表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/76

(45) 演習訓練リベンジ



 大冬月に入り最初の演習訓練がやってきた。

 今日も内容は攻守に分かれて攻撃側が守備側の旗を奪う訓練だ。今のところわたしはこの手の訓練で守備側に回されたことがない。いざという時は旗の側によって障壁を張ってしまえば数時間は落ちることなく旗を守れてしまうからだろう。守るだけなら気が楽だからそうしたいけど、それでは駄目なのでずっと攻め側しかさせて貰えないのだ。

 勝つためには何かしらの工夫がいる。

 わたしはぎゅっと両の拳を握り、それから開きを繰り返す。すぐ側ではアイヴィードが両腕に嵌めた魔導具の調子を確認していた。左腕が障壁用、右腕が攻撃用の魔導具だ。身につけられる小型の攻撃魔導具は近年開発が盛んなものだが、まだ魔力効率が悪く規模の大きな攻撃は出来ない。それでもないよりはずっと良い。

 わたしは緊張で冷えた指先を擦り合わせた。


「大丈夫ですよ、サーシャ様」


 わたしの緊張を見て取ったアイヴィードに声を掛けられる。


「今日はちゃんと作戦がありますから、その通りにやれば勝てるでしょう」

「大丈夫かな?」

「ええ、相手はシークス・アベリアですから、サーシャ様の心配するようなことは起きません」


 アイヴィードははっきりとそう断言した。

 今日のわたしの演習相手は以前も負けたシークス・アベリアだ。シークは今期の見習い騎士の中ではエルトと並んで勝率がよい。既に騎兵として実戦経験のあるエルトジルと同じくらい巧みなのだから才能があるのだろう。

 一方わたしは全敗に近い成績だ。一度だけヨハン相手に引き分けに持ち込んだことがあったけど、それくらい。

 圧倒的な成績差はそれだけ相手の強さを意味している。

 わたしはその強さを信じてみることにした。


 主審が戦闘開始の合図を出す。

 今日の審判はジルクルスと他二名の騎士だ。合図がでたのと同時にわたしは魔法を放った。


「天に属する精霊よ、我が呼び声に応え、雨垂れのように歌え!」


 両手の指先からほんの少し魔力を零す。ただしいつもよりも大きく、狙う場所を一点に絞らずに広範囲に。

 自分の目の前から敵の旗まで一直線に一斉に魔法の雨粒を降らした。


 爆発音が鳴り響き、土煙が上がる。アイヴィードとわたしは出発地点から移動した。土煙が晴れる前に障害物の影へと隠れる。

 正しいままでとは違って二人ばらばらに動くことにした。

 障害物の影から敵陣を確認する。シークは障壁を張って自陣の旗をきっちりと守っていた。

 煙が晴れきっていないから無傷かどうかまではわからないが、わたしの予想だと彼はたぶん負傷していない。

 だからわたしはもう一度同じ魔法を放ち、再び別の障害物の陰間で移動する。


「ディエル! サーシャを押さえろ……!」


 向こう側からシークの鋭い指示が飛んでくる。これまでの演習で聞いた声より声よりも冴え渡っている気がした。

 シークの従騎士ティルダがこちらに向かって走って来ているのがわかる。やはり煙で隠れながら移動しても魔法を使うわたしの位置は特定されてしまう。


 守備側の勝利条件は制限時間いっぱい旗を守るか、攻撃側の騎士を行動不能にするかどちらか。

 シークは旗を守り切らずにわたしを捕えることを優先した。

 彼はずっとそうしていた。

 わたしはそのことをずっと余裕の表れだと思っていたけど、恐らく違う。シークはわたしの実力をかなり正当に評価してくれていたのだ。

 例えば自陣に引きこもられたとしても、わたしであれば最後は絶対に勝てる。

 だって魔力量が違うのだ。加護を授けている精霊の格だってわたしが圧倒的に上。

 純粋に力勝負になったらわたしが押し切れる。

 だからシークスは今まであえて仕掛けに来ていた。仕掛けられたことでわたしもその土俵に上がってくるように策を弄していたのだ。

 それに対してわたしはある意味では真面目に、そして小さくやろうとしすぎていた。


 ディエルがわたしの魔法攻撃を掻い潜って陣の奥深くまで入ってくる。わたしの姿を認めて彼は声を上げた。


「シーク様、アイヴィードがいません!」

「わかってる!」


 広範囲で魔法攻撃を続けていたのは土煙を目隠しにするためだったが、相手もそんなことはお見通しだったらしい。

 ディエルの声音はわかっているだろうけど一応報告する、といった感じの落ち着いたものだった。

 さすがにこの程度に引っかかるほど甘くはないとため息を吐き出す。

 とはいえ対策を取られていることは了承済みでわたしも仕掛けた。

 ディエルがわたしまであともう少しという時点でアイヴィードの方は既に隠れ場所を飛び出して旗の方に肉薄している。

 もちろんシークは気づいていたのでアイヴィードの侵攻を障壁で弾いた。それを目視で確認しながらわたしも自分を守る為に障壁を張る。瞬間障壁にディエルの放った魔法がぶち当たる。


