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(11) 演習場への移動手段

爬虫類っぽいものが出てきます。注意。



 叔父さまと騎士団本部でわたしの今後の方針をざっくり話し合った。

 見習い前に体力をつけること、魔力の制御を学び直すことの他に、ジルディア叔母さまとわたしの関係についても具体的な設定を練り上げた。

 もしジルディア叔母さまを知る人に叔母さまの様子や両親との生活を尋ねられたら答えられるようにするためだ。

 一番質問してきそうなのはお祖母様だけど、それ以外にも他人に根掘り葉掘り聞かれたとき対応出来るようにいろいろ決めておくのだ。


 既に叔父さまとお兄さま、フレアの三人で今朝早くからいろいろ決めておいてくれたらしく、その設定に加えて話し合いのなかで新しく決まっていったことを紙の一覧にまとめてもらった。

 訓練が終わったら、部屋でそれを読み込んでよどみなく答えられるよう覚えるようにと命じられている。

 もちろん紙は他人には見られないように管理は厳重にし、明日にはお兄さまの目の前で燃やすことになっている。

 つまり一晩で設定を丸暗記しろと言うことだ。

 正直出来るか不安だけど「出来るよな?」と威圧感いっぱいの表情で言われては首を縦にするしかない。


 話し合いをしていたらすっかりお昼時になっていたのでそのまま団長室で昼食をご馳走していただいた。

 これは今日だけの特別対応で明日以降は本部の食堂で食べなければならない。

 団長や副団長といった役職に就いているものを除けば騎士はみんな平等だ。

 兄の婚約者であるフレアも領主の弟であるクルスも基本的には食堂で食べる。わたしももちろん特別扱いはない。


 食事を終えると北の演習場に向かうことになった。

 ここからはフレアとクルスだけで、叔父さまとウォードお兄さまは騎士団の別の仕事があるらしい。

 確かに二人の立場ならわたしの面倒ばかりは見ていられないだろう。


 てっきり馬で行くのだろうと思っていたわたしはフレアに連れて行かれた先で硬直した。

 そこにいたのは四足歩行の愛らしく美しい馬などではなく、鳥のような翼と足を持つ、トカゲのような顔と胴体をした生き物だった。


鱗鳥(りんちょう)!?」


 鳥類有鱗目鱗鳥科……一応、鳥の一種であるとは聞く。

 爬虫類では、と言う人もいるが爬虫類と違って変温性はなく冬でも活発に活動する。

 トカゲっぽく見える胴体部もよく見ると産毛が生えているし、口周りは嘴ほどではないが固めの鱗で覆われていた。


 鱗鳥が鳥やトカゲとまったく違うのは大きさだろう。

 最小の個体でも大鷹くらいのサイズがある。

 そして巨大な個体の場合胴体部は馬と同等の大きさがあり、翼を広げるともっと大きい。


 人間が乗れるサイズだ。

 そして調教できるくらいには、知性もある生き物だった。

 三日で物を忘れると言うこともない。


「こここ、これに乗るの!?」

「そうよ。北の演習場はちょっと遠いもの。馬でもいけないことはないけど飛んだ方が早いわ」

「いやぁっ……!」


 わたしは悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。


「鱗鳥はいやよ! 馬にして!!」

「はぁ? 馬鹿なの、姉さん。騎士なら鱗鳥くらい乗れないと駄目でしょ」

「それはっ……」


 クルスの指摘の通りだった。

 少なくとも紫花騎士団では鱗鳥への騎乗は馬に乗るのと同様に必須要件だ。

 飛べない騎士なんて豚に劣る――なんて言葉もある。


 しかしわたしは、鱗鳥がものすごく……ものすっごく苦手だった。


「サーシャはトカゲが苦手だったかしら? よく見て、けっこうかわいいわよ。おめめなんてこんなに円らで」


 フレアが微笑みを浮かべて鱗鳥の方へと近づいて行く。

 そのマントを引っ張ってわたしは首を横に振り回す。

 確かにそのトカゲ的見た目から鱗鳥を怖がる女子は多い。

 しかしわたしの場合はそうではなかった。


「見た目の問題じゃないのよ! もうとにかく駄目なの!!」

「……サーシャ、確か小さい頃野生の鱗鳥に連れ去られそうになったことがあったんだっけ?」

「え、そうなの?」


 クルスの言葉にわたしはぶんぶんと首を縦に振った。


 そうなのだ。

