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(3) 着替え



 父に身支度を調えてくるように命じられたわたしは城の客室に向かうことになった。

 どうやらここはルシエル家の別宅などではなく、領地にある本城であるらしい。

 先ほど目覚めた場所は墓守や見回りの騎士が休憩をする詰め所だったようだ。わたしは一度も立ち入ったことがない場所なのでわからなかった。


 わたしは頭から布を被せられて老ポメロンに抱えられて城に入る。詰め所から城までそこそこ距離があり、小さい身体になれていないせいなのかドレスが大きいせいなのかわたしがまともに歩けずによろけて転けそうになったからだ。

 周囲に今の姿を見られないようにと父に厳命されたから、布を外して辺りを覗うわけにはいかない。わたしは久々の実家をじっくり眺めることが出来なかった。


「着きましたよ」

「ありがとう」


 老ポメロンが慎重にわたしを降ろしてくれる。

 通された客間には既に二人の女性が待ち構えていた。

 廃りとした立ち姿の艶やかな栗毛の女性がわたしを見て黄緑色の目を見開いている。


「ジルサンドラ……本当に小さくなっているのね」

「お母さま」


 領主夫人、母のセシリアだ。

 他家から嫁いできた公爵夫人なので髪色は一族特有の濃紫ではない。いつもは頭の高い位置でまとめ上げられている髪は夜なので下ろしてリボンで一つに纏めてあった。まだ四十には至っていない若い夫人だけど、髪を下ろしていると余計に幼く見える。


 母の隣には使用人の格好をした二十代の女性が立っていた。

 彼女はわたしを見るなる目元を赤く潤ませた。ふらふらとわたしに近づいてきて、跪き手を取られる。


「お嬢さま、本当に生きておられて……!」


 わたしの元侍女ドリーだ。八つ年上のドリーはわたしが物心着く前から身の回りの世話をしてくれている専属のメイドだが、数年前に結婚をして子どもが生まれたのでわたしの側を離れていたのだけれどいつの間にか本城で復職していたらしい。


「えっと、……久しぶりね、ドリー」

「はい……はい……! お嬢さま、私めがご不在の間に大変な目に合われたようで、お労しい」


 ドリーは言いながら主の前なのにみっともなく涙を流した。

 わたしはどうすればいいのかわからず、母を見て、それからもう一度彼女を見やる。


「ドリー、服はあるかしら? 動きにくいの」

「……お待ちくださいませ。お嬢さまの子どもの頃のお洋服をお持ちいたしました」


 わたしがそう声を掛けると泣いていたはずのドリーはさっと目元を拭って立ち上がった。

 さすがは先祖代々ルシエル家に仕えている使用人の家系の娘である。仕事への切り替えが早い。

 ドリーはソファに掛けてあった子ども用の白いナイトドレスを手に取った。


 お母さまがわたしの前までやってきて跪く。


「ひどい怪我だわ。着替える前に治しましょう」


 お母さまがわたしの右腕に手を当てる。


「地に属する数多の精霊たちよ、このものに癒やしを」


 母の言葉に合わせて腕が熱を帯びる。

 骨折していた右腕に一瞬強烈な痛みが走る。やがて熱が去るのと同時に痛みも引いていく。


「ありがとうございます、お母さま。治ったわ」


 わたしは満面の笑みを浮かべて右腕をあげた。

 添え木がついていたのでちょっとしか動かせなかった。

 ドリーが鋏を持ってきて包帯の結び目を切ってくれる。これで右腕も自由だ。


「身体強化の反動で怪我をするだなんてずいぶん初歩的な失敗をしたのね」

「使うつもりはなかったの。気づいたら使ってたのよ」


 身体強化は魔力を使った一時的な肉体の強化である。

 魔法と違って精霊の力を借りなくて済むので魔法封じが敷いてある場所でも使えるが、意外と難しい。筋肉と骨、靱帯、材質の違う体組織を魔力で全てきちんと底上げしないといけないからだ。

