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(44) お茶会 後編



 ジルクルスがお茶に口をつけ、言い聞かせるように口を開く。


「ぼくはルシエル家に瑕疵が出来るような隙をみすみす見逃した人間だから、王家だけにごちゃごちゃは言えない。これからのことを考えればリリージルがカラント王家を敵視し続けるのもいいとは思わない。帝国のことを考えれば王家とは上手く付き合っていかないと駄目だ」

「……はい」

「そんなに心配しなくてもリリージルがエディアルド王太子と婚約することはないと思うけど。姉さんの一件があってうちは罰されたわけだからそこから王太子妃を出すのは道理が通らない。他の貴族が納得しないだろうし」

「それはそうでしょうね」


 わたしもジルクルスと同意見だ。

 エディアルドの新しい婚約者はルシエルからは決して選ばれないし、ルシエルと縁が強すぎる家からも恐らくは選ばれない。

 選ばれるとしたらルシエルと同等の力を持つ国内の有力諸侯の娘か異国の王族、あるいは――


「というか、エディアルド、殿下の次の婚約者は聖女ミルフローラが第一候補じゃないの?」

「おれもそう思う。孔雀眼(マラカイト)って初代王妃フローラリア様と同じ眼だもんな」


 カラント王国の建国には二人の精霊眼の持ち主が深く関わっている。

 一人がジルアレク・ルシエル――わたしたちルシエル家の先祖でわたしと同じ菫青眼(アイオライト)の持ち主だ。

 もう一人が初代国王・聖アシュロットの幼馴染みで彼を献身的に支えたと言われている孔雀眼(マラカイト)の聖女フローラリアだ。戦場において彼女は常にアシュロットの横にあり、戦で傷ついた多くの兵士を癒やし、幾度となくアシュロットの危機を救ったと言われている。

 王国が成立するとアシュロットとフローラリアは結婚し、彼女は初代王妃の座に納まった。

 ミルフローラという聖名は聖殿が公表したものだが、十中八九フローラリア王妃を意識して付けた名前だろう。ミルフローラの本名がなんなのかをわたしは知らないが、聖殿が取っている外交政策の一つ、聖女との婚姻でエディアルドとミルフローラを結びつけたいという意図がそこになかったとは言いがたい。

 わたしがミルフローラをとエディアルドが近づくことを無視できなかったのもこのせいだ。エディアルドは口先ではわたしの方が重要だと言いながら、ルシエルではなく聖殿に乗り換える気ではないかと疑わずにはいられなかった。そこに付け込まれたわけだ。


「聖殿からすれば念願叶ったりでしょう? ミルフローラとの婚約を推し進めていると思うのだけれど」

「それがセシリア様に聞いたところ、どうも揉めているようなのですって」

「揉めてる?」

「ミルフローラはとっくに治癒士の資格を取ってるし、次の春には十八歳で成人だ。来年の年始に二人の婚約が発表されるって話が一年くらい前に出回ってたけど、エディアルド殿下の婚約発表はまだないってことが決まってる」

「そうなの」


 政は基本的に根回しが全てだ。年始は様々な吉事の予定が王城から発表されるが、その内容は基本的に今の時期にはとっくに決まってしまっている。

 あとは細々とした微調整を詰めているだけという時期のはずなので、今エディアルドの婚約が決まっていないと言うことは年明けのに公表されることはないという判断で間違いはあるまい。

 逆にルシエル家やその関係者に下された王都への出入り禁止などの措置は今の段階で年明け恩赦が下って解除されることが決まっている。伯爵まで下がっている爵位もその時一部が戻って侯爵に叙される予定だ。


「順当に行けばミルフローラでしょう……なんで決まってないのかしら?」

「聖殿となにか揉めているのか、諸侯が口出ししてきたのか、外国から婚約の話が持ち上がっているのかもしれない。帝国の皇女とか」

「でも帝国の皇帝って確かソーラやララと同じ歳ですよね?」


 ジュートの質問にクルスが頷いた。

 帝国の現皇帝ルキウスはわたしの記憶が確かならまだ八歳だ。実質的な政務は前帝の皇后だったマルガリータ皇女が摂政皇太后として取り仕切っているはずである。

 当然ルキウス帝自身には年頃の子どもなどいるはずがない。


「皇帝陛下は子どもだけど、母親の違う姉皇女や先帝の異母妹なんかがいたはずだ。帝国の皇女は滅多に表に出てこないから何人いて誰が何歳なのかは知らないけど、一人ぐらい適齢期の皇女がいても不思議じゃない」

