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(34) 物見台にて



 領主の裁定が決まったことでリリージルの一件はこれでほとんど片付いたようなものだった。

 保護責任を問われる叔父さまや叔母さまの扱いはもう少し細かく議論されることになるようだけど、お父さまの口ぶりからしてもたいした処罰は下されないだろう。国境砦の叔父さまからはしばらくの給与の返上などが既に申し入れられているらしく、これはそのまま受理される見込みなのだそうだ。

 ジルウォードお兄さまがそれらの話をリリージルやサラ叔母さまに告げるのを見届けたあと、わたしたちもリリーが軟禁されている部屋をあとにした。


「今日はもう遅いな。サーシャ、おまえはもう部屋で休みなさい」

「はい。ジルウォード副団長……」


 お兄さまに休めと言われた私だったけれど、どうしてもすぐに部屋に戻る気にならなかった。

 なんとなく風を浴びたくなって、中央棟の階段を上る。

 向かった先は中央棟の屋上だ。

 物見台が設置され、ここからは領都を一望できる。


 秋の暮れの冷たい木枯らしが全身を包み込む。

 寒さに一瞬身を縮こまらせたわたしは、腕をさすりながら物見台に近づいた。

 兵士に断って台に上がらせて貰う。


 ここから見る景色は、いつも広くて大きい。

 わたしはぐるりと首を巡らせた。

 二の丸の水堀の向こう側には領都の街が広がっている。煙突からもくもくと煙が上がっているのは、きっと多くの家庭で夕食を作っているからだ。

 街を囲む外壁の向こうには緑の草原が広がり、そのまま南に下れば領界を通ってカラントの中央部を走る大街道にでるだろう。

 街道に沿って進めば王都へ行くことが出来るとわたしは知っていた。


 しかし、すべて今はあまりに遠い。


 夕暮れが、地平線の向こうに沈もうとしている。

 私は赤く丸い太陽を眺めた。


「姉さん、こんなところで何をしてるの?」


 話しかけられ、驚いた。

 振り返るといつの間にか兵士がいなくなってジルクルスがそこに立っていた。


「風邪引くよ」

「大丈夫よ」


 そう言ったが、わたしはジルクルスが手に持っていたケープをありがたく受け取った。

 寒さが緩まり、息を吐く。

 ふりとした兎の毛に鼻先を埋めながら、わたしはジルクルスに問いかけた。


「……わたしが死んだあと、どうだったの?」


 今の今まで、はっきりとそのことを弟に問いかけたことはなかった。

 ジルクルスはわたしが十二で王都に行くことになったとき、一緒に着いてきた。

 ずっとわたしの側にいた弟が襲撃事件を経てどんな目に遭っていたのか、わたしは確認していない。


 恐ろしかったからだ。

 ジルクルスはわたしが生き返ったとわかったとき、真っ先にわたしの排除を両親に主張していた。

 学園の休学だけではなく、きっと相当酷い目に遭ったに違いない。


「大変だったよ。学園中から白い目で見られるし、王都の屋敷は市民がものを投げつけてきたり、火を掛けられそうになった」

「なっ……」

「まあ火付けは滞在だから犯人はさすがに捕まったけどね……いろいろ言われたな。いくら王太子の婚約者でも聖女を蔑ろにするなんてジルサンドラは頭がおかしいとか……昨日まで姉さんを持ち上げてた人たちが急にそんな真逆のことを言い出したりするんだ。ジルサンドラを諫なめられなかった周囲の人間も驕っている。王家への反逆者だ、とかね。これまでルシエルに傅いてた他領の人間が急に攻撃的になって嫌がらせをしてくるんだ。最悪だったし、怖かった」

「そんな……どうして反論しないのよ!」

「言えるわけないだろ! ……姉さんがミルフローラにしてたことをそのままやり返してるだけだって言われて、それでぼくらにどうしろって言うのさ!」


 弟の言葉にわたしは唇を噛みしめた。


「正直……国王が正式にルシエル貴族全体の王都への立ち入りを禁止したとき、ほっとした。あんな状態じゃまともに勉強なんて出来なかったし、誰かが我慢できずにそのうちやり返したら……収拾が付かなくなるところだった。だから休学して領地に戻れてよかったって思ったんだ……それなのにさ……」

「領地に戻ったら安全だったんじゃないの?」

「安全は安全だったよ……一応ね。でも、こっちに戻ってきたら王都にいたときはと逆のことを言われたんだ……おまえたちはジルサンドラ様を殺されておめおめ逃げ帰って何をしてたんだって」

