(19) 訓練所へ
剣の稽古を始めて四日ほどでわたしはジルウォードお兄さまに呼び出された。
例の従騎士選びで訓練所を訪れる日が決まったのだ。
わたしは朝食を食べ終え、西門に向かってから馬に乗ることになった。
兵士の訓練所は城内にあるとはいえ、ルシエルの本城・白岩城は三重の城壁に囲まれた大きなお城だ。長い歴史を積み重ねるにつれ増改築が施され、城の端から端まで徒歩で移動するのはとても大変である。
騎士団本部は本城と同じ本丸区画に存在するが、兵士たちが寝起きする兵舎や訓練所は二の丸に存在する。二の丸を囲む堀と城壁の外に領都の街が広がって、街を囲むように外壁が張り巡らされているのだ。
お兄さまについていき馬に乗って一の城壁の外に出る。
サーシャになってから一ヶ月、一の壁より外に行くの演習場と鱗鳥の練習を除けばこれが初めてだ。少しだけ緊張する。
西門を出て南の方に移動する。馬に乗っての移動なので小鐘一つと掛からず訓練所に辿り着くことが出来た。
わたしたちの姿を見ると出迎えの兵士たちが片膝をついて胸にて当てる。
「お待ちしておりました、ジルウォード副団長」
「ああ……こちらがサーシャだ。降りるのを手伝ってやってくれ」
「はい」
お兄さまの指示で兵士たちが馬を受け取るために近づいてくる。
わたしは背丈が子どもなので、乗り降りの際は踏み台がどうしても必要だ。
白髪の青年が私に近づいてきて踏み台を用意し、麦色の手を差し出してくれた。
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
わたしは鷹揚にうなずいて青年の手を取った。
瞬間、バチリと目が合った。
青年が私の顔を真正面から見た瞬間、驚きの顔でその薄金の瞳を丸くしたのでわたしの方も驚いた。
何かやらかしたかしら!?
内心で大焦りしていると、青年が目元を和らげて微笑む。
「失礼しました。どうぞ」
「あ、はい」
青年にエスコートされて踏み台に足を置く。
平民にしては支えるのが上手だ。不安定なところはなく落ち着いて台を踏むことが出来た。
兵士が子どもをこういう風にエスコートすることはほとんどないと思うのだけれど。ただの平民ではなくそれなりに裕福な家の、さりとてお金を掛けて教育してもらえる長男や次男ではなくもっと下の男児なのかもしれない。
なんとなくそんなことを考えて踏み台を降りる。
まともなエスコートを男性にしてもらったのはずいぶん久しぶりな気がした。
あれはいつだったっけ。
なんとなく思い出す。
たぶん夏が終わる少し前に学園を卒業する侯爵令嬢が最後に主催したお茶会に参加したときだ。
苦い記憶が蘇って喉の奥につっかえる。
あの時、婚約者であるはずのエディアルドにエスコートしてもらえなかったのだ。
聖殿の聖女として認定されたミルフローラも呼ばれていて、エスコートのいない彼女にエディアルドがつくことになったのだ。
エディアルドは聖殿のものに頼まれたから仕方なく……と言ったけど果たして本心だったのかどうか。
代わりにわたしのエスコートは護衛騎士のユリシスが務めてくれたのだけれど。
思い出すべきじゃなかった。
思わず苦い顔つきになったわたしに隣の青年が声を掛けてきた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、……なんでもありません」
エスコートをしてくれた成年とは別の兵士が馬の手綱を取って厩舎に連れて行ってくれる。
「では副団長、サーシャ様、こちらにどうぞ」
出迎えてくれた兵士がわたしとお兄さまを建物の方へ案内する。
恐らくは騎兵隊の大隊長の一人だろう。兵士にしては四十歳前後と年嵩なので退役間近か、退役後も新兵訓練で残っている教官という可能性もある。
ちなみに兵士の定年は騎士より早くて四十歳だ。
