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幕間 帝国/盤上遊戯 後編



 理想の盤面を卓上に眺め、イオスは苦笑いを浮かべた。


「とはいえ向こうも仕掛けてくるのはわかってるだろうけどね」

「わかっててもどうにもならないって風にしたんじゃねえのか」

「もちろん、そのつもりだよ。ただ去年だったらなぁ……一番よかったんだけど」


 うーんと、イオスが唇を尖らせた。


「来年の年明けにはアルフレイド四世はルシエルへの処罰を解くだろう。そうしたら王国騎士団から応援が入ってくるから、そこがどう響くかだね」

「それならやっぱ去年仕掛けとけばよかったんじゃねーの?」

「<大降勢>にならなかった以上余剰の戦力が国境砦に控えている状態だったわけだから、仕掛けても失敗したと思うよ。それだと陛下に会わせる顔がないだろ」


 イオスは盤上の駒を片付けながら口を開いた。、


「まあ、年明けて応援寄越しても連携の面から上手く使えないし、そもそも今はルシエルの紫花騎士団と王国騎士団の間には溝があるだろうからね……ジルサンドラもいないし」

「それなぁ……正直俺は菫青眼(アイオライト)と戦ってみたかったぜ」


 今度はエルダーレが唇を尖らせた。

 カラント王国にかつて存在した菫青眼の娘ジルサンドラ・ルシエル――帝国にとって目障りな存在は一年以上前に盤上から排除されている。

 歴史に記録された精霊眼の中でも菫青眼は天に属する<軍団長>の頂点の一つと位置づけられている。エルダーレも精霊眼の持ち主だったが、天と地が上手く混ざり合った均衡型だ。格も<師団長(ディヴィジョン)>と一つ劣る。


 とはいえ勝負は精霊眼の格だけで決まるものではない。

 まともな軍事訓練を受けていない小娘に負けるとは思っていなかった。


「一対一の一騎打ちなんて今時どの戦場でもしないだろう? 君が単独でいくら強くても戦は総合力で見なくっちゃ。ジルサンドラがいるとそれだけカラント側に余裕が生まれるからね……」


 イオスはそう告げて皇后の駒をいじくった。

 ジルサンドラは軍人ではなく、直接的な戦闘でどれほど活躍出来るかは未知数だ。それでも現在の戦では後方に魔力量の多い人間がどれだけ控えているかも前線に影響を与えてくる。

 特に城壁の魔導具は動力を分離し充填出来る仕様になっている場所がほとんどだ。大戦となれば戦闘に直接参加しない引退騎士や女たちも安全な場所で魔導具の動力タンクの役割を果たす。

 前回の<大降勢>ではジルサンドラが提供した魔力で砦の障壁を半分、長期にわたって維持したと言われている。その分余裕があったルシエル軍の犠牲は過去百年で最小だったそうだ。例え直接戦闘に出てこなくとも国境取りでの突破を目指している帝国にとっては厄介なこと極まりない。


「いやぁ、死んでくれてよかったよ!」


 にっこりと満面の笑みを浮かべたイオスにエルダーレはあきれのため息を吐き出した。


「おまえが死ぬように仕向けたんだろうが」

「まあね……でも思ったよりもカラントに損害を与えきれなかった。アルフレイド四世の損切りが想像以上に早かったな……僕はもう少しジルサンドラを惜しんで状況が混乱するんじゃないかと思ったんだよ」


 ぽりぽりとイオスは頬を掻く。

 彼の計算では、ミルフローラ襲撃に始まる一連の事件はもう少し長い間カラント王国に混乱を与えるはずだった。

 ジルサンドラの処罰に反対する勢力と聖殿側、大領主ルシエルに反発を抱く中央貴族との政治的駆け引き、場合によっては物理的闘争が年を跨いでも終わらないだろうと思っていたのだ。

