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(38) 騎士宿舎




 夕食を食べ終えると、それで訓練終了と言うことにはならない。騎士見習いは本部の会議室の一つに集められ、そこから今度は軍略に関する講義を受けることになる。

 ルシエル領軍は騎士団と兵士団とで構成されている。騎士団は軍の幹部、兵士団は実働部隊ということになる。むろん騎士も現場で戦うが、戦場では騎士の下に兵士連隊がつくことになる。騎士見習いは領軍の幹部候補生と言うことだ。軍略の知識は騎士にとって必須のもので、領内の砦の名称や地形は全て把握しておかねばならない。

 天候、地形、兵の数でどう戦うかを学ぶのが軍略の講義だ。会議室で課題を出され、その場で出た様々な意見を自分なりに加味して明日の朝までに報告書という形で提出する必要があるのだ。

 なんだか聖アシュロット学園での授業を思い出す。わたしは選択していなかったけど騎士コースではこういったことを勉強するのだろう。


 領内の砦の名称に関しては見習い入団の前に大急ぎで頭の中に詰め込んだ。

 とはいえ地形への理解やそもそも戦術論に対してわたしは知識が圧倒的に不足している。

 騎士宿舎の自室に戻ってわたしは出された課題の地図を片手にうんうんとうなる。


「えーっと、ここは全部魔法で爆撃して、それからこっちも爆撃して……」

「サーシャ様、それはさすがにどうかと……」


 ソファーテーブルを挟んでアイヴィードがわたしの課題に口を出してきた。


「え、ダメなの?」

「この範囲を魔法で爆撃するとなると相当の魔力を消費します。三名の騎士で一回撃っておしまいでしょう。あとの戦闘に差し支えが出ます」

「そういうものなの?」


 わたしはぱちくりと瞬きをした。


「地図は小さいですが、実際の面積は広いです」

「でも昨日の課題だとこういう感じで……」

「地図の縮尺が違うのです。サーシャ様、ほらここに数字が書いてありますでしょう?」


 シーナの指摘にわたしは地図の端に書かれているミミズがのたくったような線を見やった。落書きかと思っていたがよく見ると古い崩し文字で数字が書かれている。


「ほんとだ。なにこれ引っかけ問題!?」


 目を見開くわたしにアイヴィードが苦笑いを浮かべた。


「騎兵候補の訓練でも同じような問題が出てくるんです。前日と似たような地形の地図を引っ張り出してきて、縮尺が違う、と。制作年代で地図の書き方や記号の意味が変わっていたりするので注意しなければいけません」

「なにそれ……」


 わたしは思わずぐでっとソファに寝そべってしまった。

 とたんアイヴィードが慌てた様子で視線をあちこちに彷徨わせる。後ろからシーナが「サーシャ様、はしたないですよ」と小さな声でたしなめてきたので、わたしは渋々姿勢を元に戻した。

 子ども部屋ではこれくらいなんとも言われなかったがここではどうやら違うらしい。淑女は男性の前でみだりに足下があらわになるような行動を取ってはならないのだ。別にスカートをはいているわけでも足首が見えたわけでもないのだけれど。

 見習い訓練に入ってまだ一週間経っていないけれど、困ったことに従騎士であるアイヴィードとの適切な距離の取り方というものがよくわからない。


 訓練期間に入ってわたしの生活の拠点は城の東棟から同じ本丸の南にある騎士宿舎に移っている。

 騎士宿舎は主に独身の騎士が城で生活する際の建物だ。既婚の騎士は城下に屋敷を持っていればそちらで生活することが出来る。とにかく呼び出されたらすぐに出勤できる場所で生活していればいいのだが、訓練期間など強制的に宿舎に滞在が定められている時期もある。見習い訓練の期間がその一つだ。


 騎士宿舎では一人の騎士に対し部屋が一つ与えられる。この部屋は三間の続き部屋で、一間は今わたしたちが使っている応接用の部屋だ。ソファセットがあって、小さいが暖炉もある。ただ城のわたしの部屋の応接間よりは小さいし、ソファセットも豪華とは言い難い。

