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(10) 騎士団長との面会 後編



「では今後の話をもう少し具体的にしていこう。兄上も言っていたとおり、君には騎士団に入ってもらう」


 叔父さまは眼鏡越しにわたしの目を真っ直ぐに見つけてそう言った。

 わたしはまたうなずく。


「正式な入団は冬の見習い研修の時期からだ。君にはそれまでにある程度体力を作ることと魔法の制御を覚えておいてもらう」

「魔法の制御なら既に出来ますけど……」


 魔法士の資格ならば十四歳の時にとっくに取得している。今さら魔法の制御を改めて学ぶ必要はないはずだ。

 わたしの主張に叔父さまは首を横に振る。


「それは以前までの君は、だろう。その身体になってから魔法を使ったことがあるのかい?」

「……ないです」

「身体が小さくなっている原因もよくわかっていない。<王家の秘毒(カラント・ネクタル)>という魔法毒に起因する症状なら魔法の使用に何か問題が起きる可能性も否定できない」

「今の身体で魔法が一切使用できないって可能性は?」

「それはないだろう。肉体強化が使えたんだから魔法も使えるはずだ」


 クルスの疑問にはわたしに代わってウォードお兄さまが答えた。

 肉体強化にはある程度の魔力が必要だ。一定の魔力が使えたのだから魔法も使えるはずである。


「たぶん魔法を使うのは問題ないと思います。肉体強化も、感情任せでやったから怪我しちゃったけど魔力が詰まっている感じとかはしなかったので」


 魔法毒は体内を流れる魔力を詰まらせる特徴がある。そのせいで魔法が上手く使えなくなってしまったり、場合によっては体内で魔力が暴れてそれが肉体へのダメージになり、ふつうの毒物と同じように具合が悪くなる。もちろん最悪命を落とす強力なものもある。

 魔法毒とそうでない毒物の違いは魔法によってしか解除できないか否かの差だ。


「今までと同じ感覚でだいたい使えると思います」

「他にも問題はあるわ。仮に身体が小さくなっただけで制御も魔法も問題なく使用できるなら、魔法の威力を下げるように気をつける必要があるでしょうね」


 フレアの言葉にわたしは瞠目した。


「どうして? 威力が大きい方がいいと思うのですけど」

「ふつうの魔法士には精霊眼並の魔法は撃てないのよ、サーシャ」

「……なるほど」


 そこにはまったく考えが及んでいなかった。

 高威力の魔法が使えるならそれに越したことはないだろうとぼんやり思っていたのだが、確かに今のわたしが菫青眼(アイオライト)の最大威力の魔法を放ったらどう考えてもおかしいし、面倒なことになる。

 この世に精霊はあまた在るので名前のついていない<軍団長(アドミラル)>や<師団長(ディヴィジョン)>の精霊が新しく出現する可能性はないわけではない。けれどもしそうなら高威力の魔法を使える新種の精霊眼として聖殿が調査しにやってくる。

 今のわたしは外部の人間の取り調べを受けるわけにはいかないので、もっと弱い精霊の加護を得ているように見せなければならないのだ。


 しかし弱く見せるとはどうするものなのだろう?

 今までは魔法を使うときはさすが菫青眼と言われるような派手なものを心がけてきていたので、弱く調整するとなるとまったく想像がつかない。


「基本的に威力は下げて、細く長く魔法を使うイメージで調整していくのがいいだろうね」


 白くなったわたしの顔色に気づいた叔父さまがそう助言をしてくれる。これもまた素直に受け取った。


「どれくらいの威力がちょうどいいかはあとで私と一緒に決めていきましょう。サーシャではどれくらいが騎士の平均なのかわからないでしょうから」

「よろしく、お願いします」


 わたしはフレアを見つめて胸に手を当てた。フレアが笑って同じ仕草を返す。

 叔父さまに丁寧な言葉を使うことは慣れているけど、お兄さまやクルス、フレアに対しては時々ちょっとつっかえてしまう。

 この部屋は今防音魔法を使っているとはいえ、みんなわたしがとちらないか見ているのだ。

 気を抜けないって大変だ……。


「どこで魔法を使う練習をするのでしょうか?」

「騎士団の訓練場を使う。城のじゃなくて少し遠い演習場の方だ」

「それで乗馬服なんですね」

「そういうことだな。騎士団の制服は基本的に自分で仕立てる物だ。君のはまだ出来てもいないからな」


 叔父の答えにわたしは自らの身体を見下ろした。

 乗馬服を着せられたので何をやらされるのかと思っていたが、このあと遠出して魔法の試し打ちをさせられるらしい。

 女のわたしが持っている動きやすい服なんて乗馬服くらいのものなのでこれを使うしかないのだろう。


「訓練を始めたら持っている乗馬服はすぐに駄目になるからあとでドリーに採寸してもらって追加を仕立てておくように。来週までに取り急ぎ二着、来月までに三着くらい追加しておけ」


 え、そうなの?


 兄が告げてきた忠告にわたしは硬直した。

 聖アシュロッド学園の運動服は替えを含めて二着で十分回ったのだけれど……。


「学園では騎士コースとそれ以外では実戦の難易度がぜんぜん違うからね。騎士コースの学生なら恐らくそれくらいはみんな持ってたと思うよ」


 わたしの思考を読んだように叔父さまがそう苦笑いを浮かべた。

 わたしは思わずぐるりと室内を見回す。クルス以外は全員騎士コースを取ったはずだ。


「おろしたてのシャツが一日で駄目になったりして大変だったわ」

「……ぼくはまだ取ってないけど、予想はつくかな」


 肩をすくめるフレアの言葉にクルスが静かにうなずいた。

 ひっとわたしは小さく息をのむ。


 どれだけきつい訓練になるの!?