「でも帝国の大陸制覇の野望はみんな知っているでしょう? そんなところの姫君を迎えるかしら?」

「断るのにも方便がいるからね……今まで話があっても全部姉さんのことを口実に断れたけど今後はそうも行かないから」

「ふん……自業自得だと思いますわ」


 リリージルが再びそう吐き捨てる。

 それから不意に眉を八の字に下げた。


「ジルサンドラお姉さまに代わりなどいないの。だけど……王家もこのルシエルももう何事もなかったみたいに次に進んでいく……それが気に食わない人間がいるのだわ」

「あ、ああ……それが、グレダのことがわかるって言う?」

「そうよ」


 わたしの言葉をリリージルが肯定した。


「ご領主さまがどこからともなくあなたを連れてきて、それからわたくしを養子にする準備を進めている。領内の貴族にはそのことが不満な者がいるようなのです」

「なんで?」

「単に姉さんを慕ってたって人もいるかもしれないけど、一番は領内政治のバランスが大きく変わるからだろうな。姉さんと一緒に中央に上がる予定だった人間の身内は本来なら出世が約束されてた。だけど事件で割を食って身動きが取れないなか、次の人間の人選が進んでそこに絡んでいけないってなると不満が出る。今のところリリージルの側付きをどうするかは母さんに一任されてるし、サーシャに関しては兄さんが全部決めてしまったから」

「領主一族の横暴だってこと?」

「そう受け止められかねないところはあるよ。リリーが急遽母さんの指導下に入ったのは例の騒動のせいだけど、表向き穏便に済ませたから具体的な話を知らない人が多いんだ。あんまり公にすると不適格だからリリーを養子にするなって話が出てきかねないから言いふらせないし……サーシャについてはもちろん人任せには出来ない。突然現れた領主の姪だなんて放り出したら騒動の元だろ」

「もう揉めてる気もしますけど……」


 ジュートの言葉にクルスはゆるく首を振った。


「今のところはたいした問題は起きてない。サーシャは兄さんの庇護下にいることが確実にわかるし、リリーは領主夫人の管轄下だ。側付きに自分の身内を当てたくてもどっちも出来ないからやきもきしてるんだろうな。母さんは後妻で他領の出身だし……生家のオーシア家から人を呼ぶつもりじゃないかとか疑われてるらしい」

「そんなこと今までしたことないでしょうに」


 わたしは思わずあきれのため息を吐き出した。

 もちろんお母様が嫁いでこられたとき連れてきた侍女の何人かはオーシア領の出身者だが、それくらいだ。わたしの教育もジルクルスの教育もルシエル領の人間が担当した。わたしの場合お妃教育があったから最終的には中央貴族のサフォラ夫人が招かれたけど、あれはお母様の差配ではなく王家の意向を汲んでお祖母様が手配したのだ。


「いろいろあったから疑心暗鬼になって多少揉め事が起きるのはしょうがない。年が明けて処罰が解除されたら落ち着いてくるとは思うけど……リリーの側付きの人選は少し揉めるだろうな」

「やはりそうですか」


 クルスの言葉にリリーが微かに肩を落とす。

 わたしは首をひねった。


「そこまで揉める?」

「リリーは元々他領に嫁ぐのを念頭に側付きを選んでた。でも一年前にいったんそれが反故になったんだ。領主の姪と養女とは言え娘とじゃ嫁ぎ先の格が変わってくるからそれまで候補に挙げてた娘たちだと駄目だろうって言うんで、改めて選び直してた。でもこの間の騒動でそれもいったん白紙に戻したから……リリーの側付き候補にサンドラ姉さんの側付きだった人間をスライドさせるべきって意見も当然でてるし、かと言って元々有力だった候補の家のこともあるしで調整は多少難航するだろうね」

