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(39) 戦闘訓練



 破裂音が響き、白刃がきらめいている。

 わたしはばくばくと音を立てる心臓に手を当てて、息を飲み込む。

 背後には土塊の壁がある。わたしは魔法を放とうと魔力を指先に込めたところで、右側から飛んでくる魔力の塊に気がついた。


「サーシャ様!」


 わたしが障壁を展開するよりも先に側に寄ってきたアイヴィードが魔導具で障壁を展開する。爆発音がすぐ真横からしてわたしは反射的に瞼を閉じた。


「アイヴィード、無事!?」

「問題ございません。今のうちにっ……!」


 えっと思った次の瞬間アイヴィードに横に突き飛ばされた。

 土埃の向こう側から槍の穂先がこちらに襲いかかってきている。アイヴィードがそれを払い除ける。


「うお!」


 盾代わりの障壁魔導具で槍を押し返されて声を上げたのはシークス・アベリアだった。

 わたしは慌ててアイヴィードの影に隠れてシークに魔法を放とうとした。それより早くアイヴィードが叫ぶ。


「サーシャ様、後ろです!」

「え、きゃあ!」


 背後で熱の塊が炸裂する。わたしは障壁を張ったけど、勢いを殺しきれずに吹っ飛んだ。


「サーシャ様!」


 アイヴィードが吹っ飛んだわたしを身を挺してキャッチしてくれる。

 けど、それでお終いだった。


「はい。オレらの勝ちだな」


 白刃がわたしの喉元に突きつけられた。

 顔を上げるとシークス・アベリアがにやりと口の端を吊り上げている。

 わたしは大きなため息を吐き出した。

 両手をだらりと上に上げる。


「……降参です」


 笛の音が演習場に響いた。

 わたしはアイヴィードに起こしてもらいながら、顔を俯かせる。


 今日は北の演習場で本格的な戦闘訓練を行っていた。演習場内には簡易的な壁や岩などの障壁が設けられ、東側には旗が一本立っていた。騎士一名、従騎士一名で攻守に別れ、守備のチームは旗を守り、攻めのチームの正騎士を行動不能に陥れれば勝ちだ。逆に攻めのチームは旗まで到達すれば勝ちと言うことになる。

 基本的に守備側が不利なこの戦闘訓練で、攻撃側だったのに負けてしまった。

 とぼとぼ歩いて演習場の中央、審判役の騎士の元に向かう。

 よりにもよってジルクルスである。

 クルスはわたしとシークスを見比べ、小さく息を吐き出した。


「シークス・アベリアの勝ちだ。負けた組は罰として本部の窓拭きをするように」

「……はい」


 わたしは胸に手を当てて軽く膝を折る。そして演習場の端に寄った。

 背後ではジルクルスが次の対戦組み合わせを読み上げている。


「申し訳ありません、サーシャ様……補佐が出来ず」

「ううん……どう考えてもアイヴィードよりわたしの方が悪いわ……魔法ほとんど使えてないもの」

「詠唱するだけならともかく文字いちいち書いてたら戦場じゃ間に合わなくて当然だろ」


 頭上から声が降ってきたと思ったらシークだった。

 がしっと頭をわしづかみにされる


「やめてよ!」

「おやめください!」


 わたしは慌ててシークの手を払い除けてアイヴィードの影に隠れた。

 シークがあきれ顔でこちらを覗いてきたので力一杯睨んでみた。だけどさほどの効果はなかったらしい。


「おまえアレでよく騎士見習いになろうと思ったなぁ」

「なろうなんて思ってないし!」

「ああ、領主様に命じられたんだっけ? それって領主様に対する不満か? わたしはやりたくないのに騎士にされましたーって言う」

「ちが、違うわよ!」


 シークの言葉をわたしは慌てて否定した。

 領主であるお父さまの命令で騎士見習いになることになったけど、それを受け入れるときめたのは自分自身だ。

 最初はとにかく言われるまま騎士見習いになるための訓練を始めたが今はなぜわたしが騎士にならなければならないのかもちゃんと理解できている。

 理解は出来ているけど、頭の中でまだ受け入れられていない部分がある。これが問題なのだ。


「おまえ人に向かって魔法撃つことにビビってんだろう?」

「……っ!」


 シークスの言葉にわたしの身体は無意識に震えた。

 図星だったからだ。

 わたしは人に向かって攻撃魔法を使った経験がほとんどない。

 もちろん過去の魔法訓練で互いに打ち合うような練習はしたことがある。その場合は相手がきっちり障壁を張るとわかっていたし、わたしは相手の障壁を破ることがないように威力を制御していた。それはあくまで魔法の制御訓練の一環で、戦闘訓練ではなかったのだ。これが盲点だったと今になってわたしは気がついた。

 戦えると言うことは魔法を制御できることと一致しているわけではないのだ。

 先頭に置いて魔法を使えば相手は障壁を越えて攻撃するすべを模索してくるし、わたしもそうしなければならない。

 その上で殺さないように気をつけるのが訓練だ。


 要するに威力の制御が難しい。


 呪文や精霊文字なしで魔法を撃つことは出来る。

 でも今のわたしの場合十中八九それをすると高威力になる危険性がある。相手の張る障壁の厚み次第では威力が高すぎて致命傷を与えかねない。

 文字通りの致命傷だ。

 わたしはシークを秒と掛からず殺せる危険性がある。

 そんなことを考えていると、不意にシークが目の前にしゃがみ込んだ。


「ひょっとしておまえ俺のこと舐めてるな」


 浅黄の瞳がわたしを見透かす。

 わたしは急いで首を横に振った。


「舐めてないわよ!」

「そうか……なら一発本気で打ち込めるように練習しておくんだな。どっちにしろ、本番は相手を殺すつもりでやらないと始まらないぜ」

「……本番って」

「言う必要あるか?」


 シークの言葉にわたしは唇を閉ざした。

 むろん言われずともわかっている。もしも領地で争いが起こって戦争になれば、わたしは敵の兵士を殺すのだ。

 だけど正直、その認識が不足していたことを認めざるを得ない。


「サーシャ様、大丈夫ですか?」


 心配そうなアイヴィードの声がした。

 わたしは小さく頷く。


「うん……ごめんね、アイヴィード。下手くそで」

「謝らないでください。初めはみんな恐いものです」

「アイヴィードも?」


 わたしは顔を上げてアイヴィードを見返した。薄い金色の瞳が誠実そうにわたしを見ている。


「それはもちろん……訓練とは言え自分も相手も怪我をする可能性があるのですから」

「そっか……そうよね。アイヴィードはどうやって恐くなくなったの?」

「……訓練で相手を傷つけたりしない、と確信が持てるまで練習しておくのです」

「なるほど」


 わたしは頷いた。

 つまり今のわたしには相手を傷つけない確信が一切ない。練習不足、鍛錬不足と言うことか。

 そしてそれは身体が小さくなったことに起因するわけでも魔力濃度が変化したことに起因するわけでもない。

 これまでまったく命を賭けて戦う必要性はなかったという状況と、自分の持つ精霊眼――菫青眼(アイオライト)の力への認識不足が最大の要因だ。

 わたしは菫青眼をまったく使いこなせていなかったのだ。

 なんてこと……!


 気がついてわたしは頭を抱えてしまった。




次回の更新予定は9/27になる予定です。

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