(25) アイヴィードの叙任式
シーナが帰還した二日後、わたしは朝食後すぐに騎士団本部に向かうことになっていた。
兵士から従騎士となり騎士団へ転籍するアイヴィードの手続きに立ち会うためだ。
先日の帰還式同様見習い騎士の制服を着用する。着替えはドリーの指示を受けながらシーナに手伝って貰った。
時間厳守なので遅れないように急いで本部に向かうと、既にアイヴィードが建物の前で待っていた。
彼も真新しい騎士団の制服に身を包んでいる。
「おはようございます。サーシャ様」
「おはよう、アイヴィード。制服なかなか似合っているわね」
「そうでしょうか……ずいぶん品質のよい布のようで、ちょっと落ち着きません」
アイヴィードはそう苦笑いを浮かべ、ジャケットの裾を軽く引っ張った。
騎士団の制服は多少の防火や防刃性能を持つよう特殊な素材を用いて作られている高価なものだ。
それを騎士は自分の分と従騎士の分、必要があれば小姓の分も自力で用意する。
「立派なものをありがとうございます、サーシャ様」
「いいのよ。わたしはほとんど何もしてないし……ご領主さまに感謝なさい」
「はい」
わたしの支度金は全部領主であるお父さまが用意してくれている。
具体的にどういったものをどれくらい準備するのか、ほとんどドリーとお兄さまに任せっきりだ。
本来主になる人間が中心となって差配するべきなのだがドリーからは「いずれ覚える必要がございますが今は時間がありませんので」と言われている。
数年がかりで用意すべきものを二か月余りでなんとかしている状態であるらしい。
「そうだわ、アイヴィード。こちらはわたくしの小姓になったシーナ・シャレよ」
わたしはちらりと背後を振り返った。
シーナももちろんわたしに同行してアイヴィードの叙任式に立ち会うことになっている。
わたしは二人を見比べた。
「同期入隊だって聞いたけど」
「はい。久しぶりだね、シーナ」
「ええ、従騎士叙任おめでとう、アイヴィード。くれぐれもサーシャ様に迷惑を掛けないようにお願いしますね」
「肝に銘じるよ」
二人は笑い合って互いに握手をした。
「本当に、よろしくね!」
「はははは……」
シーナの笑みが深まり、一瞬だけアイヴィードの眉間に皺が寄った気がしたが、気のせいだったらしい。
にこにこと楽しそうに笑い合っている。
これが同期の絆ってやつか……いいなぁ。
わたしはちょっとだけ学園生活を思い出して感傷的な気分に陥った。
「準備できたよ、三人とも」
クルスに呼ばれ、わたしたちは騎士団本部に入った。
今から行われる叙任式が終わればアイヴィードの身分は騎兵から従騎士として扱われることになる。
生活の拠点が二の丸の兵舎から本丸内へと移動するのだ。それだけでも平民からすれば大出世である。
「ではアイヴィード、ただいまよりそなたの叙任式を執り行う」
「はい」
騎士団長のジルバート叔父さまは国境砦に滞在して不在なので代わってウォードお兄さまがアイヴィードの入団儀式を執り行うことになっている。
入団式は専用の部屋にわたしとシーナ、アイヴィード、それからお兄さまと従騎士二人、立会人としてフレアジルとクルス、二人の従騎士もいる。
部屋には儀式用の祭壇が用意されている。
「こちらをお納めください」
そういってまずアイヴィードがお兄さまに領主へと忠誠を示す壁旗を差し出した。
これは実際はわたしが用意したものだ。従騎士の身支度のほとんどは主になる騎士が見るものなので、壁旗も主人の騎士が用意する。
わたしの入団に合わせて納める予定だったものから一枚を先んじてアイヴィードの入団式に使うことになった。
お兄さまが壁旗を受け取って祭壇に置いた。
受け取った壁旗の代わりに騎士団はマントを授与することになっている。従騎士のマントなので騎士より短く太股までの長さのショートマントだ。
