(20) 従騎士選び
勢いよく吹っ飛んできた白刃にわたしは身構えた。
とっさに障壁を張ろうと手をかざしかけ、しかし、その必要はなかった。
ぱしん、と小気味よい音が響き白刃がわたしのほんの少し手前でぴたりと動きを止めた。
わたしは驚いて顔を上げた。
麦色の腕が伸びてきて、剣の柄を引っ掴んでいる。
わたしをエスコートしたあの白髪の騎兵である。
一瞬にして静まりかえった訓練場内に青年の声が響く。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
わたしは唖然としながらもうなずき返した。
魔法では勢いよくはじき出された剣を素手で掴むなんてどういう技術なのだろう。
手のひら痛くないのかしら?
青年が微笑みを浮かべる。
「よかった」
薄金の瞳を細め穏やかに笑う青年に一瞬空気が緩んだが、次の瞬間ざわめきと怒号が訓練所内に響いてわたしは思わず身をすくめた。
「トリシャ、ベラ、なにをしている!!」
「「申し訳ございません!!」」
怒鳴ったのは訓練所まで案内してくれた大隊長で、膝をついたのは打ち合っていた女性騎兵たちだ。
二人とも完全に血の気をなくした顔でうつむいている。
「アイヴィードが間に合ったから良かったものを……トリシャ、なぜあの威力の魔法を撃った!? 訓練所内で使う魔法ではなかった!」
「それは……!」
「サガノ、待て」
大きな声で怒鳴る体調をジルウォードお兄さまが片手で制した。それからお兄さまはわたしの側までやってくる。
「サーシャ、怪我は?」
「こちらの方がかばってくれたので大丈夫です」
「そうか……あの程度すぐに障壁を張れ。判断が遅い」
「……すみません」
お兄さまは一瞬安堵したように目元を緩めたけど、次の瞬間にはお説教をしてきた。
厳しい。
まさかここでわたしが怒られるとは……ちょっぴり理不尽さを感じる。
「お言葉ですが、副団長、サーシャ様は障壁を張られるおつもりだったと思います。私が出しゃばってしまったので張れなかったのでしょう」
肩を落としていたわたしは頭上からした声に顔を上げた。
白髪の青年が胸に手を当ててお兄さまを見ている。
お兄さまの眉が微かに動いた。
「その方、名前は?」
「アイヴィードです」
「よくサーシャを守った。そこは褒めよう」
「ありがとうございます。当然のことをしたまでです」
青年はそう言って膝を折った。
お兄さまは鷹揚にうなずき、それから再び女性騎兵たちの方を見やった。
「トリシャと言ったか?」
「は、はい……!」
「魔法に自信があることはよくわかったが室内稽古で使ってもいい魔法かどうかも判断できないというなら今すぐ軍を辞めることを推奨する」
「っ……申し訳ございませんでした!」
「それからベラ、そなたもあの程度の魔法を反射で防げないくらい疲弊しているというなら、降参しておくべきだっただろう。自身の現状を正しく判断することも優秀な兵士には必要な条件だ」
「……はい。わたくしの判断が至らぬせいでサーシャ様を危険な目に遭わせてしまい、深く反省しております」
「双方従騎士となるには不足しているものが多すぎるな。他の四名もだ!」
お兄さまの大きな声に女性たちはすっかり萎縮してしまっている。
わたしはあわあわと辺りを見回した。
つまり彼女たちはお兄さま判断で全員失格と言うことだ。
これにはサガノ大隊長も顔を青くした。
「副団長、それは……」
「サガノ、不適格なものを候補に挙げたおまえも含め、全員に五日の謹慎処分を言い渡す。謹慎中は壁旗の刺繍でもしておけ!」
「は、はい!」
サガノ大隊長は慌てて胸に手を置き頭を垂れた。
壁旗というのは壁や城壁に垂れ下げる魔方陣を刺繍した旗のことだ。大昔はそれに魔力を込めて飛んでくる敵の魔法を城壁から跳ね返していたと言うけど、今は障壁を張る専用の魔導具があるので単なる威厳の象徴と魔除けの意味しかない。が、伝統的に城壁の各所にたくさん掲げているし、経年劣化する分は作り替える必要がある。なので騎士には毎年何枚か壁旗を納めるようノルマがあるのだが、こうして謹慎中の騎兵や騎士に新しく作らせることもある。
なかなか面倒なのよね。
わたしは内心で頬に手を当てた。
壁旗は見習い入団に合わせて一枚は納める決まりなのでわたしも既に決められた布に刺繍を始めている。夜寝る前の時間を使って刺している。経過は順調だが好きかと言われるとそうでもない。
やらなくても良いよと言われたら喜んで放棄するだろう。
五日も部屋に篭もって刺繍三昧だなんて悲惨だ。
「ジルウォード様、サーシャ様の従騎士はどうするのですか?」
兄の従騎士の一人ケインがお兄さまに尋ねる。
お兄さまは「ああ」と小さく気のないそぶりをしてわたしの方に近づいてきた。
次の瞬間、お兄さまが急に大きく踏み出し姿勢がわずかに下がった。
え、と思う暇もなかった。
お兄さまのマントが翻った次の瞬間には既に剣戟の音が響いていた。
「ちょ、ちょ、……!」
わたしはまろぶようにしてその場から離れた。
お兄さまの従騎士のレゾラがわたしをひょいと抱え上げて安全圏まで避難させてくれる。
レゾラに「ありがとう」とお礼を言いつつ、何事かと振り返った。
お兄さまはわたしの真横に立っていた白髪の青年アイヴィードに斬りかかっていた。
アイヴィードは手にしていたままの剣でそれに応じている。
「な、何をなさるのです!?」
ほんとよ!
