(17) 薪割りのあと
鳥舎をあとにしたら、今度は騎士団本部の裏手で薪割りだ。本来騎士なら出勤前にすることだけどわたしは見習いの見習い、体力作りの一環なのでいつも訓練の最後に薪割りをする。
最初の頃は死ぬような心地で割っていた三十本の薪も、一ヶ月経つ頃にはコツを掴んだおかげでだいぶん早く割ることが出来るようになった。
「終わったぁ!」
わたしは割りきった薪を目の前に拳を突き上げた。
周囲からぱちぱちと小さく拍手の音が聞こえる。
「おー、早くなったなぁ! 今日は小鐘一つ掛からなかったぞ」
「マジかー。もうちょっと掛かると思ってたわ」
「ほれ」
「はぁ……」
わたしを囲む見学の騎士や従騎士たちがなにやら金銭のやり取りを交わしているように見えるのは放って置いて、わたしは今日とうとう薪割り三十本を小鐘一つ分以内にこなすことが出来たようだ。
ベンチに座るクルスの足下に置いてある小鐘一つを図る砂時計の砂は、今まさに落ちきろうというところだった。
なんて喜ばしい!
これでようやく農家の子どもたちと対等である。薪割り訓練を始めて一月、走り込みや他の筋トレなどの体力作りを含めて実に長い戦いだった。
「おめでとう、サーシャ!」
フレアが心からうれしそうに手を叩く。
「これで次の段階……薪割り五十本にいけるわね!」
瞬間、がくっとわたしの身体が傾いだ。
「増えるの!?」
「当たり前でしょ、ほかのみんなは三百本やってるんだから」
呆れた様子でクルスがわたしを見下ろしてくる。
わたしはふんがと立ち上がった。
「でも、もう兵卒たちも戻ってきているではありませんか!」
薪割りはもともと兵卒見習いの仕事だったはずだ。騎士の訓練だと百がふつうで三百は今だけだと言っていなかったか。
一時期収穫の手伝いのために城を離れていた見習や一部の兵士たちは少し前から城内に戻ってきている。十歳あたりの子どもたちが細々と駆け回る姿をあちこちで見るようになった。
わたしの指摘に対しクルスは肩をすくめた。
「戻ってきたからだよ。これから本格的に冬支度だから薪はいくらあっても足りないよ」
「冬に使う分の薪を粗方用意しておかないといけないものね」
なるほど。確かに収穫の時期である小秋、大秋が過ぎれて晩秋月に入ればもう小冬月は目前、冬支度を一気に加速しなければならない。
雪が積もると薪割りも大変になるので今のうちにだいたいやっておく必要がある。
他にも税として徴収した穀物類を数えて各地の砦に運び込んだり、保存食を用意したり、冬用の衣類等準備したりとやることは多い。
特にルシエルは王都よりも北寄りの土地なので雪が降り始める時期も早いのだ。もう少し南部の王都カラントは大冬月の終わり頃雪がちらつき始め積雪はあまりないが、ルシエルは大冬月の終わりから晩冬月の間は雪が積もっている。準備はしっかりやっておかねばならない。兵士も兵卒見習いもその為にあちこち走り回っていてとても忙しいらしい。
理屈はわかったが、薪割り三十本で終わりだと思っていたわたしは先の長さにぐったりしてしまった。
「また筋肉痛になる……」
「すぐ慣れるわよ」
思わずぼそりと漏らしたわたしの弱音にフレアがくすくすと笑う。
わたしは大きなため息を吐き出して割った薪を紐でまとめ本部裏手の倉庫に持っていく。
倉庫の中には割られた薪がずらりと並んでいて、もうずいぶんと高さがある。わたしの背丈では更に積み上げることは難しいので代わって倉庫番の兵士が上に積み重ねてくれた。
ぽんっと兵士が器用に薪を放り投げるのを眺めていたら、背後からクルスの声がした。
「薪割り三十本出来たら兄さんに連絡しないと」
「え、なぜです?」
「剣の訓練を始める予定だから」
「ええ!?」
わたしは驚いて振り返った。
「剣の稽古!?」
「そこ驚くところ? 騎士なんだから当然だろ」
「いや……それはまあ……そうです」
言われてみれば確かにそうだ。
剣の使えない騎士など話にならない。フレアもクルスも、他の騎士たちは全員常に帯剣している。それが騎士の特権で義務だからだ。
ただわたしは魔法の才能を見込まれて騎士見習いになることが決まったのだから、自分に剣技を求められることまでは頭が回っていなかった。
護身術として体術や短剣の扱いは聖アシュロット学園でも授業があったけど、長剣については昔基本の型を少し教えてもらった程度だ。
学園に入学するよりも前なので記憶は既に朧気である。
「剣の稽古って筋肉痛とかに……」
「なるね」
「……そうですか……」
わたしは肩を落とした。
