(18) 剣の稽古
風を切る音があたりに響く。
振り上げられた刀身を眺めた先に太陽があって、わたしは慌てふためいた。
「わ、わ!」
がきん、と剣と剣がぶつかる音がして、わたしはよろめいた。
そのまま後ろに尻餅をつく。
「サーシャ、腰が引けすぎだって!」
「だって!」
わたしは思わず涙目になって顔を上げた。見上げた先にはなんとジュートジルがいる。
ジュートはわたしに手を差し出して立ち上がらせた。
「へんにビビると余計に危ないだろ。稽古用の木剣なんだから、簡単には怪我しないよ」
「そうかもしれませんけど……」
わたしはお尻についた葉っぱをぱんと払った。
ジュートはやや呆れた様子でわたしを見返したが、この姿で初めて会ったときのように突っかかってくることはない。
あれはわたしが一足先に騎士見習いになることに対し嫉妬心から攻撃的になっていただけのようで、最近はお互いごくふつうの友人のように接している。
「型で通してるんだから、型どおりちゃんとやるのが安全だぞ」
「頭ではわかってるんですけど!」
わたしはため息を吐き出した。
打ち合いと言っても二人一組で基本の型を攻撃と防御で交互に出し合う稽古だ。先攻と後攻がきっちきりまっており、舞踏の方に近いものがある。
ジュートの言うとおり変に怯えて逃げ腰になるよりちゃんと構えた方が安全だ。
頭ではそうわかってはいるのだが、身体の方はまだ剣戟になれていないのである。
木剣なのも承知なのだけれども。
稽古用の剣を見繕った翌日から、早速わたしの剣の稽古は始まった。
稽古は年が近いからちょうどいいだろうという理由でジュートジルといっしょに行われることになったのだ。
素振りをしたあと型を習い、それでジュートと打ち合うのである。
打ち合い稽古をするのにもうちょっと段階を踏むと思っていたわたしは予想外のスパルタぶりに目を回していた。
ジュートを指導しているのは引退騎士の老クワンで、彼曰く「実戦に勝るものなし!」とのことだった。
「やはり稽古相手がいるのはいいですね。ジュート様の側付きにしていた子どもたちは兵卒見習いになってしまったものがほとんどですから同じ年頃の稽古相手にめぼしいものがおらずどうしようか困っていたところだったのです。助かりましたよ、サーシャ」
「それはどうも」
とても良い笑顔を浮かべる老クワンにわたしは目をすがめて返事をする。
それってわたしはジュートの動く的ってことかしら?
老ポメロンもそうだが、クワンは老とはついているがさほど年を食っているという印象ではない。実際まだ五十歳にはなっていないそうだ。
老騎士というのは基本的には騎士団に定年までいた者のことを指す。
過酷な騎士の仕事は本当に年老いてはすべてを満足に出来ないため定年は四十五と早い。
だがその年齢だと引退してもまだ十分働けるので多くは騎士団や兵士の指導役として城に残るし、緊急時は予備役として前線に赴くこともある。
引退間際になってくると騎士の子どもも騎士団に入団してくることがあるので、呼び分けのために老という尊称を使うこともある。
騎士のほとんどは貴族で半数以上は家督を継いだり家業の手伝いで定年まで騎士を続ける者は案外多くない。長くとも三十前後でやめていく者がほとんどだ。
だから老騎士もたくさんいるわけではない。
クワンはそのうちの一人で引退してまだ数年しかたっていないそうだ。日に焼けた肌で白い歯を見せて笑う姿ははつらつとしていた。
「人間、一人だけで強くなるには限度がありますからね。やはり競い合えるライバルがいてこそです」
「ジュートさまはわたくしよりだいぶんお強いと思いますが……」
「そ、そうか?」
わたしの言葉にジュートはそわそわと辺りを見回す。
クワンは指を一本立てて左右に揺らした。
「サーシャさまが来られてから以前よりも真面目に稽古に励んでくださるようになったのですよ。ルックとジーンが見習いになってしまってからと言うもののジュートさまはやる気をなくしてしまわれて……」
「そんなことない」
