(31) 少女の言い分 前編
「サーシャ! ちゃんと話を聞いているのか!?」
「は、はい!! 聞いております!!」
騒動のあと、わたしは騎士団本部のジルウォードお兄さまの部屋でフレアジルとクロトジル、そしてもちろんお兄さまから長々とした説教を食らっていた。
三人が代わる代わる口々に似たようなことを言ってくるのでもう話がまともに頭に入ってこない。
しわしわの老人みたいな顔でわたしはうなずいた。
「今後は……もう二度とあのような真似はいたしません!」
「本当に理解しているとは思えないな……」
なぜ!?
お兄さまの言葉にわたしは白目を剥きそうになった。
こんなに心の底から言っているというのに!
もう日暮れ近くだというのにまだ説教が続くのかと気が遠くなりかけたわたしの耳に、ノックの音が響いた。
「ジルウォード副団長、リリージルが目覚めたそうです」
扉を開けて入ってきたのはジルクルスだった。
わたしは首だけ背後を振り返った。
「本当!? 容態は?」
「命に別状はないよ。後遺症の心配もない」
「そうか……ではいまから聴取に行く」
お兄さまの言葉にわたしははっと息を飲み込んだ。
リリージルはお父さま――領主の資産を盗んだ嫌疑を掛けられている。
嫌疑というか多くの人がナヴで飛んでいるところを見ているわけだからほぼほぼ現行犯だ。このままでは重たい罪で投獄されてしまう危険があるのだ。
「あの、副団長……聴取にはわたくしも同行してよろしいでしょうか?」
「……そうだな。ナヴはサーシャの乗鳥でもある。話を聞く権利はあるだろう。では行くぞ」
お兄さまについて本城に行くと、リリージルは中央棟の一室に軟禁状態だった。
とはいえ部屋は広々としていて清潔感もある。投獄されるかも、と言う話だったのでもっと不衛生な地下牢にでも閉じ込められていたらどうしようと思っていたが、さすがに領主の姪で騎士団長の娘にそんな扱いはしなかったらしい。
ただ窓には鉄格子が嵌まっていることを考えると、恐らく上流階級の捕虜などを収容するための部屋ではあるのだろう。
わたしは部屋をぐるりと見回した。
なんとなく立っていて薄ら寒い気配がする。
その感覚に無理矢理毒を飲まされた妃のことをふと思い出した。
捕虜の部屋ならここには魔法封じが施されている可能性が高いから、そのせいかもしれない。
リリージルはベッドの上で上体を起こしていた。
「ジルウォード様……!」
リリーのすぐ側には母親であるサラジル・マルシエ子爵夫人が立っていた。その顔は当たり前だが血の気を失っている。夫の不在時に娘が領主の鱗鳥に乗って逃亡しかけたなど大変な醜聞だ。ジルバート叔父さまだって立場が悪くなってしまう。
お兄さまがベッドに近づいて行く。
わたしは付いてきたのはよかったものの、どうしたらいいかわからず視線を彷徨わせた。
お兄さまがサラジルを下がらせてリリージルの傍らに椅子を引いた。
わたしはお兄さまがリリーを怒鳴りつけるのではないかと思って身構えた。
「リリージル、自分が何をしたのかわかっているな?」
予想に反してお兄さまの声音は柔らかかった。
え、わたしのことはめちゃくちゃ怒ってたのに……なぜ?
若干の理不尽さを感じるわたしに対し、リリージルは小さく肩をふるわせた。
「……わたくしは……」
「おまえは領主の資産に手を付け、勝手に持ち出そうとした。領法に従えば即日処刑と言うことになる」
「処刑!?」
お兄さまが静かな声で告げた言葉にわたしは目玉を見開いた。
投獄じゃなかったの!?
