(12) サーシャの実力
小鐘二つ分ほどの空の旅を終え、わたしは既にぐったりしていた。
乗ってしまうと鱗鳥の上は案外快適なものではあったのだが、とにかく乗る前の騒動が精神に著しいダメージを与えている。
さらにザザは地面に降りたわたしの頬をまた舐めてきたので追加ダメージだ。
やめてよぉ……!
フレアとクルスが自分たちの騎鳥を逃げないように演習場の小屋に入れている間、わたしはベンチの方で無様に横になっていた。
目を閉じて精神を少しでも回復させようと努める。
帰りのことは考えない。
絶対、考えない。
魔法を使うのに必要なのは精神力と想像力なのだ。
横を向いて寝てもずれる気配がないこの眼鏡の素晴らしさについて考えておこう。
「お待たせ、サーシャ。準備が出来たわ」
フレアに声を掛けられ、わたしは起き上がった。
演習場はわたしたち三人しかいなかった。騎士団の普段の訓練は城内か、城の近くの訓練場で行うことがほとんどだ。
ここは演習場と言うだけあって日々の訓練よりも複数の部隊で隊列を組み仮想敵と戦闘するようなちょっと規模の大きい演習に使う場所なのだ。
「どうすればいいの?」
「そうね……とりあえずあの岩を壊してもらいましょうか」
フレアが指さしたのは演習場にごろりと転がる大きな岩だった。
一つだけではなくいくつか大小様々な岩があり、土が盛り上がったり凹んだりと地面が波打っている場所がある。
何らかの地形を想定した訓練を行っていたのかもしれないと思ったが、さしあたり今のわたしには関係がない。
「あの岩を壊せばいいのね?」
「ええ、岩だけを壊してね。周囲を吹き飛ばしたりしないで、岩だけを穿つような感じで」
「わかったわ」
わたしは手のひらに力を込めた。
指先に魔力を集め、自分に加護を与える精霊に心の中で呼びかける。
魔法を使うのに一番重要なのは想像力だ。
どうしたいかを頭に強く思い浮かべ、魔力を対価に精霊に祈る。
イメージを受け取った精霊がそれを実行する。
加護を与える精霊との間に強固な信頼関係があれば呪文の類いは必要ない。
呪文はイメージを伝える補助手段のうち一つだ。複雑で難易度の高い魔法であれば精霊文字と呪文を使用してイメージを精霊に伝えやすくするけど、岩を破壊する程度ならわたしには必要ない。
わたしが唇に載せた言葉は呪文と言うには短い一言だった。
「穿て」
単なる命令。
次の瞬間、岩が爆発した。
「いっ!?」
大爆発だった。
標的にした岩場から爆音が鳴り響き、爆風が舞い上がる。
両手を前に出して障壁を張ったのは本能的なものだった。巨大な不可視の壁ができあがってわたしとクルス、フレアを爆風から守る。
吹っ飛んできた土塊や岩の破片が障壁にガツガツとぶち当たる。
「威力!!」
耳を塞いで弟が怒鳴った。
「下げろって言っただろ!」
「下げたつもりだったわよ!」
わたしは怒鳴り返した。
ものが飛んでこなくなったことを確認して障壁を解除し、わたわたと手を動かして説明する。
「もうちょっとこう、ちょこっとしたイメージでやったわ!……です」
「放出した魔力が多かったんでしょうね」
フレアが頬に手を置いた。
「もっと魔力を絞って、今度はあっちを壊してみて」
「わかりました」
さっきは手のひらの杯に魔力を溜めてそれを差し出す感覚だった。子どもの手のひらだからたいしたことがないだろうと思っていたのだが、溜める量はもっと少なくていいのだろう。
イメージを作り直してもう一度つぶやく。
「穿て!」
また爆発した。
「もう一度!」
更に爆発。
「もう一回」
爆発。
「追加で!」
爆発。
爆発。
爆発だった。
「ねえ……サーシャやる気ある!?」
「あるわ、ぁー……ます!」
クルスに再び怒鳴られ、わたしもやっぱり怒鳴り返した。
フレアは完全に困り顔だった。
「えっと……サーシャは小さく絞るの苦手だったかしら?」
「あんまり小さく絞る練習をしてなかったのは事実だけど、まさかここまで出来ないなんて……さすがにそんなことは……」
「いや、これ苦手とかそういう領域じゃないって。全体的に制御不能のレベルでしょ。魔法士の資格とか絶対取れないレベルじゃん。試験官に賄賂でも渡した?」
「失礼ね!?」
わたしは自らの両手を見下ろす。
魔力が多く加護を与える精霊が強いと制御が難しくなる。それは事実なのだが、わたしは制御に関して苦手意識はなかった。小さな威力の攻撃魔法を使う練習は派手な魔法の練習よりも少なめだったとはいえ、問題なく出来ていたと記憶している。
それが今は全部ぼかんぼかんと爆発し続けている。
なぜ?