 わたしは小さい頃馬で遠駆けに出た際に鱗鳥に連れ去られそうになったことがあったのだ。

 広い野原を愛馬と一緒に心地よく掛けていたと思ったら急に上から影が差して、気づいたら足に捕まれて宙に浮いていたのである。


 幸い父と一緒の遠出ですぐ側には多数の護衛騎士がいたので事なきを得たのだが、以来鱗鳥への苦手意識はマックスだ。


「ここの鱗鳥は調教されているから人間を掴んだりはしないわよ?」

「でも人のこと自分の子どもだと思って隔離しようとはするじゃない!?」

「そんなこともあったの!?」


 あったのだ。

 まだわたしが鱗鳥に苦手意識を抱いていない無垢な幼子だった頃――今も見た目子どもだけど――鱗鳥が飼育されている鳥舎の方へ遊びに行って、なかを覗こうとしたことがある。

 すると房から顔を出した一羽の鱗鳥がわたしを咥えて房のなかに引きずり込み、翼の下に隠し込んでしまったのだ。

 外に出ようとすると通せんぼされ、部屋の隅の方に押しやられ、房を担当する調教師が気づいて動かそうとしたら威嚇をして彼を蹴りつけたのである。調教師は当然のごとく大怪我をした。

 最終的には騎士たちが数人がかりで房から鱗鳥を引っ張り出しようやくわたしは救助されたのだが、それまで掛かった時間は大鐘二つ分。その間わたしは鱗鳥の巨体と狭い房で間近に接し、その甲高い威嚇音や大きな翼のはためきに長時間晒され続けた。

 今にして思えば身に危険のある状態なので建物内で魔法を勝手に使わないというお父さまとの約束を律儀に守らずさっさと魔法をぶっ放していれば良かったのだとわかる。

 だけど当時はそんなことしたらお父さまに怒られると思い込んで泣きながら状況に耐え続けてしまった。救助されたときには疲れ果てて泣くことも出来なかったと記憶している。


 あとから子どもを亡くしたばかりの鱗鳥がなにを思ったのかわたしを我が子だと勘違いして守ろうとしたのだと話を聞いた。

 可哀想な鱗鳥だったわけだけど、わたしから見ればただの立派な恐怖体験である。

 その後鱗鳥に対しだいぶん苦手意識を抱いているなかで遠出からの連れ去り未遂事件だったので、わたしはすっかり鱗鳥が怖くなっていた。


「なるほど……サーシャは天属の精霊の加護を得ているから、鱗鳥に懐かれるのね」

「……そうなの?」

「地属の精霊の加護を得ている人間より天属の人間の方が好かれるみたい。サーシャは……まああれだから、きっととてもかわいく見えるのね」


 そういってフレアは自分の目を指さした。

 つまりわたしが菫青眼(アイオライト)を持っているせいで鱗鳥にとても好かれるたちであると言いたいらしい。


 いま、生まれて初めてこの瞳が嫌いになったかもしれない。


「やだよぉ……」


 座り込んでぐずるわたしをクルスが無理矢理立たせた。


「どうせ今日はフレアに同乗なんだから大人しくすれば?」

「あんた人ごとだと思って!」

「人ごとだし……口調」


 指摘され、ぐっと言葉を飲み込む。

 動揺のあまり気づいたらいつもの言葉遣いになってしまっていた。


「どうしても乗らなければなりませんか…?」

「そうね。心配しないで、わたしの愛鳥でよく躾てあるから!」


 フレアに手を引かれ彼女の愛鳥だという鱗鳥の側に連れて行かれる。

 大きなトカゲっぽい顔のまん丸の瞳がわたしを見つめている。精霊の加護を持たない生き物特有の桜色の瞳だ。


「ザザちゃんよ」


 怯えて後ずさりしそうになるわたしの身体を後ろからフレアが押し出す。

 きゅうにザザとやらが大口を開けた。

 食べられる、と一瞬目をつむったわたしの頬をざらりとした湿った感触のものが撫でる。


 舐められた!!


 肌という肌が粟立ち、わたしの口からみっともない悲鳴が上がる。

 腰を抜かしそうになっているわたしを支えてフレアが笑った。


「サーシャのことが気に入ったみたい。よかったわね!」

「よくない!、です!!」


 わたしの抗議は当然のように無視され、フレアの前に座らされる形でザザに騎乗させられることとなった。

 いやあ……降ろしてえっ……!

 口から飛び出しそうになる叫びを無理矢理押さえ込む。


 そんなわたしの気持ちを無視して、ザザは空高く舞い上がった。




鱗鳥は恐竜の亜種みたいなイメージです。

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