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幕間 帝国/盤上遊戯 前編



 小さな机を二人の人物が囲んでいた。

 卓上には升目が描かれた板があり、赤と黒とで色分けされた数種類の駒がある。

 ユウノテ大陸でごく一般的に流通している<木の実(グラノス)>と呼ばれる盤上遊戯だ。

 名前の通り古くは地面に升目を描き、拾ってきた木の実を使って行っていた陣取りゲームである。古代大イエナシエ帝国のさる皇帝が装飾を施した木の実の駒を作り、マスの数や駒の役割を画一化してこのゲームの大会を催し、大陸中に遊びが普及していった経緯を持つ。

 赤が先攻、黒が後攻であり、先攻有利のゲームだった。


 ぱちり、と黒の駒が動く音がする。

 相手が動かした駒を見てエルダーレは軽く舌打ちをした。


「おしまいかい?」


 にやりと白銀の瞳がこちらを見返してきた。

 腹立たしい気持ちに襲われながらもエルダーレは叫いた。


「あー、はいはい! 負けでございますよ、宰相閣下」

「どーも、一戦ありがとうございました。将軍閣下」


 ふっふっふ、と唇を歪めて笑う男相手にエルダーレは息を吐き出す。

 エルダーレはイエナシエ帝国西軍の将軍の一人だった。イエナシエの国軍は他国のそれに比べても規模が大きいので、将軍職だけでも二十名弱が存在し、遊撃部隊の指揮官であるエルダーレは格として最も下の方だった。

 とはいえ若干二十八歳でその地位にあるエルダーレを軽んじる人間はよほどの馬鹿だろう。

 軽んじられたらぶっ飛ばすが。


 負けて不貞腐れるエルダーレを見てにやにやと笑っている男は三十代の美丈夫だった。

 磨き抜かれた黒大理石のような滑らかな肌に、肩に流れる長い黒絹糸の髪、柳眉は整い、目の形は見事は紡錘形である。高すぎず低すぎない鼻筋に、やや薄い唇、美貌の持ち主である。

 しかし一見するとその美貌が目立たぬのはただでさえ黒いと言うのに着ている服も墨染めの衣であるせいだろう。

 あえてなにもかもを闇に沈めるような出で立ちのなかで、二つの眼だけが温度を一切感じない白銀色だ。

 だから見つめられるといやにその瞳の印象が脳に強烈に刻まれてしまう。


 負けたのはそのせい、と言いたいところだが以前目隠しで刺したときもふつうに負けたので単純に相手が強いだけだろう。

 男の名前はイオス・センジュ――イエナシエ帝国の宰相、皇太后の懐刀と呼ばれる知恵者だった。


 イエナシエ帝国の現皇帝ルキウスはまだ八歳と幼い。その為政治の実権は前帝の皇后であった現皇太后マルガリータが摂政の地位について代行している状態だ。そのマルガリータが最も頼りにしている男がこのイオスだった。

 内政面はもちろん、外交面についてマルガリータはイオスに全面的な信頼を置いている。

 奸計を得意とするイオスが宰相の地位に就いてから、帝国は戦費を抑えつつ領土を拡大することに成功していた。

 病弱だった先帝の代も含めてこの七年で近隣の国を二つ、いずれも内乱を切っ掛けににして征服するのに成功している。


 ただ百年を通して順調に国土を広げている帝国にも上手く行っていない場所というのはどうしてもある。

 それが大陸西部への侵攻だった。


 大陸中央北部に位置するイエナシエ帝国が西に進むには土の聖山の麓、魔獣の生息域であるテラグラン大森林を進軍するか、いったん南に下って現グラッセ王国を落としテトラリア平原から進むか、あるいはさらに南下して海洋から攻め入るかを選ばねばならない。

 南進に関しては聖都シードバスがある関係上即座には難しく、現時点で最も現実的なのがテラグラン大森林の進軍ルートだった。

 しかしこの百年そのすべての試みは失敗に終わっている。


 森の先にはカラント王国の大領地ルシエルが存在しているせいだ。


 今だ政治の中央統制すら侭ならない大国カラントだったが、ルシエル領軍の強さは本物だ。

 それというのもルシエルは大陸でも珍しく常備軍が常に国境の防衛に当たっている。

 貴族によって構成される騎士団はあれど平民からの徴兵は戦時限りというのが多くの領地や国の現状だった。維持費が馬鹿にならないし、そもそも平民のほとんどを占める農民は働き手になる子どもを兵士にはしたがらない。働き手の数は農民にとって収入に直結した重要な問題だからだ。


 しかしルシエルは文字の読み書きや計算と言った教育を餌に人材を広く集めることに成功している。

 もともと聖山の麓にあって資源が豊富だったため思い切った方針にうってでれた側面はあれど、領内の識字率の向上は生産能力の向上にも繋がってますます豊かになった。

 その豊かさは軍の強さにも繋がっている。

 平民出身の騎兵の数や質は大陸でも随一だろう。


 もちろん帝国の全軍でもってことに当たればルシエルを制圧することは不可能ではないが、余所の防備を放っておくわけにもいかないので現実的ではない。

 そして西進に裂くことが出来る帝国軍の規模を考えると、十年以内に単純な軍力だけでルシエルを落とすのは見込み薄だというのが去年までの宰相イオスの判断だった。

 だがやりようはある。


「テラグラン砦からの報告はどうかな? 今年は<大降勢>になりそうかい?」

「報告聞いた感じじゃ当たりだな」

「そうか。ならようやくきみの出番だね」

「去年はスカシ食らわせられたからなぁ!」


 エルダーレはにやりと口の端を吊り上げた。

 土の聖山からの魔獣の下山、その規模が最も大きくなる<大降勢(グランドフォール)>に合わせてルシエルに攻め入る。

 それはイオスが数年前から目論んでいた侵略計画だ。


<天下り>は聖山の周辺においては毎年どの国でも起きるが、その規模や被害が最も重篤になるのが聖山の南の麓にあるルシエルだ。

 大陸の北は水の聖山――巨大な氷山で構成された大きな島があり、そこから吹き付けてくる風のせいで春が来るのが遅い。

 帝国側でももちろん被害は出るが数はルシエルほど多くはないのだ。

 だから同じ<大降勢>にあっても帝国とルシエルでは防衛に必要な軍力に落差がある。

 ルシエルは領地の他の防衛拠点を手薄にしてでもことに当たらねば大損害を受けるが、帝国はまだ余力がある。

 長期にわたる<大降勢>の終盤、疲れ切ったルシエル軍を余剰の軍力で急襲するのだ。




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