(42) 八つ当たり
早朝他のどの訓練よりも最初に行うのは伝統の薪割りだ。
入団式前までは訓練のあとにやっていたわたしも今はみんなと一緒に朝一の鐘がなる頃に本部の裏手に来て薪を割っている。事前に三ヶ月近く練習出来たおかげでわたしの薪割りの早さに関しては他に目お取りしていると言うことはない。目下一番遅いのは女性騎士見習いのグレダだ。シークスは男子なのでまだ斧を振り下ろす筋力があるが、グレダは女性なのでコツを掴んでいない間は遅めなのだ。
ちなみにぶっちぎりで早かったのは経験者のエルトとヨハンだけど。
わたしは最後まで薪を割っているグレダの隣に並んで自分も残りの薪を割った。それから思い切って話しかける。
「ごめんなさい、グレダ。せっかく助言してもらったけど、やっぱりいきなり手のひらでクルミを割るのは難しいみたい……」
わたしの言葉にグレダは斧を振る動きを止め、呆れた様子でわたしを見下ろした。
「まさか本当にいきなり手のひらでやったの?」
「え、……うん」
「怪我は?」
「したけど、シーナが治してくれたわ」
グレダはしばらくわたしを見つめたあと大きくため息を吐き出した。
「本当にするなんて思ってなかった。あなた馬鹿なの?」
「ええ!?」
言い放たれた言葉にわたしは目を見開いた。
「え、でもシーナがいるから大丈夫って、あなたが……」
「従騎士や小姓には相談したの? だったらふつう止めると思うけど」
「それは、そのぅ……相談せずに一回やってしまって」
「でしょうね……手が治ってよかったわね」
グレダが目の前の薪を割る。上手く力が入らなかったのか斧が途中で止まった。
彼女は小さく舌打ちをする。
その様子にわたしは一歩下がった。
いろいろ聞きたいことがあるのだが、今聞くのはよくないだろう。
先に自分の分の薪を割って、彼女が割り終えるのを待つ。しばらく当たりには斧が木に刺さる音がだけ響いた。
決まった数分の薪をグレダが縄で縛り上げるのを見届けわたしは再度彼女に話しかけた。
「あの、グレダ……」
「なに?」
「わたしじゃ出来ないってわかっててあのやり方を教えたの? どうして?」
尋ねるとグレダは整った表情をはっきりと渋面にした。ここまでわかりやすいなんて珍しい。
苦り切った顔をした彼女の肩に誰かの腕か絡みついた。
「おいおい、サーシャ。そういうのは聞くのも野暮ってもんだろ。腹いせだよな、グレダ」
「シークス……下がってなさいよ」
「やだね。いやぁ、ガキに嫌がらせするのは情けないんじゃなかったのか?」
にやにやとシークが笑っている。グレダはその腕を払い除けた。
そして一息。
「そうね……まったく情けない話だわ。サーシャ、昨日の話は忘れて」
「お、お互いなかったことにしましょう、ってやつだな!」
「シークス!」
グレダは苦々しそうにシークを振り返った。
シークは気にせずわたしを見ている。
「サーシャ、コイツは腹いせしてんのさ。グレダは魔力はまあふつうだし、加護精霊もまあふつうだが、魔法の制御能力の高さで選ばれた過去があるからな。制御って言うのは才覚よりは訓練の質と量の問題だから、才能一本で選ばれてるやつを見るとどうしても腹立つんだろ。そいつが覚悟も自覚もないとくりゃ余計に」
「シークス・アベリア、そろそろ本気ではっ倒すわよ」
「おお恐い……事実だろ」
不意にシークの声音が一段下がった気がした。
グレダが唇を噛みしめる。
わたしは首をかしげた。
「ええっと……選ばれるとか選ばれないとかって、なんなのかしら? 騎士は一応、紹介状と資金があれば誰でもなれるわよね?」
「騎士の話じゃねえよ。王太子妃付きの女官の話だ」
「女官……」
ばっとわたしは口元を覆った。
それってあれよね。わたしがエディアルドと結婚したとき宮廷に随行させるはずだった人材の話よね!?