「魔力につまりはないって言ってたよね?」
「うん……ないと思う」
クルスに確認され、わたしはうなずく。目を閉じて身体を探る。
魔力は常に問題なく身体を流れている。
「サーシャ、ちょっと両手を出して」
「わかったわ」
わたしはクルスに両手を差し出した。
クルスがそれを握り返す。身体がじんわりと熱くなって、クルスがわたしの魔力の流れを調べていることがわかった。
クルスはしばらくしてわたしの手を放し、顔をしかめた。
若干息が上がって顔色が悪くなっている。
「たぶん魔力の量と濃度に変化があるんだと思う」
「量と濃度?」
「魔力に味の濃さがあるって言うのは有名だろ」
弟の指摘にわたしはうなずいた。
確か大賢者トニヌルキが祝福の仕方を生み出しそれを弟子たちに教えたあとのエピソードで経典に書かれていたはずだ。
同じように弟子たちに祝福をしたにもかかわらず魔法が使えるものと使えないもの、使えるにしても強いものと弱いものに別れる、それはなぜなのかという問答だった。
まず第一に量があり、次に味の濃さがある、と言うのが話のなかで語られた精霊の言葉である。
魔力は魔法を使う際精霊に差し出される飲料のようなもの。まずたくさん出せる人間は当然精霊に好かれる。次に味が濃ければちょっとでも精霊は満足できるから、濃い味の方が好まれる、といった趣旨のことが語られていた。
「<王家の秘毒は魔法毒だろ。体内の魔力の流れを堰き止めるタイプの薬だったんだと思うけど……サーシャがここにいるってことは毒の効果を打ち消したってことだ。<王家の秘毒>を押し流すくらいの魔力量と密度があるのかも……」
「でもそれだと以前は制御できてて今は出来ないことの説明がつかないわよ」
「だから量と濃度に変化があったんだ。前より今の方が量も多ければ密度も高いってこと」
弟の説明にわたしは顔をしかめる。
「魔力の量や濃度はほとんど生得的なものでしょ。子どものうちは多少成長するって話だけど……」
「死にかけたら魔力量が増えるって言う話はけっこう聞くよ」
「そうね。騎士団でも魔物討伐で九死に一生を得たあと量が増えたって人、たまにいるわ」
フレアの話はわたしも聞いたことがあった。
いくつか研究論文もある分野だ。
死にかけると魔力が増える可能性は上がるが、増えるパターンはほぼ奇跡の生還レベルなので誰も試そうとは思わない。そのまま死ぬ確率の方が高いからだ。
そう考えるとわたしは確かに奇跡の生還を果たしている。
「それにサーシャは今子どもの姿になってるじゃないの。魔力の成長はだいたい八、九歳までって言われているから、ちょうど今の貴女の年頃だわ」
わたしは起きてからもう何度目になるかわからないが、自らの身体を見下ろして観察した。
たしかに一般的にはこれくらいの頃合いに魔力の成長が落ち着くとされている。十歳になると魔力的には安定した時期に入るため祝福式は十歳で執り行われるのだ。
「量については大人になってから増えることもあるけど濃度については子どもの時にすべて決まってしまうって言うよね……<王家の秘毒>を無効化するには量だけじゃなくて、濃度も重要だったのかも。だから身体が小さくなって再成長したんじゃないかな」
「えっと……どういうこと?」
わたしはちょっと知りたくないな、と思いながらも弟に尋ねてしまった。
弟は腕組みをする。
「棺桶の中で姉さんがどうなっていたのかは誰も知らない。十六歳の姿からそこまで縮んだんじゃなくて、もっと小さくなってから再成長した可能性もあるかもしれない。それで毒に打ち勝つ魔力の量と濃度を手に入れたから目覚めることが出来たのかも」
「なにそれ怖い!!」
わたしは思わず自らの両肘をさすった。
だってそれってつまり、棺桶の中で赤ん坊になってたかもしれないってことよね!?
意味がわからなさすぎる……脳が理解を拒否している!!
「<王家の秘毒>は存在自体は知られているけど、どういう効果なのかはよくわかってないのよね? ひょっとして人間を若返らせて殺す薬なのかしら?」
「やめてよぉ! 怖い!!」
「いや、それなら数百位年前にヴェールヴィレ家が若返りの妙薬作りにほとんど成功してることになるよ。さすがにないでしょ。精霊眼なのかなんなのか、他にもいくつか要素が合わさってそうなったって考えた方がいいんじゃないかな」
「なんでフレアとクルスはそんな落ち着いてるのよ!」
冷静に会話を続ける二人をわたしは思わず怒鳴りつけた。
クルスが素っ気ない目でわたしを見下ろす。
「だって自分の身体で起こったことじゃないし……あとそろそろ口調直しなよ」
「そういうクルスも一回だけ姉さんって言ってたわよ」
「……」
フレアの指摘にクルスが鼻白んだ。
思い返すと確かに呼ばれたような気がしたが、それどころではなかったので気づかなかった。
起きてからこの方生意気な口ばかり聞かれていたけど、かわいいところもあるわね、弟よ。
頭でも撫でてあげようかしら?
そう思ったが、ふつうに手が届きそうになかったので諦める。
クルスは嫌そうな顔をしたまま口を開いた。
「推測が当たっていたとして、魔力の量と濃度が変わってたなら制御は一からやり直しだろ。冬までに間に合うの?」
「そこは間に合わせてもらわないと!」
にこりとフレアが微笑みを浮かべた。
背中がものすごく寒くなった。




