(27) リリージルの騒動 前編
「ちょっと、どういうこと!?」
空から降ってきたリリージルの声にわたしとジュートジルは建物に戻るのを止め、鱗鳥が飛び去った方角を見やった。
「リリージルが鱗鳥に攫われたの!?」
わたしが真っ先に思い出したのは自分の子どもの頃の苦々しい記憶だ。
乗馬のさなか上空から飛来した野生の鱗鳥に引っ掴まれて空に連れ去られそうになった思い出。大型の鱗鳥であれば小さな女子どもくらいなら趾で掴んで飛べるのだ。
わたしの考えをシーナが即座に否定した。
「いえサーシャ様、あの鱗鳥、鞍と手綱を付けているように見えました。身体も小さいツヴェート種です。メランやキュアノ種ならともかくツヴェートではリリージル様をを掴んで運ぶことは難しいでしょう」
「シーナあの一瞬でよく見えてたわね……」
わたしはシーナの動体視力に一瞬感心し、それから言葉の意味を理解して唖然とした。
「え、じゃあリリージルが自分で乗って飛んでるってこと?」
ジュートジルが目を見開いたまま、片手を額に置いた。
「姉上……あのばか……とうとうやっちゃったよ!」
「ジュート?」
「ばか! サーシャ、あの鳥たぶんおまえのだぞ!」
「えぇ!!」
空を指さすジュートの言葉にわたしは驚愕する。
確かにわたしがお父さまから譲っていただいた鱗鳥ナヴは人が乗る鱗鳥の内では小型のツヴェート種だ。
「なんでナヴにリリーが!?」
「姉上、サーシャがご領主さまから鱗鳥をもらったって話聞いてからずっとうらやんでたんだよ。自分はまだもらってないのにあの子だけずるいって大騒ぎしてて……」
「だ、だからって危ないじゃない! というか本当にナヴなの!?」
「サーシャ様の乗鳥かはわかりませんが、鳥が飛んできた方角は南東の小屋からでした。ご領主さまの飼育鳥である可能性は高いでしょうな」
城内で鱗鳥を管理している鳥舎は二カ所。騎士用の鳥舎は北にあり、領主が飼育している鱗鳥は南東の小屋で飼われている。
今飛来した鱗鳥は方角から考えて南東にある領主の小屋から飛んできたと思われた。
老クワンは厳しい顔つきで空を睨んでいる。
「いけませんな……これは……」
「そうよね……このままだとリリーが落下したりして死んじゃうかも……」
「そちらも心配ですが、このままではリリー様は投獄されるやもしれません」
「はいぃ!?」
「姉上が投獄!?」
老クワンの言葉にわたしとジュートは揃って目玉をひん向いた。
「どういうこと!?」
「南東の鱗鳥はご領主さまの資産です。リリージル様はその資産に勝手に手を付けたことになる。今鳴っている警鐘があるでしょう?」
「うん。ずっと鳴ってるわね」
老クワンが言うように警鐘の音は城中に響き続けている。
ただやたらめったらガンガン鳴らしているわけではなく一定のリズムで鐘を叩いているようだ。
「敵襲については魔導具を使った警報器を使うことになっておりますので鐘の音ではありませんが、警鐘には鳴らし方でいくつか意味があります。火事を知らせるもの、魔獣の出現を知らせるもの、そして今鳴っているこれは、城内に盗人あり、という知らせの鐘です」
「リリージルが盗人扱いってこと!?」
「ご領主の資産を勝手に持ち出したのだからそういう扱いになります」
「……あねうえ……」
へなりとジュートがその場に座り込んだ。
「そんな……うそだろ……よりにもよって父上がいないときに……」
「むしろ、ジルバート様がいないからこそ大それた行動に移ったとみるべきでしょう」
「し、シーナ、ちょっと今は遠慮してあげて!」
ジュートに追い打ちを掛ける容赦のないシーナの言葉にわたしは思わず彼女の服を軽く引っ張った。
「と、とにかくリリーにはすぐに降りてくるように言わないと……!」
「サーシャ、落ち着きなさい。既に騎士が誘導を始めているでしょう」
「中央棟の物見台なら見えるよな!? おれ確認してくる!」
老クワンの言葉にジュートがはっと顔を上げた。
「ジュート様、お待ちなさい!」
クワンの言葉を無視してジュートが駆け出す。老クワンが慌ててそれを追いかける。
後に続こうとしたわたしを背後から呼び止める声がした。
「サーシャ様!」
「アイヴィード!」
姿を現わしたのはフレアジルに付いていったはずのアイヴィードだった。
彼はわたしの前で素早く跪いた。
「お呼びに参りました!! フレアジル様とジルクルス様が大至急騎士団本部へ来るようにと!」
「っ……わかったわ!」
わたしは一にも二もなくうなずいて駆け出した。理由は尋ねるまでもない。
「やっぱりリリージルはナヴに乗ってるのね?」
「そのようです。ナヴを落ち着けるために今の主であるサーシャ様を連れて行った方がよいだろうと言うことになりまして」
「なるほど」
わたしは可能な限り全力疾走するよう心がけたが、いかんせん子どもの身体で足が遅い上に先ほどまで剣の稽古で体力を使っていた影響もあり、すぐに速度が落ちる。
「サーシャ様、急ぎですので失礼します」
「きゃっ!」
足が止まりそうになったわたしの身体をアイヴィードが横抱きにして抱きかかえた。
真後ろを走っていたシーナから尖った声がする。
「ちょっと、アイヴィード、無礼ですよ!」
「緊急事態なのでお許しください」
「いいわ。こっちの方が明らかに早いし」
「ではシーナ、先に行きます!」
「ちょっと!?」
アイヴィードはわたしを抱えたままものすごい速度で中庭を突っ切って移動し始めた。
あっという間にシーナがおいてけぼりになり、あまりの足の速さにびっくりしてしまう。
アイヴィードの身体からわずかに魔力の漏れを感じ取った。
身体強化による走力の上昇だ。
優れた身体強化の使い手は駿馬の速度で走ることも可能だと言われている。
が、実際長時間身体強化を続けるのはごくふつうの魔法を撃つよりも魔力を消費するので瞬発的なものに留まることが多い。騎士なら魔法のために魔力を温存するべきだからだ。
アイヴィードは魔力量の割に弱い精霊の加護しか得られていない。魔法の使用を念頭に魔力を温存する必要がないので数分を超える身体強化を駆使しているのだろう。
それを含めても相当な使い手だ。
仮に魔方陣の補助があってもこれほどの速度で安定して身体強化を持続使用できる人間は恐らく騎士団にもほぼいない。王都モンドも合わせてそれほどの使い手はわたしは数名しか知らない。わたしもやってみたことはない。
アイヴィードは狭い王城の裏道を人にも物にもぶつかることなく風のように走りきった。
普段では考えられ内容は早さで東の園庭から騎士団本部に到着する。
本部の前の人影が疾走するアイヴィードに気づいてこちらを向き、腕の中のわたしに目を見開いた。
「サーシャ!」
「クルス!」
「お待たせしました、ジルクルス様! サーシャ様をお連れしました!!」
勢いよく騎士団本部まで駆け込んでいったアイヴィードはジルクルスの数歩手前でぴたりと動きを止めた。
それからそれまでの獣のような早さがうそのように、丁寧にわたしを地面に降ろした。