 それだけルシエル家の大姫、菫青眼のジルサンドラはカラントにとって重要人物だった。

 聖アシュロット学園に放り込んだ内偵の様子だと本人にはまるでその自覚がなかったようだが。


「まぁ、精霊眼なんてそこらにぽんぽんいるもんじゃないからな」

「そう。しかも菫青眼だ。ミルフローラと比較してどっちを取るかもう少し悩むと思ったんだけど……聖殿から圧を掛けさせすぎたかなぁ?」


 言ってイオスは首をひねる。

 予想に反してアルフレイド四世の判断は迅速かつ果断だった。ジルサンドラを素早く諦め、聖殿と民衆の支持を守ることを最優先にしたのだ。

 結果として王都内の混乱は最小限に収まり、ルシエルが大きく出なかったことで表向きカラント全体も安定しているように見える。


「アルフレイド四世はジルサンドラを取って聖殿と対立する可能性もあるかもと思ってたんだけどな」

「なんでだよ。ミルフローラも精霊眼だろ」

「そうだけど……効率の問題だよ。孔雀眼は地属の精霊眼だから戦向きじゃない。治癒士としては間違いなく当代随一の素養を持っているけど……仮に彼女が百人の人間を一瞬で治療できるとして、その間にジルサンドラは千の人間を殺せる」

「そりゃ確かにそうだな」


 エルダーレはうなずいた。

 攻撃魔法と治癒魔法では掛かる時間も魔力も何もかも違う。

 攻撃魔法はいい加減に魔力を込めてもぶっ放せるが治癒魔法は集中が必要だ。両方を熟達して仕えるエルダーレなので断言できるが、ぱっと見で印象が良いは孔雀眼の癒やしの力かもしれないが、効率を求めるなら菫青眼の破壊の力を手にした方が物事は上手く行く。

 結局人間は殴られることに弱いのだ。


「カラントは遅ればせながらも中央統制を目指してた。地方領主たちはここ三百年はその動きに反発してたけど、我らが帝国の成長にいよいよ危機感を抱き始めた領主たちの中には中央統制に賛同する動きも出始めた。そんな中ルシエルから精霊眼が生まれ、それが王妃になる。これまで各地の均衡を気にして王妃排出を控えていたルシエルがいよいよ外戚として中央政治に進出する方針に転換したわけだ。封建領主たちは王家には強気に出れてもルシエルに対してはそうじゃない」

「おかしな話だよなぁ!」

「そうでもないさ。貴族って言うのは面子が全てだからね。嫡流がずっと続いているルシエル家といったん途絶えて女系の取るに足りない分家に当主の座が移ってしまった王家とじゃ伝統的にルシエルの方が上って判断は実に貴族らしいよ。それにアルフレイド四世には他に欠点があるし」

「そういや妾の子なんだっけか?」

「そうそう……カラント王国は表向き一夫一妻制で公妾の存在を法律では保証してないから、アルフレイド四世はその正当性に疑義をもたれることもある。正妻腹の王女セラフィーナが女王になるべきだったって意見も燻ってるのさ。ジルサンドラとエディアルドの婚姻は息子の王位継承を確実にするためにアルフレイド四世が打った策の一つだった。それをあっさり放り投げるって言うのはちょっと想定外だったんだよね」


 そういってイオスは壁の方に目をやった。


「あー……ちょっともったいないことしたかなぁ?」


 そこには鍵付きのガラス棚が置いてあり、棚には色とりどりの輝く石が並べられている。

 精霊石だ。


 精霊石の大半は魔導具の材料、魔力を蓄積する核として利用されるが、なかには石事態が特定の機能をもって加工しにくいものもある。

 そう言った魔導具としてはいまいち使えない精霊石をあえて集める蒐集家がいるのだが、イオスはその一人だった。

 大陸には他にも何人か有名な精霊石の蒐集家がおり、ジルサンドラはその一人だったと言える。


 イオスのコレクション棚は右上から順番に綺麗に石が収まっているのだが、途中ぽかんと一個分の空間が空いていた。

 そこには天眼と呼ばれるキャッツアイ効果の入った石が一つ収まっていたことをエルダーレは知っていた。

 なぜその石を手放したのかも。


 コレクションを一つ手放した結果としてイオスは大きな敵を一人排除したが、最大の効果は得られなかった。

 彼はそのことを少し惜しんだ。


「まあいいさ。いずれ戻ってくるものだからね」


 唇を尖らせつつそうつぶやくイオスに、エルダーレは口の端を吊り上げて笑った。


「いいじゃねえか、コレクションの一つや二つ消えたってよ。春になったらもっといいものが手に入る、だろ?」


 その言葉に、イオスは瞳を輝かせた。


「そうだね。お土産期待して待ってるよ」

「任せとけ」


 二人は机の上の遊び道具をそのままにして、互いに杯を打ち合わせた。

   

次から2章スタートの予定です。よろしくお願いします。

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