(13) 薪割り初挑戦
「ひえぇ……っ!」
演習場での散々な魔法制御訓練が終わり、わたしは再びフレアの鱗鳥ザザの背中に乗って帰城した。
降りた際にまたもや頬を舐められ干上がりそうな心地になる。
「鱗鳥にも慣れないとね」
そう言ってフレアが微笑みを浮かべる。
一見慈悲深い聖母のようなのに今のわたしには悪魔の笑みに見えた。
「う、馬じゃ駄目なの、ですか?」
「<大降勢>は城壁の上から攻撃するんだから騎士は飛べないと話にならないだろ。馬なんて魔猪に撥ねられておしまいだよ」
「そんなぁ……!」
クルスの冷めた言葉にわたしは嘆いた。
乗馬ならそれなりに自信があるのだ。乗馬なら!
馬の扱いに関してはユリシスほどではなかったけどエディアルドよりは上手だったのだ。
わたしの訴えに対して二人は顔を見合わせた。
「そんなに上手いなら乗馬の訓練はいらないね……その時間全部削って鱗鳥の騎乗訓練にしたほうがいいんじゃない、フレア」
「は!?」
「そうね! なるべく早くにサーシャの乗鳥を用意してもらえるようジルウォード様にお願いしておきましょう!」
フレアはぐっと拳を握り込んだ。
「かわいくて良い鳥を探してもらいましょうね! レウコンがいいかしら、それともメラン? キュアノも捨てがたいわねー!」
フレアはるんるんとした足取りだった。
爬虫類を嫌って鱗鳥も苦手な女子は多いはずなのだが、その反面ものすごく鱗鳥が好きな女子も少数ながら存在する。
どうやらフレアジル・マルシエ子爵令嬢は後者だったようだ。わたしの鱗鳥を何種にするべきか一人で勝手に盛り上がっている。
わたしは絶望感いっぱいでフレアの後ろについて歩く。
すると騎士団本部の裏手に到着して、首をひねってしまった。
今日の予定はもう終わりじゃないの?
「はい、これ!」
「これは……」
「見ればわかるだろ。斧だよ」
手渡されたのは子どもでも持てるような大きさの手斧だった。もちろん弟が言うように見ればわかる。
わたしが聞きたいのはなぜこのようなものを持たされたのかと言うことだ。
今日何度目かになる嫌な予感が汗となって額を伝う。
「薪割り、今日はとっても控えめに三十本ね!」
「なんでわたしがそんな雑用を!?」
思わず吠えるわたしを睥睨してクルスが腰に手を当てる。
「言ったろ。冬までに体力を付けさせるって。薪割りは騎士団の伝統的な訓練の一つだ。今の時期ならみんな出勤時に薪を三百本割ってから勤務を始めるんだよ」
「え、そうなの!? 薪割りなんて兵卒見習いの仕事でしょ!?」
「今は秋だろ。兵卒見習いはみんないったん実家に帰って収穫の手伝いをしてるし、兵士の一部もそうだよ。雑用の人手が足りないから騎士も薪割りくらいする」
「今は人手が足りないから日に三百だけど、秋以外でも日に百本は割ってるわね。まあそれでも騎士団本部で使う分を用意してるってだけで、お城全体だと足りないのだけれど」
だから秋は増えるのだ、とフレアが補足する。
王国や封建領主が独自でもつ軍というのは基本的に騎士と兵士から成り立っている。
騎士は一定以上の魔力を持ち、装備品を自力で用意できる金銭的な余裕がなければなることが出来ない。その為ほとんどは貴族の子弟で、平民なら豪商や豪農の子どもということになる。
よほど魔力が高く強い精霊の加護を得ていることがわかれば貴族や領主が後ろ盾になって騎士に取り立ててくれることもある。わたしの場合も領主が後ろ盾になって金銭的支援をしてくれるわけだ。
魔力もあってお金もある、そんな人間しか騎士になれないので騎士団員は数が多くない。
封建領主としては国内最大の規模を誇るとされる紫花騎士団でも正騎士の人数は多くて二百名ほどだ。騎士につく従騎士を加えればもっと人数はいるが、それでも六百名には届かない。
王国騎士団でも正騎士が三百名、全体では千を数えるほどだと言われている。
当然そんな人数では紛争や災害には対応できない。
魔力が多少不足していても頭数を揃える必要があり、その目的で集められるのが兵士だった。
ルシエル領では満十歳で祝福式を終えると兵卒見習いなることが出来る。兵卒見習いを希望する子どものほとんどは農民出身の男子だ。
十歳の農民の子どもが兵卒になったからと言って戦えるわけがないので最初の三年間くらいは訓練期間になる。
体力を付け、武器の使い方を覚え、簡単な字の読み書きを覚える。見習いの間は給与は出ないが城や砦で訓練する際の衣食住は保証される。
訓練のためにずっと城に置いておくのは金銭的にも負担が大きいこともあって、兵卒見習いは月ごとに交代で実家に帰らされ家業の手伝いに当たる。さらに農家に人手が必要になる種まきの時期と収穫の時期は兵卒見習いは農作業に従事することになっているのだ。
特に農作物の収穫は重要なので経験の浅い若手の兵士も同様に農地に戻るから秋口は城の雑用をする兵士は不足しているのである。
「と言うわけで騎士も普段兵卒がやってるような雑用をやるのがふつうなわけ。薪割りだけなんだから文句言わずにやりなよ。言っとくけど、サーシャくらいの年頃の兵卒見習いなら三十本の薪割りなんて小鐘半分も掛からないからね」
「そんなこと言われても……わたしやったことない……」
「だからやるんだよ。早くしないと日が暮れるよ」
言ってクルスは薪割り大の太い丸太の上に割れていない薪を一本立てた。
手本だというように手近な手斧を持ってバキンと薪を割って見せた。
そして新しい薪を用意する。
わたしはおっかなびっくり斧を振り上げ、薪に向かって振り下ろした。
すかっと空気を切った。
薪にかすることもなく丸太に直接斧が突き刺さる。
「……」
わたしは無言で丸太から斧をはずそうとした。
上手く行かない。
力を込めて斧を引っ張った。
「きゃあっ!」
斧はなんとか丸太から外れたけど、わたしは反動でひっくり返った。
どしんと尻餅をつく。
手斧を手に持ったまま、わたしは唖然と顔を上げた。
わたしを見下ろすクルスの口元が微妙に歪み、ぷるぷると震えて、最終的にはこらえきれなかったらしい。
「へったくそ!」
「はぁぁ!?」
吹き出して笑う弟にわたしは勢いよく立ち上がった。
おまえの頭を手斧でかち割ってやろうか!
