ。

 内心は正解を言い当てられてビクビクしていた。

 こいつ賢いのはいいけどちょっと面倒かもしれない!


「なんで何年も前に行方不明のジルディア様が娘にわざわざ魔導具の眼鏡を贈るんだ? 平民として暮らしてるならふつうの眼鏡でいいよな?」

「そこまでにしておけ、シークス・アベリア。まだ訓練中だ」


 不意に冷たい声がわたしたちの間に振ってきた。

 振り返るとジルクルスが冴えた瞳でわたしたちを見比べている。


「そろそろ次の試合が始まる。それを見学して分析するのも訓練の一環のはずだけど?」

「そうですね!」


 弟の足してくれた助け船にわたしは一もなく二もなく頷いた。


「アイヴィード、あっちに行きましょう。次はグレダとエルトだわ」

「はい。そうですね……サーシャ様、こちらです。お足元気をつけて」

「ええ、ええ!」


 わたしはそそくさとシークの側から離れていく。

 まさか眼鏡が魔導具だと見破られているとは思っていなかった。

 ばくばくと音を立てる心臓を抱えて立ち去るわたしの背後ではジルクルスがシークスに罰掃除を命じて、シークが面倒くさそうな声を出したのだった。





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