「ああ、うん……なるほどね」


 わたしは小さく頷いた。


「つまりグレダもそのゴタゴタに巻き込まれているのね……それは大変だわ……」

「グレダ・イシュミーは騎士団に入団したからリリーの側付き候補からは外れてる。それが余計に腹立つのかもしれないな。自分が諦めざるを得なかった地位に他人が就くわけだし、今の騒動じゃおまえの代わりなんていくらでもいるって言われてるみたいでいい気はしないだろ」

「騎士団に入団しなかったら候補に挙がってたのかしら?」

「それは難しいと思う。グレダは十八歳でリリーは十三歳、年齢差がけっこうあるから……サンドラ姉さんの側付きでリリーに付けそうなのは今十五歳のルゥルゥくらいじゃないか。あとは妹と従姉妹とか、リリーに年が近い娘がいたらそっちになるだろうし……」

「……そうなのね」


 わたしは微かに息を吐き出した。

 聖アシュロット学園でわたしの周囲にいた少女たちを思い出す。彼女たちの全員がわたしと一緒に王都に残ることになっていたわけではないが、話がある程度まとまっていた子たちの中には将来が潰れて泣き濡れている子もいるのだろう。そう考えると胸が痛い。


「グレダ・イシュミーは騎士団には入れただけまだマシでしょうね。中には次の嫁ぎ先が決まらないで数年過ごさないといけないものもいるでしょうから」


 リリージルの言葉は更にわたしの胸をえぐった。

 適齢期を過ぎてしまえば嫁ぎ先は年の離れた男性の後妻など、女性としては歓迎されない条件のものに限られてくる。兄や弟がいれば騎士団に入ることを許される令嬢はほとんどいないのだ。

 ジュートジルがわたしの顔を覗き込んできた。


「なんでサーシャが落ち込んでるんだ?」

「それは……聞いていただけで胸の痛い話だなと言うか……わたしが突然ご領主さまに拾われて騎士団に入るのは十分やっかみの対象になるのね」

「サーシャが悪いことしたわけじゃないんだからやっかむ方が駄目だと思う。サーシャだって両親を病気で亡くして苦労してんだし」

「……そうなのだけれど」


 それはまあ、嘘だし。

 わたしのせいで多くの人間が苦労しているのに、わたしはまだ楽をしているのではないか……そんな考えが脳裏をよぎった。


「わたくしもサーシャも、やれることをやるしかないわ。どんなに急いで勉強したってわたくしが今すぐサンドラお姉さまに追いつくことは出来ないし、サーシャだって焦ってやったってジルウォード様やジルクルス様のようにはやれないでしょう」


 紅茶を一口のみ、リリージルが落ち着いた口調で告げる。

 わたしははっと顔を上げた。焦るな、というのはここ数日何度か言われた言葉だ。リリーがその言葉を口にするのも今日二度目だろう。

 リリーは自分自身に言い聞かせているのだ。


「誰もジルサンドラ様の代わりにはなれないけど、それでもわたくしたちは代わりを務めなければならないのだわ。わたくしには対した魔法の才能がないから、領主の娘の役割を……あなたはどうやら魔法の才能があるようだから、そちらの代わりを務めるの。そのことに腹を立てる人もいるけど、引き受けたのだからやるしかないでしょう」

「……そうね」


 リリージルは覚悟を決めた顔つきをしていた。

 彼女の振るまいが将来的には弟や妹の立場に関わってくる。場合によってはジルバート叔父さまや、サラジル叔母さまとその生家の未来にも影響を及ぼすのだ。リリーはもうやるしかない。

 それはわたしも同じなのだけれど。


「上手くやろうとしすぎる必要はないのではなくて? 騎士団の人間は同期だろうとあなたよりも魔法の訓練をしている時間は長いのよ。胸を借りるつもりでやったって大きな問題はないでしょうに」

「それはまあそうだろうな」


 不意にジルクルスが頷いた。


「サーシャは控えめに力を使おうとしすぎてる。どうせ上手くは当てられないんだから相手の実力を信じてぶっ放せば?」

「……以前は制御しろっておっしゃってませんでした?」

「臨機応変にやれってことだよ。どうせ戦場や思い通りには行かないんだから。指導の騎士たちもみんなそう言うだろ」


 確かに。

 わたしは毎日のように教えられる言葉を思い出した。戦場では思い込みこそが命取りなのだと教官たちは口を揃える。

 覚悟のなさと思い込み――なんとなく、自分のやるべきことが見えてきた気がした。




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