眉をつり上げるわたしに「まあまあ」とフレアが笑う。
「みんな通る道よ、サーシャ。クルスだって去年初めてやったときは失敗してたもの」
「ちょっとバラさないでよ!」
「初心者を笑うのは良くないと思うわ」
赤くなったクルスの顔にわたしは少しだけ溜飲を下げる。
どうやらクルスも最初は上手く行かなかったようだ。
「コツがあるのよ。覚えるまで大変だけど、頑張りましょう」
そういって改めてフレアが薪割りのお手本を見せてくれる。
両足を肩幅に開いて身体の軸がぶれにくいようにし、斧を振り上げる前に薪の位置を刃先できちんと確認しておく。
斧の柄のどの部分を持つかも重要であるらしい。きちんと持って、それから振り下ろすときに腰を落とす。
言われたとおりにしたら、今度は一応薪に歯が当たった。
とはいえ真っ二つには割らず、何度かそのまま振り下ろす。
「これを……三十回……」
「がんばってね!」
両腕に死の予感を感じる。
わたしは涙目になってフレアを見上げたが、彼女はにこにこと笑うばかりだ。
クルスに至っては早々にベンチに腰掛け見るだけの体勢に移行している。
わたしは半べそを掻いて斧を振り上げた。
「薪割りしてんのだれ?」
「冬から見習い予定の女の子だって。ご領主さまの関係者だから特別に今から簡単な訓練してるらしい」
「ちっさ。へっぴり腰じゃん」
「懐かしー!」
わたしが騎士団本部の裏手で薪を割っていると、いつの間にやら他の騎士や従騎士たちがやってきた。
夕方の時間帯でそろそろ人が交代する時間帯なのがよろしくない。
これから勤務の騎士とそろそろ勤務が終了する騎士が集まってきて手斧を振り上げるわたしを面白おかしくはやし立ててきた。
「もうちょっと腰落とさないと駄目だぞ」
「腕の力だけだときついよ-」
「頑張れー!」
などなど。
アドバイスをしてくれる人もいるけど、ただ茶化す人も多い。
今から出勤の騎士がわたしの隣で瞬く間に薪を割っていく姿を見て目を丸くする。
「フレア、あの娘誰なの?」
「サーシャよ。ジルディア様の娘なの。ご領主様の命令で冬から騎士団見習いになるわ」
「ジルディアって、あー……駆け落ち令嬢だっけ?」
「そう」
「けっこう魔力高い感じか?」
「そうじゃなかったら騎士団にはいれないだろ……春までに戦力になるかねえ、あれ」
わたしが懸命に薪を割る横で色んな人が来てはごちゃごちゃと話をしていく。
一生懸命斧を振り上げているわたしの耳にはその半分以上も入ってこなかった。腕が痛い。
「あとちょっとだぞ、がんばれー!」
「五本、あと五本だよ!」
「うう……」
腕がパンパンで感覚がなくなってきた。
「お、やってるな」
そうこうしていると騎士団長のジルバート叔父さまが裏手にやってきた。
団長の出現に騎士たちが姿勢を正して敬礼する。
わたしも慌てて胸に手を当て、膝をつこうとした。太股痛い。
「いい、続けなさい。フレア、始めてどれくらいだ?」
「小鐘四つ分ですね」
「と言うことは大鐘一つ分は掛かりそうだな……まあ初めての子どもだとそんなものか」
叔父さまが見ている前で残りの薪を割り終えた。
フレアを始め見学していた仕事上がりの騎士たちが「お疲れ様ー」と拍手をしてくれる。
達成感にひたるような体力が残っていなかったわたしはへろへろとその場に座り込んだ。
叔父さまが爽やかな笑みを浮かべる。
「明日からも頑張れよ!」
無理!!
そう叫ぶ気力ももはやなかった。
みんなわたしに厳しすぎない?
小鐘1つはだいたい20分くらいのイメージ。5つで大鐘1つ分になります。




