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(33) 沙汰



「さて、サラもリリーも少しは落ち着いて話が出来ただろうか……」


 ふいに静かな声が部屋に響いて、全員が驚きに背後を振り返った。


「ご領主さま!」


 扉の前にいつの間にかルシエル領主ジルレオンが立っていた。背後には領主夫人セシリアも控えている。

 穏やかな相貌で部屋中を見回し、抱きしめ合うサラジルとリリーを見やる。

 慌てて額づこうとしたサラをお父さまは押しとどめた。


「そのままでいい。二人ともわたしの話を聞きなさい」

「ご領主さま、いつからそちらにいらっしゃったのです?」

「この部屋に来たのは先ほどだが、隣の部屋で話はちゃんと聞いていたよ。この件に関してはどうあれ私が直接裁定を下すべきだろう?」


 お兄さまの言葉にお父さまは素知らぬ顔でそう告げられた。

 どうやらこの部屋は隣の部屋で話が盗み聞きできる構造になっていたらしい。身分の高い捕虜を閉じ込めておく部屋であれば当然そういう仕組みもある。

 ただお父さまが隣室にいることはお兄さまも知らなかったらしく「おっしゃってくださいよ」と額に手を当ててため息を吐き出した。なかなか珍しい姿だ。


「さて、リリージル……まずそなたが私の鳥舎に忍び込んで鱗鳥に勝手に乗ったことに関してだが」


 口を開いたお父さまにリリーが身体を震わせた。


「はい……愚かなことをいたしました。どんな罰もお受けします」

「ご領主さま、どうか……どうか寛大なご処置を……」


 素直に頭を垂れるリリーに対し、サラジルが必死の声を出す。

 お父さまは一度だけ首を左右に振った。


「この場の全員が勘違いをしているようだから言おう。リリーは私の資産を盗んではいない。よってその件に関してはそもそも罪には問えない。……そうだろう、サーシャ?」

「へ?」


 急にお父さまに水を向けられ、私は間抜けに口を開けた。


「あの鳥はそなたに下賜したものだ。まだそなたが騎士団に入団する前なので一応私の鳥舎で預かっているが、とっくに私の手を離れてそなたのものになっている。違うか?」

「あ、……はい。そうですね。言われてみれば?」


 私は首をひねりながらうなずいた。

 あれ? 実際はどうなっていたかしら。

 譲っていただくという話ではあったけど、騎士団に入団するまではまだ正式に譲り受けてはいなかった気がする。騎士団に入ったら正式に私の持ち物になるのではなかったっけ?

 このあたり曖昧だ。正式な文書で決められたことではなく口約束の話になってくるから……。

 そこまで考えてなるほど、とうなずいた。

 もともと曖昧にしか決めていなかったことなのでお父さまは既にわたしに譲っているという設定にしてしまうつもりなのだ。

 そうすればリリーを領主の資産を盗んだ罪で処罰する必要はなくなる。


「そうです。あれはわたしの持ち物です!」


 わたしは今度は元気よくうなずいてそう言った。お父さまが満足そうに目を細める。


「そういうわけなのでリリーが領主の資産に対する窃盗で処罰されることはない」


 お父さまの言葉にサラ叔母さまとリリーは安堵の息を吐き出すところだった。しかしお父さまは釘を刺すように口を開いた。


「ただし平民のものとは言え他人の資産に手を付け、騎士団を出動させる騒動をリリーが起こしたことは事実。この件に関しては領主と言うよりは一族の長として、きみに処断を下す。心して聞きなさい」

「……はい」


 お父さまは真っ直ぐにリリージルを見据えた。


「まず今日から月が変わるまでそなたはこの部屋で謹慎だ。また私は今後いかなる理由があれ、そなたが紫花騎士団の一員になることは認めない。今回のような見境のない騒動を起こすものは我が騎士団には不要だからだ。わかるね?」

