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(26) 警鐘



「それではサーシャ様、いったん失礼させていただきます」

「また後でね」


 わたしはアイヴィードに手を振って騎士団本部を後にした。

 このあとのわたしの予定はジュートジルと一緒に剣の稽古だが、アイヴィードの方はさっそくフレアジルと一緒に騎士団本部で部屋の場所や簡単な仕事を覚えていくことになっている。


 騎士に付く従騎士の多くは幼少のうちから貴族に才覚を見いだされた若者だ。だから主人になる予定の騎士が見習い入団する一年くらい前から先輩騎士の二人目ないし三人目の従騎士として騎士団に入団し、主人が騎士見習いとして入ってきたとき適切なフォローが出来るように仕事を覚えていくのだ。

 だけどわたしにもアイヴィードにもその時間はなかったので、取り急ぎフレアジルとその従騎士がアイヴィードに最低限のことを教えてくれるそうだ。


 見習いの仮入団である小冬月までもう二十日を切っている。

 時間はまったくと言っていいほどなかった。


 正直そこまで急いで騎士になる必要はあるのかしら、と思わないでもない。

 わたしの身体は小さいし、一年くらいゆっくり準備してもいいのではないだろうか。

 お父さまやお兄さまが急いでわたしを騎士にしようとしている理由がいまいちよくわからない。

 ジルサンドラが生きているとばれたら不味いから、サーシャになれって言うのはわかるのだけれど。


 わたしはいったん東棟の自室に戻って訓練用の服に着替えることにした。

 ドリーの監督の下、今朝と同様シーナに手伝って貰う。


「シーナの服は間に合うかしら?」

「間に合わなければ兵士服を来ますから大丈夫ですよ」

「それはいけません、シーナ。サーシャ様の体面に関わります。間に合わせるようお針子たちに厳命しております」

「お針子のみんな、忙しすぎやしないかしら?」

「ここ一年、社交がなくて暇を持て余していたようですからちょうどよかったかと」

「そ、そう……」


 にこりと微笑んだドリーにわたしは色んな意味で頬を引きつらせた。

 お針子が社交期暇だったのは十中八九わたしのせいだろう。去年はまるまる王都の社交に顔を出していないはずだから、舞踏会に必要な新しい服を仕立てる必要はほとんどなかったに違いない。

 領内での社交は冬が本番だから仕事がなかったはずはないけれど、恐らく領主が蟄居中とあって規模を縮小しているに違いない。

 ひょっとして職にあぶれたお針子もいるのではないだろうか。

 心配だわ。


 自分のことに手がいっぱいで領の情勢がどうなっているのかまでしっかり気が回っていなかった。

 騎士団長であるジルバート叔父さまやウォードお兄さまの態度から緩衝地帯を抜けてくる帝国軍の斥候と<大降勢>への対応に神経を尖らせていることはわかるのだけれど、経済状態や領の治安にまでは意識が回っていない。