「ご自身にそのつもりはなくとも動きがそうだったのです。まあ競争相手もおらずに頑張れというのもなかなか難しいものがありますからね。その為多くの貴族は子弟を聖アシュロット学園に通わせるのです」
「学園に行けば似たような年頃の他領の子どもたちと切磋琢磨することになりますものね」
「そうです。我らがルシエルの地は大領地ではありますが、それでもこの領地だけでは世界は狭いですからね」
クワンの言葉にわたしは納得する。
騎士になるだけなら別に学園に通う必要もない。魔法士の資格も、生涯領内でしか過ごさないなら不要なものだ。
魔法士の資格というのはカラント王国の国内であれば監視などなしにある程度の魔法を自由に行使して良いという許可証のようなもので、ルシエルのような封建領内であればその許可も領内に限って領主が独自に出せる。だから領外に出る予定がないものは無理に取らなくてもいいのだけれど、それでも多くの貴族は他領に嫁いだり婿になる可能性が低い者も学園に通わせる。
子どもの見識を広げ、より高いレベルで研鑽させようというのがその目的の一つだったのだ。
「でも今はみんな学園には通えないんだよな」
「ジルサンドラ様の一件でルシエル領の者は王都への出入りに規制が掛かっていますからね」
ジュートとクワンの会話にわたしはうっと言葉を詰める。
わたしのせいでルシエル領の学生はほとんどが学園を一時休学せざるを得なくなってしまったし、そろそろ学園に入学するという年頃の子どもたちも入学を延期している。
「姉上は本当は今年は学園に通ってるはずだったんだけど……」
「そうなの……」
「入学試験に合格できるだけの学力はあるって先生が言ってた。通えてたらもうちょっと違ったんだろうけどなぁ……今日も見てるよ」
ジュートの視線に釣られてわたしは顔を上げた。
すると中庭を見下ろせる城の西棟の窓の一つから白い顔をした少女がこちらを睨み付けているではないか。
「ひえっ!」
こわいこわいこわい!
リリージルは幽鬼のような顔つきでこちらを見下ろしていた。
わたしたちが気づいていることに気づいたのか、すっと窓の側から離れていく。
「気にしなくっていいぞ、サーシャ。おれが剣の稽古始めたときもあんな感じでずっと睨んできてたんだ」
「バート団長はリリーさまを騎士にするご意向ではありませんからね。いずれはどこぞの領主夫人になるかもしれない方が騎士身分というのは良い面もあれば悪い面もありますから……今は悪い面の方が目立つでしょう」
「そうなのですか?」
「学園の騎士コースを卒業した女性は領主代行権を所持し、緊急時はそれを行使する権利を持ちます。万一領主が若くしてなくなり子どもが未成年だと妻の実家に領地が乗っ取られることはありますので、他領から姫君を迎える場合はどうしても慎重になりますよね。女性騎士だとそのあたりで嫁ぎ先が限られてくるのです。ルシエルでは今は直系に近い姫君はリリー様とララ様のみです。場合によってはお二人はご領主の養女として他領に嫁ぐことも考えられますから」
「それでリリーさまは騎士にはなれないのですね」
「そういうことです」
わたしは顔を上げ、先ほどまでリリージルが立っていた窓辺を見やった。
リリーは騎士になることを望んでいるが、それを叔父さまに反対されている。
だから年下のわたしが騎士になることが気に食わなくてやっかんでいるのだ。
少し前から子ども部屋に出入りするようになってララやソーラ、ジュートとは打ち解けてきたところもあるのだけど、リリーとだけは冷戦状態だ。
どうして騎士になりたいのだろう?
わたしは自分の小さな手を見下ろした。
剣の素振りと増えた薪割りのおかげでまた手のひらに肉刺が出来ている。筋肉痛とは常にお友達状態だ。
女の子にこんなこと、わたしは楽しいとは思わないのだけれど。
「さあさあ、二人とも。休憩はおしまいにして稽古を再開しますよ」
クワンの一声にわたしとジュートは声を揃えて返事をする。
基本の型の打ち合いから再開した。