「あの……わたしいま、こんな感じなので……あまりきついのは……」


 いやこんな感じじゃなくてもやめて欲しいけど。


「大丈夫よ、サーシャ。まずは兵卒見習い用の基礎体力作りから始めるからね!」


 握りこぶしを作るフレアの笑顔に悟った。

 これは駄目なやつだわ。

 筋肉痛と親密な関係になるやつだわ、絶対。


「えっと……そういえばクルス、さまも騎士団に入ってるんですか?」


 話を逸らそうとわたしは隣に座る弟を見やった。

 クルスの浅黄色の目が細まる。


「学園追い出されて、他にすることないからね」


 ぐ……っ!

 聞いては駄目なやつだった。

 わたしの記憶が確かなら、クルスは去年の冬の間に治癒士の資格を取る予定だったのだ。

 魔法士の資格の中でも治癒士は試験を受けるために必要な修学単位が多いので時間が掛かる。順調に単位を修得してもう少しで受験、というところでわたしの問題が起きたのだと考えると――さしものわたしも胃に痛みを覚えてしまう。


 事件は冤罪なのだけれども!

 くそう……エディアルド、そしてユリシスめ!


「学園を卒業したらどっちにしろ騎士団で実地研修だしね。多少前後したところで問題ないさ」


 ふわりと笑うのは叔父さまだ。

 クルスはその言葉に軽く肩をすくめる。


 そういうことならいいけど……。


「初めはきついだろうけど、体力作りはとても重要なので頑張ってくれ。来年はあれがあるかもしれないし」

「あれ?」


 叔父さまの言葉にわたしは首をかしげる。


「土の聖山からの<大降勢(グランド・フォール)>だ」


 兄の指摘にわたしはあっと声を上げた。


 土の聖山というのはルシエル領の東北部に存在する山脈地帯、その中でも一際大きな峰のことだ。

 巨大すぎて頂上が常に雲に覆われているその山は遙かむかし土の神が創造主によって姿形を変えて縛り付けられた姿なのだと言われている。

 光の神が姿を変えた太陽と、熱の神と音の神が姿を変えた二つの月とが聖山の周りをぐるりと回ることにより、日ごと夜ごと精霊が生まれているというのだ。


 神話が本当かどうかはわからないが聖山は魔獣の生息地帯として知られていた。


 魔獣というのは精霊の加護を得ている獣のことだ。

 熊だったり狼だったり猪だったり鳥だったり、人間以外の動物も精霊の加護を得ることがある。むしろ祝福式なしであれば動物の方が加護を得られる確率は高いだろう。

 その違いがなんなのかは知らないが、魔力を持ち精霊の加護を得た動物は非常に強く、一般の村人や狩人では太刀打ちできない。

 なので魔獣狩りは騎士団の仕事の一つだった。


 魔獣は大陸の至る所に現れる。自然豊かな場所が多いが、ごく希に都市部にも出現する。

 そして聖山に生息する魔獣の数はそういった人が普段出入りする場所の比ではない。

 聖山周辺は完全な魔獣の支配域で、人間がおいそれと踏み入れられないのだ。標高が高くなればなるほど魔獣だらけで、しかも強力になってくる。過去千年以上にわたって聖山の登頂に挑んだ人間のことごとくは生きて帰ってはこなかった。


 そんな魔獣の園である聖山なのだが、雪解けを終えた春先は魔獣が繁殖期に入るせいか縄張り争いが活発になる。

 そうすると当然あぶれる魔獣というものが現れてこれが山を下って人間の生活圏近くまでやってきてしまう。<天下り>と呼ばれるこの魔獣の下山への対応は騎士団にとって春の一番重要な仕事の一つだ。


 この春の<天下り>は年によって降りてくる魔獣の数が上下する。

 少ない年は本当に少ないのだが、多い年はものすごい数が国境の城壁まで押し寄せてくるのだ。

 これが<大降勢(グランド・フォール)>だ。


<大降勢>の周期はだいたい七から八年前後だ。前回は確かわたしが十歳の時だったと記憶しているので、今年で七年経過したことになる。


「今年は数は少し増えてたが<大降勢(グランド・フォール)>の規模じゃなかったからね。来年は確率高いよ」


 叔父さまが厳しい顔つきで告げる。

 七年目の今年来なかったなら八年目の来年は大本命の年だ。来年じゃなければ再来年、近いうちに必ずある。

<大降勢>とはそういうものだ。


 父がわたしを騎士団に入れたがり、叔父さまが了承するわけだ。

<大降勢>の時期の騎士団は猫の手を借りたいほどに忙しい。王国騎士団から応援要員が来るはずだけどそれもさほどの数ではなかったはずだ。

 今の子ども状態のわたしでもいるといないのとでは違うと言うことなのだろう。


 しかし<大降勢>の前線なんて見たことがない。死人も出るような戦闘になるはずだけど、そこにわたしが行って大丈夫なのだろうか。

 不安だ。


「期待してるよ」


 叔父さまはいい笑顔を浮かべた。白い歯がキラリと光る。

 わたしは顔を引きつらせて「頑張ります」とただ首を縦にするしかなかった。




騎士団長のと面会終了です。次は爬虫類注意になります。


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