正騎士の場合は騎士団長や副団長が直接棋士の肩にマントを掛けるが、従騎士の場合は主になる騎士か推薦状を用意した後見人が立ち会って掛ける決まりになっている。
アイヴィードの推薦状を用意したのはお兄さまなので、マントを着ける役は一ヶ月後正式に主になるわたしがやることになったのだ。
お兄さまからマントを受け取り、跪いているアイヴィードの肩に掛けた。
アイヴィードの前に回って留め具を付ける。
入団式で自分の従騎士にマントを着けることは予めわかっていたので、昨夜はドリーにもたつかないようマントと金具の扱いを散々練習させられた。
おかげさまで多少手間取ったところはあれど長々時間を掛けることがなく装着出来たと思う。
安堵からほっと息を吐き出すと、間近からアイヴィードに見上げられた。
目が合い、彼が笑いかけてくる。
気の抜けたところを見せてしまったことを自覚して、わたしはちょっと顔を赤くした。
慌てて真面目な表情を取り繕う。
「天の精霊と地の精霊に誓い、ルシエルのために身命を賭す所存です」
「では誓いをここに」
そう言ってお兄さまは祭壇の上にあるちょっとしたぬいぐるみ程度の大きさのものを取り上げた。
掛かっていた布を払うと拳大のきらきらした宝石のようなもの――精霊石がついた魔導具を取り出した。
ふおぉぉぉぉ!
初めて見た!!
わたしは興奮に飛び跳ねそうになった。
大きい!
あんな大きい精霊石初めて見た!!
ウズラの卵サイズですら大きいのに……お兄さまの拳くらいある!
菫の花のような薄紫の魔法石――<天紫卵>と呼ばれるルシエルの家宝の一つだ。
騎士団本部で厳重に管理され入団式の時のみ持ち出されるとは知っていたけど本物だぁ!!
さ、触りたい!!
思わず指をわきわきと動かしてしまったわたしにお兄さまの鋭すぎる視線が飛んできた。
お兄さまだけではなく、部屋中の人間の視線がわたしに制止を呼びかけている。
ぐ、ぐぬぬぬぬ……!
わかっている。
今日はアイヴィードの儀式なのでわたしが触ることは出来ない。
わ、わたしだってもうすぐ見習い入団であれに触れられるんだからね!
自分に言い聞かせ、なんとか身を落ち着かせる。
アイヴィードが立ち上がってお兄さまが持っている魔法具に手をかざした。
「台座に刻まれている聖句を読み、魔力を込めるように」
「はい……天の蒼、緑の海原、青き星の瞳の名の下に、我が身、我が心を汝に捧げん……」
アイヴィードの手から魔力が流れ出して、精霊石に注がれる。精霊石がくるくると周りだし光の粒が溢れ始めた。
真冬のダイヤモンドダストのような輝きが部屋に散らばる。
きれい。
わたしは落ちてくる光をぼんやりと眺めた。
「ほう……」とお兄さまが感心したような声を上げる。
わたしがそちらを向くころには光の粒は雪のように溶けて消えていた。
「よろしい。これで儀式は終了だ。アイヴィード、本日付でそなたを紫花騎士団の一員と認める」
「ありがとうございます」
光の行く先に見とれていたわたしは、お兄さまの声にはっとする。
「ジルウォードさま、この度はわたくしの推薦する者を栄誉ある紫花騎士団の一員とお認めいただきありがとうございます。至らぬ身の上ではありますが、時満ちればわたくしもこの者と同じく我がルシエルのためにこの身を捧げる所存です」
わたしが胸に手を当て跪くと、アイヴィードがわたしの半歩後ろに下がって同じ動作をした。
お兄さまはわたしたちを見下ろし、鷹揚にうなずく。
「双方、覚悟を持って騎士の務めを果たすように。アイヴィードは主をよく支え、必ず守るように。従騎士が主を守れないことはあってはならぬ恥だと心得よ」
「はい。誠心誠意努めさせていただきます」
アイヴィードが再び胸に手を当て跪く。
これで従騎士の叙任式は終了だ。
ひとまず重要な仕事が片付いたことにわたしはほっと息を吐き出した。