 二人に聞いてみようか。

 着替え終わったわたしはドリーとシーナと向き合った。

 しかし口を開き欠けたところでドリーが時計を示した。


「さあ、サーシャ様、急ぎませんと稽古の時間に遅れます。ジュートジル様と老クワン殿を待たせてはなりませんよ」

「わかったわ」


 促され、わたしは自室を後にした。

 やっぱり今は余計なことをしている暇はないか。

 ジュートとの稽古をやっている東の園庭に向かうと、既に老クワンもジュートも待ち構えていた。

 一応、遅刻はしていないはず。


「ん? なんだ、サーシャ、シーナしか連れてないのか? てっきり従騎士も一緒に来ると思ってたのに」

「アイヴィードはフレアジル様にいろいろと教わる予定なのです」

「なんだ……」


 どうやらジュートジルはわたしが従騎士を連れて訓練にやってくると思ったらしい。

 わたしが後ろにシーナしか従えていないのを見て目に見えてつまらなさそうな顔つきになる。


「サーシャの従騎士がどんなやつなのか見てみたかったのに」

「見たところでどうと言うことはないと思うのですが……」


 首をかしげるわたしにジュートジルは呆れた様子でため息を吐き出した。


「男の身の上で一族の女騎士に仕えるのだからいろいろ言っておくべきことがあるだろう?」

「男性が従騎士として女性騎士に仕えることは珍しくはないと聞いていますよ」

「それは女の従騎士をおいた上での話だろ」

「わたくしの世話をするのはシーナです。女ですよ」


 わたしは背後を振り返ってシーナを見上げた。

 彼女が小姓になるので従騎士は剣の腕が立つ前衛向きの兵士を優先して選んだのだ。

 未婚の女性の側近くに若い独身の男が毎日侍るというのはいろいろと対面の問題が生じがちであることは事実。跡取り娘でもないのに女騎士になると結婚相手探しに苦労するというのはこのあたりも関係があるのだ。しかしだからといって半端な実力の女騎兵を選んでは命に関わるのだから従騎士は実力を重視するべきだ。身の回りの世話は女の小姓に全部任せてしまえば問題はない。

 わたしの説明にジュートはなおも何か言おうと口を開き欠け、それを老クワンが制した。


「その通り、シーナがサーシャ様を守るのですから余計な心配は不要ですな。そもそもそう言ったことは当然ジルウォード様がきっちり釘を刺しておいででしょう。ジュートジル様が出しゃばるところではありませんぞ」

「でも、従兄弟だし……!」


 ジュートがむっと口を尖らせる。


「サーシャはおれより小さいのだし、おれからも言っておいた方がいいだろ!」」


 ジュートの主張に老クワンはやれやれという風に首を振る。

 シーナも苦笑いを浮かべていた。

 わたしは「えっと」とつぶやきながら頬をかいた。

 どうにもジュートはわたしを妹分だと思っているらしい。

 最初のころのようにやっかまれるよりはぜんぜんいいけど、これはこれで微妙な気分だ。本来わたしの方が年上なのに。


「お気遣いありがとうございます、ジュートさま。お気持ちだけ有り難くちょうだいしておきますね」


 わたしは微妙な気持ちをにっこり笑顔を浮かべることでごまかした。

 ジュートは少しだけ顔を赤くして小さくうなずく。


「それではお二人とも、稽古を始めましょう」


 老クワンの一声で剣の練習が始まった。

 まずはいつも通り型のお浚いからだ。木剣ではなく先を潰した練習用の剣を握って型を通していく。

 足捌きや呼吸の仕方、目線の動かし型を一つ一つ老クワンが見て直すところを指示してくれる。

 それを小鐘二つ分こなして、休憩を挟んだら打合いの稽古だ。


 木剣に持ち替えてジュート向き合う。

 剣の刃先が振り下ろされてくる動きにも少し慣れてきて反射的に目を瞑ることはしなくなってきた。

 決まった型どおりに打ち合う動きであれば、ほとんど間違えることはない。


 老クワンには筋がいいと褒められたけど、恐らくわたしの中身が本来は十六歳だから覚えが早いというのもあるのだと思う。

 ジュートも上達速度が速いと驚いていたけどちょっとズルをしている気分だ。

 とはいえもうすぐ騎士見習いになることを考えれば、この状態ではまったく追いついていないのだろうけど。


「少し休憩しましょう」


 クワンの制止の声にわたしとジュートは揃って動きを止めた。

 すかさずシーナが汗拭きを持ってきてくれる。額に浮いた汗を拭って、水を飲む。

 空のグラスをシーナに手渡そうとしたときだった。


 ガンガンと鐘の音が鳴り響いた。


「え、なに!?」

「うわ、なんだ!?」


 わたしとジュートは思わず一斉に空を仰いだ。

 椅子に腰掛けていた老クワンが勢いよく立ち上がり、わたしたちを手招きする。


「緊急時の警鐘です! お二人とも、建物の内へ!!」

「な!」


 わたしとジュートは顔を見合わせ、それから慌てて一番近い東棟の離れへと避難しようとした。

 しかし次の瞬間空に響いた悲鳴に、二人して足を止めた。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 わたしはとっさにジュートを見て、ジュートも同じようにわたしを見ていた。


「リリージル!?」

「姉上!?」


 一羽の鱗鳥がわたしたちの頭上を飛び去っていく。

 その動きに合わせるように、青い空からリリージルの絶叫が響いてきたのだ。




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