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(24) シーナとの再会



 わたしとクルスがクロトジルの副団長の執務室に入ると、フレアが扉を閉めた。

 そして執務室の扉に嵌まっている精霊石に手をかざし、盗聴防止の魔方陣を起動させる。


「サンドラさま!」


 待ちかねたというように飛び出してきたのは兵士の格好をしていた十六・七歳の少女だった。

 ふわふわとした錆浅葱(さびあさぎ)色の髪に枯野色の瞳、肌は少し日に焼けて顔つきは精悍になっていたけれど、子どもの頃の面影を感じることが出来た。

 間違いなくシーナ・シャレだ。


「えっと、久しぶりね……シーナ」

「本当にサンドラ様なのですね!」


 シーナは腕を広げてがばりとわたしに抱きついてきた。

 予想外のことにわたしは瞠目する。


「お会いしとうございました!」

「ええーと……ありがとう。でもちょっと離れてくれるかしら」


 ぎゅうぎゅうとしがみつかれたわたしは締め付けに少し息を詰まらせた。

 一見華奢な少女のように見えるのに、治療兵とはいえさすが現役兵士だった。

 わたしがシーナの背中をとんとんと叩くと、慌てて身体を離す。


「申し訳ありません……失礼いたしました」


 シーナは浮かべた涙を拭いながらわたしから離れた。


「驚いて、みっともない真似をしてしまいました……大変申し訳ございません」


 胸に手を当てて跪いた。

 副団長二人の前で少々はしゃぎすぎたと言うことだろう。

 クロトジルが気にするなと言うように軽く手を振った。

 クロトジルの方はシーナよりもう少し冷静そうな顔つきだった。どこが疑いを込めた眼差しでわたしを見据えている。


「本当にサンドラ様なのですよね? 眼鏡を外していただいても?」


 クロトジルのある意味当然とも言える要求にわたしは素直に魔法具の眼鏡を外した。

 あらわになった本来の瞳で彼を見据える。

 クロトは息を飲み込んでわたしを見返した。


「いやはや……砦でバート団長からお話は伺いましたが、俄には信じがたかったのです。なんという奇跡でしょう」


 クロトジルは疑いの眼差しを引っ込め、感じ入った様子でそうつぶやき胸に手を当てて跪いた。


「こうして再会できましたこと、何よりもうれしく存じます。ジルサンドラ様」


 わたしは一度だけ鷹揚にうなずき、それから片手を上げてクロトに立つよう促した。


「礼を払ってもらう必要はありません、クロトジル・ファズルシ副団長。わたしは今は平民身分の娘として騎士団への入団を控えている身の上ですから」

「そうでしたね」


 クロトは煉瓦色の目元を細め立ち上がる。


「騎士団に入団するとことでしたが、決して楽な仕事ではありません。冬の訓練も相応厳しいものとなります。心して掛かるように、サーシャ」

「はい。副団長」


 今度はわたしが胸に手を当てて膝を落とした。

 クロトがうなずく。それからクロトはジルウォードお兄さまに目をやった。


「しかしそろそろ十一歳、という設定にすると覗っていましたが、思ったより身体が小さいですね。大丈夫ですか?」

「一応ある程度体力は付けさせている。不足分は従騎士と小姓に補わせるしかないだろう」

「十一歳での見習い入団というのもずいぶん久しぶりですからね……最近は平民騎士でも十三歳か十四歳あたりで見習い入団することが多いですから」


 いいながら二人が移動し、ごく自然に応接スペースに腰掛けた。

 フレアとクルスがそれに続いて腰掛けたので、わたしも下座に続いた。この流れにも慣れたものだ。

 兵士であるシーナだけがわたしの背後に直立で控える。

 それを見てクロトが小さく笑う。


「シーナも座りなさい」

「ですが……」

「長旅のあとで疲れているだろう? 君は小姓になる準備で休みも満足に取れないのだから」

「それではご厚意に甘えさせていただきます」


 言ってシーナがわたしの隣に腰掛けた。

 隣に来た彼女に思わずにこりと笑いかける。


「私、訓練ではサーシャ様の荷物を抱えて走りますね!」

「えっと……どうも?」


 シーナの口ぶりにわたしは口元を引きつらせた。


 え、荷物抱えて走るの? 訓練で?

 今も毎日走らされてはいるけど、荷物なんて抱えてないが。


 一気に先行きが不安になったわたしを置いてフレアがクロトに尋ねる。


「叔父さま、御山の様子はどうでしょうか? 来年はやはり<大降勢(グランドフォール)>になりそうですか?」


 フレアとクロトは叔父姪の関係だ。フレアの母親がクロトジルの姉に当たるのである。


「そうだね。秋口の段階で例年よりこちらに流れてくる獣や魔獣が多かった」

「今度で八年目だからな」


 騎士団の目下の関心事項は来年の春に<大降勢>があるのかどうかだ。

 クロトとお兄さまは何かと難しい顔つきであれこれ言い合っている。

<大降勢>の時期は軍勢を国境の砦に集める必要があるため領内の騎士や兵の配置を考え直す必要があるらしい。領内の治安や国内の情勢に合わせてどこを削っていいか検討することが多いようだ。恐らくは騎士団だけではなく領主であるお父さまの意向も踏まえて案をまとめていくことになるのだろう。


 傍らで話を聞いていたが、私にはよくわからないことの方が多かった。

 時折フレアやクルスが話に入って意見を述べたりしていたけど、わたしには把握できていないことが多い。

 国境の砦のことはもちろん知っているけど、他の砦の位置や名前について知らない名称がいくつかあることに気がついて愕然とした。


 わたし、ひょっとして領内のことに詳しくない?