 もう一間が騎士用の寝室――つまりわたしの寝室だ。

 わたしの部屋にはベッドと大きめのクロゼットが一竿おいてあり、小さいが文机もある。部屋の全体の面積で見ると東棟のわたしの寝室より少し大きいとと思うが、小姓用のアルコープがある分そう感じるだけかもしれない。わたしとシーナは寝室を共有しているけど、異様に狭いという印象はない。

 と言うのも応接間を挟んだ反対側にあるアイヴィードの部屋が本当に小さいのだ。

 従騎士用の部屋はアイヴィードにちらりと見せてもらったけれど、わたしからすれば信じられない狭さだった。扉を開けると数歩で梯子があって、ベッドは梯子を登った上にある。ベッドの下には机とクロゼットが置いてあって、一応作業が出来る様子になっているけどベッドの上で起き上がったら間違いなく天井に頭をぶつけてしまうし、ベッドの横幅分くらいしか部屋のスペースがない。


 しかしアイヴィード的には兵士になって以来初めての一人部屋でうれしいらしい。

 シーナにも話を聞いたところ兵士である間は結婚して宿舎を出ない限り絶対に一人部屋は貰えないらしい。見習いの時は二段ベッドで十六人ほどが同じ部屋で生活するそうだ。

 兵士見習いの大部屋には本当にベッドくらいしか家具がなく机も椅子も置かれておらず、私物や衣服は鍵付きの箱を渡されるのでそれにしまっておくだけで、クロゼットなどは当然無いという。出世すると八人部屋になり四人部屋になっていくそうだ。

 わたしにとっては全然想像がつかない環境だけど、アイヴィードもシーナもそう言った経験をしているから今の宿舎の環境は恵まれていると受け取っているようだ。


 わたしも含めて三人がお互いに慣れないのは、やはり一室で男女が共同生活を送っているという点だ。

 応接間を挟んでいるとは言えふつう家族でもない独身の男女は生活空間を共にはしない。聖アシュロット学園ではもちろん男女は別々の寮で生活していたし、独身兵士用の宿舎も男女別だ。

 しかし騎士宿舎は男女がごっちゃになっている。女性騎士は女性兵士よりも少ないのでわざわざ別に建物を建てる必要性がないのだ。なんとなく南側の騎士宿舎の東の一角に女性騎士が集められているが、その従騎士は男性であることが多く男性が廊下を歩いている姿は珍しくない。

 自分の部屋に関しても寝室を出ればすぐにアイヴィードがいるわけで、ちょっとぎょっとしてしまうときがある。


 騎士と従騎士、それに身の回りの世話をしてくれる小姓は一つのチームだ。戦場ではお互い補い合って戦う必要があるから、連携を高めるために生活空間を共にするのは昔からの風習である。

 つまりわたしはアイヴィードと仲良くなっておく必要があると思うのだけれど、それが今までの男性たちとは距離の取り方が違うらしい。兄弟や従兄弟たちのように接すると近すぎるのかシーナが顔をしかめてくるし、さりとて聖アシュロット学園で男子学生に接していたようにすると距離が空きすぎているようだ。

 と言うか後者に関しては今のわたしが昔みたいな振る舞いを男性にすると偉そうに見えすぎてよろしくないという点もある。

 どうアイヴィードと接するのがいいのかしら?


「アイヴィード」

「なんでしょう?」

「あなた、わたしにどうして欲しい?」

「はい!?」


 悩んでいてもらちが明かないと思ったので思い切って尋ねることにした。

 アイヴィードが大きく目を見開く。


「ど、どうとはいったい?」

「なにか、主としてここは直して欲しいとか、要求があるなら聞ける範囲で聞こうと思って……」

「サーシャ様、そういうことは聞く必要はないのです。主に合わせるのが従者の勤めなのですから」


 はぁ、とため息を吐き出したのはシーナだった。


「合わせられないなら従騎士はいくらでも替えがおりますもの」

「ええ……そんな主人の胸先一つで帰られるものなの?」

「それはもちろん」


 シーナが大きくうなずいた。

 アイヴィードをちらりと見ると、彼は困ったように首をかしげている。シーナの言葉は嘘ではないと言うことなのだろう。


「でも、わたしは今のところアイヴィードに不満はないし、アイヴィードはジルウォードさまがわたくしに選んでくださったんだもの。コロコロ従騎士を変えるなんてしたくないわ」