「そん、な……なんで?」

「姉さんもリリーの話は聞いてただろ。姉さんの敵を討つ……実際、あれが領地内の大半の人間の意見だよ」


 ぽかんとするわたしを見てジルクルスは大きく息を吐き出した。


「姉さんも知ってるだろ……今の王家プリヴェール家は開祖の傍流の家系だ。伝統も格式も本来ならルシエル家よりも下だ」

「それは……でも、開祖のヴェールヴィレだって同じでしょう?」

「でも同じ大イエナシエの貴族ではあった。傍流の分家のプリヴェーレが王家に収まったことを気に食わないと思う人はずっといる」

「内乱なんて三百年も前の話だわ……なにを今さら」

「そうかもしれない。でもそういうことにこだわる人は姉さんが思っているより多いんだ。ジルテレサさまとかわかりやすいだろ。嫁ぎ先のアルコブラン伯爵家を下に見て、我が子すら愛せずに帰ってきた……この領地の人たちはルシエルの人間であることを誇りすぎてる」

「自分の生まれに誇りを持つことが悪いことなの?」

「持つことが悪いことじゃなくて、持ちすぎるから駄目なんだ……それがわかってないからリリーみたいな、王都と戦争になるような言葉が口から出てくる。姉さんだってわかってるだろ」


 わたしは弟の問いかけに沈黙で応えた。


 国王陛下とエディアルドがわたしを処断したのは間違いだ。

 わたしはミルフローラを殺そうとしたりなどしていない。

 だから抗議したいし、襲撃犯だと断じられた自分の名誉をなんとか回復できれば、なんて考える。


 でも、リリージルの主張はそうではなかった。

 リリージルにとって、わたしがミルフローラを襲撃したかどうかの真相などどうでもよかった。

 彼女はただわたしを殺されたことを怒っていた。

 ルシエルの大姫、ジルレオンの長女たるジルサンドラを傍流王族ごときが殺したのだと、そう腹を立てて……だから王都に復讐すべきだと主張した。

 自分たちの誇りと立場のために。


「それがこの領地の人たちみんなの考え方なの? 王家はルシエルより下で、わたしを殺したことは目下が目上に逆らったことだって思ってるの?」

「全員がそうじゃないけど、そういう考え方の人は少なくない……だから父上が王家の処断に従っていることに不満を持ってる人もたくさんいる。この領地の人たちはもともと、王都をずっと見下げてるんだ」

「……そんなのわたし、知らなかった」

「姉さんには教えられてなかったことだから」

「どうして?」


 わたしは弟を見上げた。

 クルスは消えゆく太陽を眺めている。


「教えたってしょうがないだろ。ルシエルの領民は王都のことを、他の領地を馬鹿にしているけど、姉さんは王家に嫁いで国中の領地と仲良くやってね、なんて言って上手くやれたの?」

「……それは、わからない」

「もしも姉さんが驕って、エディアルド王太子は自分よりも身分が下の男だ、なんて勘違いを起こして傲慢に振る舞ったら、ルシエルと王都やそれに従う貴族たちと大きな溝が出来る。姉さんの役目は今ある溝を埋めることだったんだ……ルシエルの傲慢さなんて知る必要なんかない。だから父さんも母さんもそれを教えずに姉さんを王都にやったんだ。ちゃんとエディアルド王太子を立てて、上手くやれるように……それなのにさ……」


 わたしは唇を噛みしめた。

 わかっていたことだ。

 わかっていたはずだった。


 先ほど、お父さまがリリージルに突きつけた話。

 彼女が今後担うことにやなる役割のすべては、本来わたしが背負っていたものだった。

 わたしこそがエディアルドの妻として、王太子妃となり王妃となり、いずれは王の母となってこのルシエルと王都、カラントの多くの貴族と縁を作り、この国に大きな根を張って生きねばならなかった。


 だけどわたしはエディアルドと上手く信頼関係を作ることに失敗した。

 聖女ミルフローラが現れ、エディアルドの心が彼女に傾いていると疑い、ミルフローラに嫌がらせを繰り返した。


 聖殿に聖女として認められているミルフローラは平民のでではあっても外交上の重要人物だ。

 聖殿は単なる宗教施設ではなく、祝福式を取り仕切る関係上大陸中のすべての国に影響力を持つ大組織なのである。聖都シードバス周辺は聖殿が統治している直轄領で、一つの国とも判断できた。

 わたしは本来ミルフローラとも上手く付き合わなければならなかったのだ。


 それを怠ったのは、彼女がわたしよりも下の娘だと思ったから。

 王太子の婚約者はわたしで、わたしこそが偉いと思ったから。

 ジルクルスが言うところの持ちすぎたプライドというやつがこれなのだろう。


「姉さんはなにもわかってない……」


 わたしは弟の弾劾の声をただ聞いた。

 襲撃事件の犯人にされたことは許しがたい。

 だけど、もうわたしは理解してしまった。

 何者かがわたしを犯人に陥れてしまえるくらい、わたしの振る舞いには隙があった。

 狙われる立場の人間でありながらそのことに注意を払わず愚かに振る舞ったのは驕りがあったと言うほかなかった。


 だからお父さまは、わたしを騎士にしようとしているのね。


 わたしは瞼を閉じた。

 総領娘の役目を果たせなかったのだから別の役目を果たせ、と。




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