 え、領主の娘なのにそんなことある?


 思わず両手でこめかみを押さえてしまった。

 ぐるぐるする頭を抱えてわたしは話し合いをただ見守っていた。


「それじゃあサーシャはシーナと一緒に着替えてから鳥舎に来るように」

「はい」


 このあとは鱗鳥の騎乗訓練の予定だ。

 見習いの入団式までの間に制服を汚したり破いたりするわけには行かないので再び乗馬服着替えて戻ってくることになる。

 わたしはシーナを連れて東棟の自分の部屋に戻る。


「サーシャ様、従騎士はもう決まったのでしょうか?」

「うん。アイヴィードって言う男の騎兵よ」

「え、アイヴィードですか?」


 階段を上っているとシーナの足が止まったのでわたしは首をかしげた。


「知り合い?」

「はい。一応同期入隊です」

「そうなの? あれ、でもシーナは十七歳よね。アイヴィードは今確か二十一歳って言ってたから、入隊したときは十四歳?」

「はい」

「珍しいわね」


 祝福式を終えていればすぐに入隊できる兵士は十歳か十一歳で入隊してくる人間がほとんどだ。一応募集は十九歳未満までとなっているけど、十三歳を超えて見習い入隊してくるものはほとんどいないと聞いている。


「一人だけ身体が大きいので目立っていましたね」

「そうでしょうね」

「それに、彼はルシエル領の出身ではないそうです。王都の生まれなんだとか」

「え、そうなの!?」


 ますます珍しい。

 わたしはぱちくりと瞬きを繰り返した。


 貴族は社交や結婚で王都や他領と行き来するものだけれど、平民の子どもは出身領の外に行くことなど生涯ない者がほとんどだ。

 どういう理由で王都からルシエルまでやってきたのだろう。

 疑問が顔に出ていたのか、シーナが教えてくれる。


「彼の母親が王都と出入りのあるルシエルの商人と再婚したのだそうです。それで母についてルシエル領に来たんですって」

「そうなの? じゃあ本当のお父さまは王都の人間なのね」

「そのようです。母親は貴族の使用人だったそうですから、父親もきっとそうでしょうね」


 おしゃべりをしているうちにわたしの部屋に到着した。

 扉を開けると部屋の中には既にドリーがいて、寝室の方に着替えが準備できていると合図を送ってくる。

 わたしに続いて部屋に入ってきたシーナが扉を閉めた。

 わたしは閉じた扉に近づく。

 騎士団本部ほど立派なものではないけれど、この部屋にも防音用の魔導具が扉飾りとしてドアに掛けられている。大きな物音であれば防げないが、日常会話であれば外に漏れることはない。魔導具に魔力を込めて起動させる。


「ドリー、紹介するわ。こちら、シーナ。わたしの小姓になることになるから」

「はい。話はお聞きしております。シーナ、お嬢さまのお世話をどのようにするべきか、しばらく(わたくし)があなたに教授いたします」

「はい、ドリー様。よろしくお願いいたします」


 そうなのだ。

 治療兵のシーナは砦で患者の世話などをしていてある程度人の面倒を見ることに離れているが、女中や従僕の仕事に本格的に従事したことがあるわけではない。

 その為わたしの世話をするのに必要なことをドリーから教わることになっている。

 既に晩秋月に入って小冬の見習い入団まで時間はありそうでない。

 本来は十日ほど休養に当たる帰還兵のシーナだが、休む間もなく必要な心構えをドリーに教わらなければならないのだ。


「お兄さまが決めたことだけど、本当に良かったのシーナ? わたしの小姓になってしまって」

「もちろんです。光栄なことですよ」

「今のわたしは領主の娘じゃなくて姪で、しかも実の母親は駆け落ちして逐電したってことになっているのよ。小姓は兵士でも騎士団員でもなくわたし個人に雇われている扱いになって、公的身分の保障としてはいまいちよ」

「問題ありませんよ」


 にこりとシーナは笑った。


「サーシャ様ならすぐに軍功を上げて叙勲されるに違いありません。出世できる主を持って私は幸せです」

「シーナのためにも頑張らねばなりませんわね、サーシャ様」

「うーん……まあ、出来る範囲で、ね」


 ドリーにも笑いかけられ、わたしはぽりぽりと頬をかいた。

 何せさっきの話し合いを聞いている感じ、見習い訓練は厳しそうなので……また筋肉痛で死ぬのだろうか?

 脳裏によぎった不安を頭を振って払う。

 さしあたり、目標は元気に生き延びることと低めに設定した。




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