サラジルが悲鳴を上げ、その場に額づいた。
「ジルウォード様……どうかそれだけは……!」
サラの叫びをお兄さまは片手で制した。
「とはいえそなたは子どもだ。未成年の犯罪に対しては減刑が原則。場合によっては無罪放免になることもある。なぜこのような振る舞いをしたのか話を聞こう」
そうだった。
カラント王国の国法もルシエル独自の領法も刑罰に対して少年への減刑が定められている。放火や強盗殺人のような重罪ではない限り軽い処罰で済むようになっているのだ。
理由や状況によってはお兄さまが言うように無罪になることもある。
「わたくしは……」
リリージルの声が震える。細くて白い指がシーツをぎゅっと掴んだ。
「わたくしは、騎士になりたいのです!」
あめ玉のような枯茶色の瞳を潤ませてリリージルが叫んだ。
「どうしてわたくしは駄目なのに、そこの娘はいいのですか!? わたくしだってやれます! わたくしの方が!!」
「リリージル!」
お兄さまの隣にいたサラジルがリリーの頬を思いっきり叩いた。
「そのような下らぬ理由でご領主さまの鳥舎に忍び込み鱗鳥を盗もうとしたのですか!」
「盗もうとなどしていません! わたくしだって……わたくしだって出来ると証明したかったのです!!」
「でも……出来なかったよね」
静かなジルクルスの言葉が部屋に響いた。
リリージルが息を飲み込む。
「鱗鳥は賢いから主人以外の人を簡単には背中に乗せたりしない。サーシャがナヴに乗れてるのだって調教師がよく言って聞かせたからだよ。きみはサーシャのシャツを持ってナヴに匂いを嗅がせたみたいだけど、自分じゃ乗れないって頭のどこかではちゃんとわかってたからそういうことしたんだろ?」
「……わたくしは……!」
リリーが口ごもった。
なるほど、リリーが腰に巻いていた白い布は私のシャツだったらしい。
城の洗濯物は朝食後各所から一カ所に集められて洗濯女中だちが洗って干す。その間に何人かの使用人の手を渡るので洗濯前の匂いが付いたシャツを一枚盗むことは不可能ではない。それをナヴに嗅がせてわたしが来たと誤認させ、乗ったところで違うと気づかれたのだろう。
ふと私は首をかしげた。
「そういえば鞍や手綱はどうやって付けたの? リリーが付け方を知っているとは思えないのだけれど……」
「それは……もともと付いてて……」
「調教師がナヴを散歩に連れて帰った直後だったようだ。鱗鳥は日に何度かは上空を飛ばないとストレスがたまる生き物だから、朝昼晩と調教師が散歩をさせる。ただ空に放って監視するだけの時もあるが日に一回は鞍を付けて飛んで人が背に乗ることにならしておくのだ。調教師からは昼の散歩から戻ってきて房に入る用意をしていたらナヴが勝手に飛び立っていたと聞いている」
リリーの答えにお兄さまが小さくうなずいた。
「窓の外を毎日見ていたから……調教師がいつあの白い鳥を飛ばしていたかもわかってたわ……だから鳥舎に行ったの。その子に出来たんだからわたくしにだって……!」
「リリージル、サーシャとそなたでは育った環境やそもそも才覚というものが違う。鱗鳥は天に属する精霊の加護をうけた人間には比較的懐きやすいが、そなたの精霊はどちらかと言えば地属性よりだろう。そなたがサーシャと同じように振る舞うことは不可能だ。自分の才を見誤るな」
「でもっ…地属の精霊の加護を得ていても騎士にはなれるではありませんか!」
「相応の時間と訓練を受けたら、だよ。学園にも通っていないきみじゃ出来ないに決まってる。そんなわかりきったこともまともに判断できないなら、リリーはもともと騎士には向いてないんじゃないの」
「ちょ……!」
ジルクルスの冷めたものいいにわたしは顔をしかめる。リリーが息を詰まらせ、唇を噛みしめた。
「ジルクルス様の言うとおりです。リリージル、貴女は騎士になりたいなどと言うくだらない妄言でとんでもないことをしでかしたんですよ!」
「ちょっと待ってよ、サラ叔母さま。それにジルウォードさまもジルクルスさまも……」
私は思わず前に一歩踏み出した。部屋中の視線が私に集まる。
わたしはふう、と大きく息を吸い込んだ。