 頻繁に側にいる人間をとっかえひっかえするのは評判が悪いし、なによりには大きな秘密がある。わたしの身近に接するということはその分わたしの秘密を知る確率が上がるのだから、そんな人間は増やすべきではないだろう。

 逆に言えばアイヴィードは現状わたしの秘密を知らないが、今後知ってしまう危険性が最も高い存在だと言うことだ。

 信頼関係の構築に失敗したら秘密がバレたとき問題になるかもしれない。


「わたしはちゃんとアイヴィードが胸を張れるような主人になりたいのよね」

「そんなの、選ばれた時点で十分名誉なことです」


 つん、とシーナが顎を上げる。

 わたしは内心で首をひねる。それはシーナがわたしの正体を知っているのでそう思うだけじゃないかしら?

 なにせわたしは見た目は小さな子どもで、どう見ても見習い騎士の中では最も不出来だ。体力がなくて訓練は軽くしてもらっている。領主の後ろ盾がなければお邪魔虫と蹴り立てられても文句を言えないくらいには現状ぱっとしないのだ。


「領主一族の傍流って意味ならオルドシエ家のエルトジルがいるじゃない? アイヴィードは仲いいみたいだし、本当はそっちの従騎士になりたかったとか言われたらわたし、困るわ……」

「ああ……それで……」


 不意にアイヴィードが納得したようにうなずいたので、わたしは瞬きをした。

 思わずまじまじとアイヴィードを見やると、彼は苦笑いを浮かべる。


「すみません。夕飯の時エラ……エルト様が口にした冗談があったでしょう? サーシャ様が頷かれたのでどういう意味なのか考えていたのです」

「ああ、あの嫉妬云々のやつね」


 今度はわたしが苦笑する番だった。


「まあエルトが冗談で言ったのはわかってはいたけど……でも素直にうらやましいもの。わたしはお友達いないのにアイヴィードにはいるものね……」

「エルト様は友人と言うよりは先輩後輩だったと言いますか……年は俺が上ですが、入隊はあちらの方が二年早いですからね」

「だとしても仲がいいのは事実じゃないの。いいなぁ、アイヴィードは。わたしよりお友達多くて……ああ、気にしないで。これは本当に個人的にうらやましいってだけなの」


 わたしは頬杖をついてため息を吐き出す。


「わたしもお友達欲しい……」


 言った瞬間、アイヴィードが気まずそうに唇を閉ざした。

 なんだか痛ましいものを見る目つきでわたしを見つめてくる。なんだろう、と思っているとアイヴィードが口を開いた。


「サーシャ様の故郷は病が流行していたのでしたね」

「……ああ、うん、そうなのよ……」


 なるほど。今のわたしの発言はアイヴィード的に故郷で両親だけでなく友人も病で失った可哀想な女の子に見えたらしい。

 そういう設定だった。いけない。忘れてた。

 あまり過去を根掘り葉掘りされると困るのでわたしはなるべく早く話題を逸らすことにした。


「ええっと……ジルウォードさまからも早く騎士団に慣れるようにって言われているのだけれど、みんな年上だし、どういう感じかわからないの」

「サーシャ様はそのままで大丈夫だと思います」


 アイヴィードは柔らかな笑みを浮かべた。


「私のことに気を遣っていただく必要はありません。シーナが言うように私がサーシャ様に合わせて動けるようになるべきなのですから。サーシャ様はまずはご自分のことに集中なさってください。まずは体力を付けて騎士の仕事をこなせるようになることが大事かと」

「……わかった。頑張るわ」


 アイヴィードの言葉に頷きながらわたしは内心で息を吐く。

 その騎士に仕事をちゃんとやるというのが、難しいのだ。




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