 筋力の強化は感覚的に出来る者が多いのだが、それに付随する骨の強化を忘れると今回のわたしのように骨折したり靱帯が切れたりしてしまう。

 母の言うように初歩的な、訓練の足りない子どもたちが練習中にやりがちな失敗だ。

 正規の騎士になると騎士はこの手のミスを減らすために強化用の魔方陣を衣服に施したり、直接身体に彫っていたりする。

 わたしは身体強化の訓練は受けたことがあるけど、騎士ほど本格的なものではなかったし補助の魔方陣なんか当然無いので感情任せだと失敗して当然なのだ。


「身体がお小さくなっているのも、何かの魔法の反動でしょうか?」


 クロゼットの奥から引っ張り出してきたという子ども用のドレスを着付けながらドリーが疑問を口にする。

 やはり何度見ても子どもになってしまっている自分の姿を鏡で見ながらわたしは首を斜めにするしかない。


「さぁ? わたしが知りたいくらいよ」


 母が眉間に軽くしわを寄せた。


「貴女が飲んだ毒物は<王家の秘毒(カラント・ネクタル)>……魔法薬の一種だったのでしょう。なにかおかしな作用をしたのかもしれませんね」

「魔法毒が、ですか?」


 母の言葉にわたしは顎に手を置く。


「魔法毒で若返るなんて話聞いたことがないわ」

「そうね……<王家の秘毒>にそんな効果があるなら毒として人に飲ませたりはしないでしょう。何か他にも条件があったのかもしれません」


 言って母は首を横に振った。


「どちらにしろ、貴女が生きていることは公表できません。今はその姿の原因を議論するときではないでしょう」


 きっぱりと告げるお母さまにわたしは顔をしかめる。


「どうして? わたしが殺されたのは大いなる過ちです。抗議するべきだわ」


 立ち上がった母は困惑した顔つきでわたしを見下ろした。


「貴女は罪を認めたから薬を飲んで自裁したのではなかったの?」

「なんの罪なのかもよくわからないのに毒なんて飲むはずがないわ! 無理やり飲まされたのよ!!」


 そういうと母はまあ、口元に手を置いた。


「やはりいろいろと、落ち着いて話をする必要がありそうですね……ですがサンドラ、しばらく大人しくしていなさい」


 大人しくしろってどういうこと?


 抗議をしようとしたわたしの額にお母さまはぴたりと手のひらをあてがった。

 これはこれ以上の文句を口にするなら相応のことをするという意思表明だ。

 お母さまは一見お淑やかな貴婦人に見えるけど、お父さまと結婚するまでは王国騎士団で辣腕を振るっていた元騎士なのである。

 怒らせると本当に怖いので、わたしは口を噤むしかなかった。


「出来ましたわ、お嬢さま」


 ドリーが私の髪を結い終わり、息をついた。

 わたしはもう一度鏡を見る。

 ふんわりとした膝丈の子ども用のナイトドレスは昔着ていたものだけれど、ちゃんと手入れされていたのか肌触りは悪くないし、目立つしみも見当たらない。

 しかしドリーが私の長い濃紫色の髪を二つに分けて三つ編みにしたせいでなんとも締まらない田舎娘の風情になっている。


「ねえ、この髪型はないんじゃない?」

「奥様の指示です」


 私は思わず母を見上げた。


「貴女が生き返って、さらに子どもになってしまったことはまだ一握りの人間しか知りません。そして今後も広く知らせるつもりはないのです。こちらを掛けなさい」


 そういってお母さまは鏡台の上に置いてあった箱の蓋を開ける。

 お母さまの手のひらには丸縁の黒い眼鏡があった。


「え、ださい……」


 思わずそう口にしたわたしに母が笑みを浮かべる。


「お掛けなさい」

「……はい」


 わたしは不承不承眼鏡を受け取り、顔に掛けた。

 三つ編みお下げの上に眼鏡なんて本当にダサい。

 はぁ……。




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