彼は道すがら名乗ってくれたが、予想通り退役間近の騎兵隊長だった。今はほとんどを訓練所での指導に当たっているらしい。
騎兵の屋内訓練場は木造の柱で作られた建物だった。
二階までの高さが吹き抜けになった構造で、そこに六名の女性兵が顔を揃えていた。
六名とはいえ、女性兵だけが集まっていると不思議な感じがする。本来は圧倒的に数が少なく、男性に埋もれているものなのだ。
「サーシャ様は女性ですので従騎士も女性が良いだろうと、その中で腕の立つものを集めました」
促され、女性たちが順番に名乗ってくれる。
それから隊長の指示で打ち合い稽古を見せてくれた。
おお、とわたしは感心する。
当たり前だが、わたしとジュートの稽古とは比較にならないくらい上手だ。
しかしお兄さまからするとたいしたことではないらしい。
「まずまずだな……」
「女性兵士は前線で戦うよりも魔法を使った後方支援がメインですから、こんなものかと」
「フレアは男とも渡り合えるぞ」
「……あの方と一緒にするのは、ちょっと」
ジルウォードお兄さまとお兄さまの従騎士たちがこそこそと会話をする。
フレアが学園の騎士コースを取っていたことは知っているけど、どれだけ強いのだろう。
わたしは率直に言えば他人の強さなんてものを考えてみたことがなかった。
魔法を使えばたいてい強いのはわたしだからだ。
「サーシャ様、よく見てお選びください」
隊長に促され、わたしは稽古をする彼女たちの姿を近づきすぎないようにしながら観察する。
みんながわたしの視線を意識していることがわかった。
それもそのはずで、従騎士に選ばれたらそれは彼女たちにとって大出世になるからだ。
従騎士は兵士身分の扱いではない。騎士団の正規団員に数えられる役職だ。
一人の騎士に一人から二人、戦いを補佐するために側につく。仕える騎士の甲冑の運搬や武具の整備を行い、戦場では武具を持って自らも戦う。魔法での攻撃支援や前衛として剣や槍を振るう戦いの腕前、馬や鱗鳥への騎乗技術ももちろん必要だ。どういったスタイルで戦闘を行うかは主人になる騎士の戦い方にもよるので、それに合わせられる柔軟性も必要だ。
似たような仕事は騎兵でも行うけど、騎士団員の従騎士と兵士身分の騎兵とでは給与も違うし、退職後の扱いも異なる。功績のある従騎士は姓を賜り土地や屋敷を与えられることもあるが、騎兵では色を斡旋してもらえるくらいだ。
女性兵士や女性騎士はほとんどが結婚して二十代前半でやめていくけど、それも従騎士と兵士では将来が大きく異なる。
騎士は側につく従騎士や小姓の結婚に関して責任を持つからだ。後見人や仲人になって良い縁談を探してくるのも役目の一つなのである。騎士はほとんどが貴族かそうでなくても裕福層なので、持ってくる縁組もそれなりに良いものだ。
つまり従騎士になるというのは彼女たちにとって玉の輿に乗るチャンスなのである。
良いところを見せようと躍起になるのは当然だった。
でもそれが良くなかったのだろう。
稽古が単なる武器の打ち合いではなく魔法を織り交ぜてのものになると、迫力がよりました。
女性兵士のほとんどが魔法の才能を見込まれて入隊してきているわけだから魔法の方がみんな自信があったのだろう。
短い詠唱や装備している魔導具で素早く攻撃魔法が放たれ、それを魔法障壁で弾く。破裂音が広々とした訓練所内に反響する。
選ばれた兵士の中には脂汗をかき、疲労が目立つものが出始めた。
それでも参ったと声を上げるものが出てこない。
そのうち誰かがしびれを切らしたように声を張り上げた。
「風よ、震えて弾けろ!」
これは威力の大きいものが来る。
そう思ったときには魔法は既に撃ち出されていた。
相対している騎兵がはっと息をのんで障壁を展開するが、間に合わない。
威力をすべて受けきることが出来ずに手にしていた剣が弾き飛ばされ――
「なっ……!」
舞い上がった白刃がわたしに襲いかかってきた。