「……はい」


 リリーは唇を噛みしめた。


「また娘がこのような問題を起こした点から、教育環境に問題があると考える。よってリリージルの教育については謹慎後はセシリアを中心に見ていくこととする」

「それは……!」


 サラジルが立ち上がりかけた。

 それはつまり、サラからリリーを取り上げてセシリアお母さまに預けるということだ。家族の仲を引き裂く裁定にわたしも息をのまざるを得ない。


「娘の監督不行き届きに関して、そなたは理解しているな、サラジル? そなたもジルバートも、その責任を取らねばならない」

「はい。……承知しております、ご領主様」


 サラ叔母さまは膝を折った。


「ご領主様の沙汰に従い、リリージルの今後の養育はセシリア様にお任せいたします」

「お母さま!」


 リリージルが小さく悲鳴を上げた。

 領主の命令とは言え、目の前で親に捨てられたようなものだ。リリーが傷つくのは当然だろう。


 お父さまは優しさからリリージルの罪を軽くしようと動いたわけではなかった。

 表向きは短期間の謹慎で済ませつつ、なにか重たいものをリリーに課そうとしている。

 わたしは固唾をのんでお父さまの次の言葉を待った。


「リリージル、そなたはサーシャへの嫉妬心から安易で愚かな振る舞いに走った。その為に家族を危険にさらしたのだ。状況によってはそなただけではなくそなたの父と母、そしてむろん弟妹たちも罰を受けることもありえた。今回は避けられたが、紙一重だったのだ。もしもそなたの父を罰せねばならなかったなら、法が守られても領地は危険にさらされただろう」


 お父さまは淡々と言葉を紡ぐ。水滴がぽたりぽたりと岩に浸みていくようにお父さまの声が部屋中に行き渡った。


「そなたは領主一族の者でありながら領を危険にさらしたのだ。その罪を償い、責任を果たさねばならない」

「……どうしろというのです?」


 リリージルが震える声でお父さまに問いかけた。

 その瞳は先ほどまでのおびえを潜め、わずかな怒りがにじんでいた。

 お父さまはその怒りを正面から受け止め、静かに言い放った。


「領のために嫁ぎなさい」

「っ……!」

「リリージル、そなたの両親の意見がどうあれ、私はそなたが望むならそなたを騎士にする方法があったのだ」

「……え?」


 お父さまの言葉にリリージルはぽかんと口を開けた。


「そなたは聖アシュロット学園に通い、実力を示して私とそなたの父に騎士になりたいと申し出ればよかった。そなた自身が正当な手段でもって騎士としての己の価値を示したならば、私には受け入れる用意があった。だがそなたはそれを選ばなかったのだ」


 リリージルは指先が白くなるくらいにシーツを握りしめた。


「ルシエルの人間として騎士の役目を果たせなかったのだから、もう一つの役目を果たしなさい」

「もうひとつの、役目……」

「セシリアがそうしているように、我が妹ジルエレナがそうしているように、婿となったジルベルグがそうしているように……結婚しルシエルのためとなる(えにし)を作り、蒔かれた土地で根を張るのがそなたの役目。それは武器を持ち魔法を振るう以上に重要な領主一族の役割なのだ。そなたは家族のためにも、自身のためにも、ルシエルと他領を結びつける橋の役割を果たさねばならない」

「わたくしにそんな大役は務まりません……!」

「務まるかどうかではなく、やるのだ」


 重たく、お父さまの声が響く。


「私はそなたに失態を取り戻す機会を与えようとしている。それを初めから出来ないというのか、リリージル? それが意味することすらわからぬほどそなたは愚かな娘ではあるまい」


 リリージルは目を見開いた。じっとお父さまを見つめ返す大きな枯茶色の瞳から真珠のような涙が次々にこぼれ落ちる。

 やがてリリージルは手の甲で涙を拭った。


「ご領主さまのご温情、ありがたく受け止めさせていただきます。おっしゃる通りにいたします」

「よろしい……そういうことだ。セシリア、すまないがリリージルを受け入れる用意をして置いてくれ」

「万事つつがなく整えます」


 お父さまが椅子から立ち上がった。

 戸口にはずっと控えているだけだったお母さまがお父さまの言葉を受けわずかに膝を折り曲げた。

 膝をつくサラ叔母さまとベッドの上のリリージルを横目に、お父さまは扉の方へとゆっくり足を向ける。


「サラジル……そなたは今後も領主夫人をよく支えるように」


 サラ叔母さまが顔を上げた。


「はい!」


 サラジル叔母さまは立ち去るお父さまの背に向けて額づいた。




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