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(37) 夕食とデザート



 小冬月一日の見習い入団で今年紫花(ヴィオレ)騎士団に入団してきたのはわたしを含め五名の若者だった。

 この人数は例年に比べるとかなり少ない方である。

 理由は大きく二つ。


 一つはジルサンドラ事件の影響で、他領から見習い騎士が入ってこないことだ。

 封建領主の嫡子などは通常学園を卒業したあとすぐには自領地の騎士団に入団せず、他領や王国騎士団に入団し領地をいったん出る風習がある。自領地の騎士団では身分の高さから甘やかされる傾向があるからだ。

 余所の領地でいったん修行し、三年ほど過ごして自領に戻ってくるわけである。ルシエル領の現領主ジルレオン様もジルウォード様もかつてはそのように他領の騎士団で修業していた時代がある。ジルウォードお兄さまに関してはわざわざ海軍がある領地まで見習い入団しに行っていたくらいだ。

 見聞を広めるにも実力を付けるにもいったん領地の外に出ることは跡取りやそれに近い立場の男性に取っては必須の要件であると言える。

 大領地であるルシエル領の紫花騎士団は本来は人気の騎士団で他領から多く人材を受け入れていた。

 けれどジルサンドラが起こしたとされる聖女の襲撃事件で処罰を受けたとたん、他領から見習い入団の申し出は全くなくなってしまった。

 どの領地も厄介ごとには巻き込まれたくないと言うことだろう。


 もう一つの理由は今年土の聖山から大規模な魔獣の<天下り>が予測されているせいだ。

 通称<大降勢(グランド・フォール)>と呼ばれる数年ごとに訪れる魔獣の大襲来は毎回兵士はもちろん、騎士からも多数の犠牲者が出る。

 防衛戦は過酷を極めるため、後方支援が主になるはずの新人とは言え命の保証はない。

 だから<大降勢>が予測される年ではあえて見習い入団を避け、翌年以降に入団する選択をする者も多いのだ。

 いくら恩賞が多くても命には代えられないというわけである。


 というわけで名門とされる紫花騎士団は二年連続で新規の入団者が少ない。さらにもともと在籍していた他領地出身の騎士は去年ごっそり退職してしまったので人材不足には拍車が掛かっている。

 お父さまが見た目の幼いわたしをそれでも騎士団に入団させようとするわけだ。


 見習い騎士はまだ訓練期間だ。

 仕事を覚えること自体が仕事、と言った状態で先輩騎士の背後について見回りなどしながら、体力作りの訓練に明け暮れる。

 そのせいで日が暮れるころにはわたしは毎日ぐったりしていた。


「大丈夫ですか、サーシャ様」

「ええ、まぁ……」


 アイヴィードに話しかけられ、わたしは小さくうなずいた。

 支えようと差し出してくれた手をやんわりと断る。

 今日で訓練五日目、多少体力配分に頭が回ってきたのでだいぶんマシになってきたがけど、初日は完全に身体がついていかずに最後は倒れた。その際アイヴィードに抱えられて運ばれたせいで方々揶揄される羽目になり、かなり恥ずかしかったのである。

 同期のヨハンなんかは「サーシャは小さいししょうがないよ」と慰めの言葉を口にしてくれたけど、この程度の訓練で倒れていたら騎士としてまともに働けないわけで、せめて夕食を食べるまでは自力で立っていたい。

 わたしはアイヴィードに見守られながらよろよろと騎士団本部の食堂に向かった。


 食堂では当たり前だが多くの騎士が食事をしている。

 わたしたちは空いている席を探して腰掛けた。小姓のシーナがタイミング良く濡れた布巾を差し出してくれるので、ありがたく手を拭う。

 指定の制服を着ている騎士や従騎士と違い、シーナは黒いボレロにパンツルックをしている。合わせたシャツは淡い菫色でところどころに藍色の刺繍を施してあった。錆浅葱の髪は頭の高い位置でまとめてある。すっきりとした姿で愛らしさを残しつつも精悍な印象がある。

 小姓の格好はジャケットが黒と言うこと以外大きな決まりがない。これは小姓は騎士団の正式な団員ではなく各騎士が私的に雇っている戦場に連れて行くための使用人だからである。使用人だから適当な格好をさせればいいと言うことはなく、主人がお着せを用意する手前小姓の格好は主人の趣味やセンスがそのまま出てくる。見目の良い小姓に流行を取り入れた格好をさせることがいつのころからか騎士のステータスの一つになっているのだ。

 騎士と従騎士の制服も騎士が自分たちで用意して仕立てるが、こちらはかなり厳密に仕様が決まっている。袖口などはアレンジも出来るがぱっと見はほぼ同じ格好になるように統一されているので、代わりに小姓におしゃれをさせようというわけである。