 わたしとディエルは真っ向から睨み合う形になった。

 敵陣の奥深くでは魔法と魔法、槍と剣がぶつかり合う音が響いている。アイヴィードの魔法攻撃は腕に嵌まった魔導具頼りだ。事前にわたしが魔力を込めたものだが、それが切れたらあとはアイヴィード自身の魔力で作動させることになるが、近接戦で魔導具にいちいちリチャージしていては隙になる。なるべく早くに決着を付けたい。

 ディエルはわたしに槍を見舞うには少し離れた位置で足を止めた。わたしが動かないのを見て取り、背後の主君を援護するか迷っている――ふりをしている。

 あからさまな隙を作ってわたしが攻撃のために障壁を解くのを待っている。

 これは事前にアイヴィードに助言されたことだ。ディエルの腕前ならある程度の距離ならわたしが障壁を解いた瞬間肉薄できるらしい。

 引っかからなかったわたしを見て、ディエルが少しだけ瞳の色を変えた気がする。

 わたしはバクバク音の鳴る心臓を宥めながら障壁を張り続ける。わたしが隙を見せなければ、彼はわたしを落とすのを諦めて主人の助けに向かうはずだ。ただし距離が離れればわたしはもう一度魔法を使ってディエルを攻撃できる。それは向こうもわかっている。

 だからお互いここで睨み合うしかない。


 敵陣の方ではアイヴィードとシークの戦闘が継続している。シークはルール上旗の側から動けない。旗を守りながらアイヴィードの魔法と剣をはじき返し、隙を突いて巧みに魔法で攻撃している。一方アイヴィードの方も負けてはいない。魔導具による魔法攻撃も交えつつ、剣は的確にシークの首を狙っていた。

 刃が時々あからさまに障壁を削っている。

 身体強化がよほどに優れ、剣術も巧みである証左だ。剣が自分の腕の一部として認識されて魔力による強化が剣先まで及んでいる。無意識でその領域まで行ける人間はさほど多くはいない。

 シークが舌打ちをしたのがわかった。

 そのタイミングでディエルがわたしを落とすのを諦めて主君の助けに駆け戻ろうとする。

 いや、ディエルは単純に主が危機に陥るのを待っていたわけではない。アイヴィードの攻撃魔導具の魔力切れを図っていたのだ。アイヴィードが再装填(リチャージ)のためにシークから離れようとする。ディエルの狙いはそちらだ。アイヴィードを落としてしまえば現状障壁と攻撃を同時に行えないわたしを捕えるのは時間の問題だ。わたしが倒されないように防御に専念したら制限時間が来て負けてしまうだけである。


 わたしはディエルがアイヴィードに斬りかかったタイミングで障壁を解いた。この位置ならばどれほど急いでもわたしには誰の攻撃も届かない。

 そして呪文を唱える。


「天に属する精霊よ、我が呼び声に応え、矢のように穿て!」


 狙ったのはもちろん、シークスでもディエルでもなかった。

 敵陣の奥で風に揺れている旗一択――高圧の魔法の矢が一直線に飛んでいく。

 同時にシークの放った攻撃魔法がディエルの攻撃とともにアイヴィードを襲う。爆発音が二カ所で鳴り響く。

 わたしの瞳はシークスが旗の下で障壁を展開しようとした姿をギリギリ捉えていたけど、そこから先は爆煙でわからなくなった。

 光の矢が旗を突き抜け、奥の木に当たって爆ぜた。爆煙が立ち上り、燃えた木の屑が辺りに散らばる。


「うっわ……」


 つぶやいたのは誰だったのか。

 ごうっと上がった熱風が演習場の一角に満ちたことがわかった。わたしが立っている位置まで生ぬるい空気が漂ってくる。

 わたしは固唾を飲んで土埃が晴れるのを待った。


 ちりちりと燃える林の木を背景に、半ばほどから吹っ飛んだ旗の支柱が地面に突き刺さっていた。


「勝者、サーシャ!」


 主審役のジルクルスの声が響く。


「……や、った……!」


 安堵のあまり、わたしはその場に膝をついた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