やっぱりそうよね……と言うか恐らくそもそも剣の素振りをする筋力を鍛えるための薪割りだったのでしょうし。
今の時間ウォードお兄さまは騎士団本部で書類仕事をしていると言うことなので、わたしたちは城に戻る前に副団長の執務室を訪ねることになった。
副団長の執務室は建物の四階だ。
執務室にはウォードお兄さまと、お兄さまの従騎士であるケイン・シャレとレゾラの二人、それから小姓のファウルがいた。
応接スペースに座るようにお兄さまに指示され、フレアとクルスに続いて下座に腰掛ける。ファウルがすぐにお茶を用意してくれた。
「ようやく薪割り三十本が小鐘一つに収まったのか。遅かったな」
「お言葉ですが、副団長。十歳の女の子なのですから仕方ありませんわ」
「兵卒見習いならみんな出来るが?」
「あの子たちはもっと小さい頃からお家の手伝いで薪割りをしていますもの。十歳の兵卒見習いと十六歳の騎士見習いなら兵卒見習いの方が薪割りが上手いことなんて騎士ならみんな知っております」
「え、そうなの!? ですか?」
兄とフレアが交わす言葉にわたしは目を見開いた。
フレアが笑う。
「斧を持てる年になったら男の子たちはみんな薪割りをやらされるのよ。男手が少ないお家だともちろん女の子もね。体力的な問題よりも経験値の差よ」
「えぇ……」
わたしは思わずクルスを見やった。
こいつ、あたかもわたしが不出来のように最初けしかけてなかった?
クルスはあさっての方角を見やった。わざとだったらしい。
こいつぅ!
思わず爪先で蹴っ飛ばしたい衝動に駆られたが、なんとか堪える。
素知らぬ顔でクルスがウォードお兄さまを見やる。
「副団長、サーシャの剣の稽古はどうしましょう? 今のところ魔法制御は順調ですのでそちらの時間は削っても大丈夫だと思います。素振りと簡単な型くらいは冬までにやらせておいた方がいいのではないでしょうか?」
「そうだな。まあ付け焼き刃では春先の役には立たないだろうが、早めに始めるに越したことはない。今日は城に戻る前に体格に合った稽古用の剣を見繕っておくように」
「はい」
クルスがうなずくのを見やり、兄は書類から顔を上げた。
「それから、近日中に騎兵の訓練所にサーシャを連れて行く」
兄の言葉にわたしはぱちくりと瞬きをした。
騎兵というのは兵士の身分の一つだ。騎士ではないが馬や時には鱗鳥に騎乗することがある領軍の上位兵である。兵士の中から魔力をはじめその他諸々の能力が高いものが選ばれ、訓練を受けてなることが出来る。その訓練所にわたしを連れて行くという。
「訓練所ですか? 騎兵に何の用が?」
「従騎士だ。見習いには一名必ず付ける決まりになっている」
「……あ」
わたしは思わず兄の従騎士二人を見やり、それからフレアとクルスを見比べた。
「わたしたちにもいるわよ。ただサーシャの件はご領主さまからしばらくわたしたちが直接面倒を見るように言われていたから、わたしたちの従騎士は今は団長のところで事務仕事を中心にやってもらっているの」
「領主様のご命令とはいえ、二人におまえの世話を細々やらせ続けるわけにはいかない。本来フレアは正騎士で、クルスもまだ見習い身分とは言えおまえより一年先輩の騎士なのだからな」
「きちんと見習いとして入団したあとはぼくもフレアもサーシャだけを特別扱いして面倒を見るわけにはいかないからね」
フレアと兄、そしてクルスに口々に言われた言葉に、わたしは思わずうつむいた。
そう言われてみればわたしの今の待遇はかなりの特別待遇だ。次期領主であるジルウォードお兄さまの婚約者フレアジルと領主の息子の一人であるジルクルスが直接側について指導してくれているのだ。一般的な騎士見習いならあり得ないくらいの厚遇だろう。
この状態が長く続くはずがないことなど明白だった。
わたしは重ね重ね自分の考えの浅さに恥じ入った。
クルスもフレアも、わたしの側でずっとわたしを支えてくれるはずがないのだ。むしろ騎士見習いとして働くわたしの方が本来は二人を支える立場である。
「候補は何名か見繕っているが、相性の問題もあるからな。最終的にはサーシャ自身に従騎士を選んでもらう必要がある。いつ訓練所を訪ねるかは日取りが決まり次第通達する」
「……わかりました」
ウォードお兄さまの言葉にわたしはうなずいたが、内心では急速に不安が頭をもたげていた。
よく知らない人間を従騎士にして、それからフレアとクルスがいなくなって、わたしはやっていけるのだろうか。
まったく自信がなかった。
一つ課題をこなしたと思ったら次の課題が積み上がってくる。
大変だわ。