 食堂内では色んな格好をした小姓たちが自分の主君の給仕にくるくると動き回っている。


「ちょっとサモン、あなたなんで今朝と違うところに寝癖があるのよ」

「ええっ……すみません!」


 しゅんと肩を落としたのはサモンというなのエルトジルの小姓だった。

 エルトは大きなため息を吐き出し、こちらに近づいてくる。


「まったくあの子ったら……髪の癖が強すぎるのよね。シーナはいいわよねぇ、ふわふわでさらさら」

「ありがとうございます。エラ様」

「応用の利くし、わたしもこういう子がよかったわ……従騎士もアイヴィードだし」


 言いながらエルトはアイヴィードの隣に腰掛けた。長い腕を伸ばしてアイヴィードの首に絡める。

 アイヴィードが眉根に皺を寄せた。


「エラ様、やめてください。食事中です」

「様付けなんて他人行儀なのはよしてよ。同僚でしょ?」

「今は立場が違いますから」


 言いつつもアイヴィードは貴族相手とは思えないようなため息を吐き出した。

 エルトジル・オルドシエは名前の通りルシエル一族の分家の一つオルドシエ男爵家の出身で先代男爵の長男なのだが、家庭の事情により聖アシュロット学園には通っていないというとても珍しい経歴の持ち主だ。本人曰く「いわゆる持参金貧乏ってやつよ」とのことである。

 現在のオルドシエ男爵家の当主はエルトの姉が女男爵の地位に就いている。姉と言っても二十以上も年上で親子ほどの年の差がある。

 オルドシエの先代男爵は現在も存命だが七十過ぎ、エルトが生まれたときは五十歳だったそうだ。夫人との間にはエルトを含めて八人も子どもがいるのだけれど、エルト以外全員女だったらしい。六女が生まれた当たりでもう男児は無理だろうと長女を騎士にして家督を引き継がせる算段を付け、娘が騎士団に入団し婿の当てもついたところでなんと八人目の子が生まれ、それがエルトだったそうだ。

 しかし年齢も年齢でエルトが成人するまで生きているかわからないし、長女の婿は男爵配になるつもりで来てくれるという約束だったわけだからそのまま家督は長女に譲ることになった。

 というわけでエルトは男爵家の長男の生まれながら家督は引き継ぐ立場ではなくなったので貴族の生まれでありながら聖アシュロット学園には在籍しなかったらしい。そして十一歳で兵卒見習いになって昨夏までは騎兵隊で働いていたというのだ。

 つまりアイヴィードにとってエルトは元同僚と言うことになる。

 わたしは真横で仲よさげに話す二人をちらりと見て、内心大きなため息を吐き出した。


 いいなぁ、お友達。わたし、いないわ……。


 しょんもりとした気持ちでもそもそと芋と大豆のサラダを食べる。

 ちらりと向かいの席に目をやるとグレダとシークが並んで食事を取っている。シークはともかくグレダとは話したいけど、なにを話しかければいいのかさっぱりわからない。

 十八歳のグレダ・イシュミーとシークス・アベリアは聖アシュロット学園でのわたしの同期生に当たる。

 わたしが十二歳で学園に入学したときに合わせて学園に入ってきた数人のルシエル出身の子どもたちの中にこの二人がいたのだ。だから付き合いとしてはかなり長い部類に入るし、学園では気の置けない間柄として頻繁に顔を合わせていた。

 二人とも魔法士の資格を取ったあとも学園に在籍を続けており、恐らくは中央貴族と縁組をして王妃になるわたしをサポートする立場にいたのだろう。だが例の一件で全てご破算になったのだ。グレダに至っては婚約していたはずなのに騎士団に入団してきたということはたぶん破棄されたのだ。ジルサンドラに対して恨み骨髄かもしれない。

 話しかけてぼろが出るのも恐いし、結果としてはわたしは小さい身体を更に小さくして黙って食事を取っている。


 一方元騎兵のアイヴィードは騎士団内にわたしよりも知り合いが多かった。

 先んじてフレアジルの下で騎士団内のことを教えてもらっていたという点を差し置いても親しげな人間が話しかけてくることが多い。多くは先輩騎士の従騎士のようだ。

 シーナとも同期入隊だし、どうにもアイヴィードの方が先にこの環境に馴染んでしまっている。

 うらやましい。

 わたしが思わずじとっとした親しげな会話を交わすエルトとアイヴィードを見つめたら、エルトの方が視線に気づいたらしく顔を上げた。


「なあにサーシャ、ひょっとして私とアイヴィードの仲に嫉妬してるのかしら?」


 口の端を吊り上げて口にされた問いかけに私は素直にうなずいた。


「うん。そう」

「え!?」

「え?」


 するとなぜかアイヴィードとエルトジルは揃って固まったのだった。

 ため息を吐き出す私の目の前に、シーナが皿を一つ差し出した。


「サーシャ様、今日は祝福の日なのでデザートがありますよ」


 わたしはぱちくりと瞬きをした。クッキーと乾燥フルーツが混ぜ込んであるパウンドケーキが乗っている。

 わたしは眼鏡越しに瞳をきらきらさせた。


「やった! あれ……でもみんなのはクッキーだけね?」


 ほかのみんなのお皿にはバタークッキーしかのっていないようだ。

 わたしの疑問にヨハンが応えてくれる。


「ケーキは誕生月の人だけ特別なんだよ。サーシャは今月生まれでしょう?」

「そうなんだ」


 本当のわたしの誕生日は晩夏月だけど、サーシャとしての私の誕生日は今月――小冬月ということになっている。

 生まれ月の一日に一歳年を取るというのは古代大イエナシエ帝国が戸籍法で定めた計算方法だが、大帝国が滅びたあとも大陸各地で慣習法として採用されている年の数え方だ。だから月最初の祝福の日と呼ばれる曜日には誕生祝いをする習慣があるのだ。


「やったー! ケーキ大好きなの。いただきまーす!」


 わたしは機嫌良くパウンドケーキを口に運んだ。

 友達がいないという悩みは一瞬で頭の中から吹っ飛んでいた。甘味は偉大だ。




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