グレダがそうだったのだろう、というのは予想がついていたけれどいざそれが正解だと言われると思っていたよりも衝撃があった。
気まずさと罪悪感とわたしその話聞いてませんでしたがというよくわからない怒りのようなものが一気に体中を駆け巡って全身が熱くなる。
「あの……女官だと魔法制御が出来ないと駄目なの? 騎士じゃないのに?」
「いろいろ小器用さを求められたりするんだよ。そういう意味じゃグレダは適任だったな……まあでも例の一件で女官の登用はなくなったし婚約も破棄だからなこいつ」
「婚約の件はどうでもいい」
むすりとつぶやくグレダにシークスが笑い声を上げる。
「単に釣り合いの取れた中央貴族の家ってだけで決まった婚約だから愛着ねえのは事実だろうけど……相手の男が可哀想だなー。ま、どうでもいいけどな。とにかくこいつは細々努力続けてた割には成果が全部パアになったってわけ。そんで次に努力の先を見つけたものの生まれと才能だけで選ばれたクソガキさんがいたから大人げなく八つ当たりの腹いせに走ったわけだ」
「く、クソガキ!?」
わたしは思わずグレダとシークを交互に見やった。
グレダが眉間に皺を刻み、シークの頭を叩いた。
「クソガキなんて思ってないわ。汚い言葉を使わないで」
「そりゃ失礼。でもムカついてはいるんだろ?」
「……そうね。この際だから否定しない」
わたしはぎょっと目を見開き、息を飲み込んだ。
「そ、それは……」
「サーシャ、あなたには人並み外れた魔法の才覚がある。それは見ていればわかった。だけど、騎士になるのに覚悟が足りない。そのことがとても腹立たしい」
正面から謂われ、わたしは硬直した。
さっと顔から血の気が引く。先だって既にシークにも指摘されていたことだ。
覚悟が足りない。
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はないわ。あなたくらいの歳の子が騎士になる覚悟が出来ていなくてもそれはそれで当然だとも思っているから」
「なら……」
「私にはわからないの。どうしてご領主さまはわざわざ小さなあなたを騎士団に入れたの? 姪としてきちんと養育する方法だってあったはずだわ……どうして?」
「それは……わたしの母が駆け落ちして、領地に迷惑を掛けたから……だから……」
「その話も聞いているけど、納得できないの。あなたがまるで……」
「その辺にしとけ、グレダ」
不意にグレダの言葉をシークが遮った。浅黄色の瞳が細くなる。
「それ以上だと領主様への批判と受け止められかねない」
「……そうね」
グレダは再び嘆息した。
「怪我をする危険のある方法を教えてしまってごめんなさい。サーシャ、あなたの手が無事でよかったわ」
「う、うん……」
「お詫びじゃないけど、わたしは最初鉄釜の中に木板を置いて、その上のクルミを割るようにしてたわ」
「そうなのね……それだと割れるのは木だけですみそうね!」
「失敗すると鉄釜も割れて親にものすごく怒られたわよ」
「……なんと」
鉄の調理器具は貴重品だ。だから貴族の家でも壊れたら基本的に修理して使う。家にたくさんあるものではないので割ったり穴を開けたりしたら怒られるのは当たり前と言えばそうなのだろう。ひょっとしたら幼いグレダは親に怒られたくない、という脅迫感を糧に精密な魔法の制御を身につけていったのかもしれない。
「もう腹いせはしないって約束するわ」
「ええっと……いいの。いろいろ教えてくれてありがとう」
わたしはどう返事をするべきが迷い、結局はそれだけを告げた。
それからちらりとシークの方を見やる。
「その……シークスがわたしに意地悪なのもグレダと似たような理由だったのかしら? だったらあなたも……」
「んにゃ、俺のは八つ当たりでも腹いせでもなく単なる嫌がらせだ! だから俺が今日からおまえに優しくなるなんてことは期待するんじゃねえぞ」
シークは両手を腰に当てて呵呵大笑した。
そのあまりに堂々とした言いようにわたしはしばらく言葉を飲み込めずに呆けてしまう。
「はぁぁぁ!?」
理解してからわたしは絶叫した。
なによそれ!
「……最低」
グレダのぼそりとした声が本部の裏手に落ちる。
わたしは心からの同意を示した。
まったくだわ。