アイヴィードの驚愕の声にわたしは全面的に同意した。
二人は剣を打ち合わせ、鍔迫り合いの状態で固まっている。
「よし」
しばらくして満足したのか、ふとお兄さまが力を抜いて剣を鞘に戻した。
アイヴィードがあからさまに安堵の吐息を漏らす。
「なかなかの反応だな。魔力量もそこそこありそうだ」
「それは……」
「アイヴィードと言ったな。おまえがサーシャの従騎士を務めろ」
「え!」
アイヴィードが大きく目を見開いた。
他の騎兵たちも驚き、動揺する。
「わ、私は男ですが……」
「女性騎士の従騎士に男がつくことは珍しくはない。そもそも女の兵士が少ないからな」
「それはまあ、そうなのでしょうが……」
「もともとサーシャの身の回りの世話は従騎士に任せず女の小姓を付ける予定だった。男でも大きな問題はない」
「え、そうなのですか?」
私は驚いてお兄さまを見上げた。
「サガノには剣の腕が立つものを用意しろとだけ伝えていた。性別は指定していなかったはずだぞ」
「……はい」
サガノ大隊長がうなずいた。
「サーシャは多少発動に時間は掛かるがそれなりに威力のある魔法を打つことが出来る。ジルディア叔母上も魔法の使い手として優秀だった。その血が出たのだろう。問題はまだ魔法の発動には時間が掛かるから、それまで周囲を誰かが守る必要があるという点だ。サーシャに代わって前衛をこなせる実力の持ち主が従騎士になるのが良いだろうと俺は考えている。そいつはなかなか腕が良い。おまえの補佐をさせているのか、サガノ」
「はい……ですが、アイヴィードは魔力量は多いですが、加護を与えている精霊はそれほど高位のものではありません。魔法の使い手としては騎兵の中では最低の方でして……」
サガノの説明に私はちょっと目を見開いた。
珍しい体質だ。
ふつう、魔力が高ければ強い精霊の加護を得られるものだが、希にそうではないものもいる。
精霊からすると魔力には味があるらしいのでそういう人間の魔力は恐らく精霊が余り好きではない味をしているのだろうと言われている。
「魔導具を使えば問題あるまい。身体強化もスムーズに行えているようだし、悪くはなかろう。どうだ、アイヴィード」
ウォードお兄さまに見つめられ、アイヴィードはやや困惑した様子だった。
お兄さまを見つめ返し、それからわたしを見た。
「……サーシャ様がわたしで良いとおっしゃるのでしたら、お引き受けいたします」
「サーシャ、どうだ」
今度はわたしがお兄さまに見つめられる。
わたしは少しうろたえた。
お兄さまとアイヴィードを交互に見やる。
知らない青年と上手くやれるだろうか一瞬不安になったが、そもそも女であっても知らない相手だ。
わたしをエスコートしてくれた彼の手に平に不快感は感じなかった。
口調も物腰も兵士にしては洗練されている方だろう。
それでお兄さまがよしとしたなら、わたしが否を言う理由も見当たらない。
「副団長がお決めになったことに従います」
「よし、決まりだな」
お兄さまが大きくうなずいた。
わたしはアイヴィードに改めて向き合った。
「サーシャよ、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
わたしが指しだした手をアイヴィードはしっかりと握り返し、そしてにこりと微笑んだ。
それはとても優しくて柔らかな笑みだった。




