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(8) いとこ二人



 朝食後は領主夫妻から順に部屋をあとにする流れだ。

 下座のわたしはじっとほかのみんなが退席するのを待っている。

 大人たちと弟のクルスが出て行くと、部屋にはわたしの他はジルバート叔父さまの子ども二人だけという状態になる。

 わたしは出て行く二人に目礼しようとそちらに目を向けた。


「おい、おまえ!」


 予想に反して叔父さまの長男ジュートジルが椅子から降りてわたしの方へ寄ってきた。

 姉のリリージルもその後ろについてきている。

 ジュートは十一歳、姉のリリーは十三歳の姉弟だ。


「なに、……なんでしょうか?」


 わたしはことりと首をかしげた。

 目の前に一族特有の濃紫の髪の、ちょっとやんちゃそうな少年が仁王立ちする。瞳の色は叔父によく似た赤茶色だ。


「おまえ騎士団に入るなんて生意気だぞ!」

「ええっと……」

「おれは父上に駄目だって言われたのにずるいじゃないか!」


 わたしは困惑した。


「えっと……それは、あなたが子どもだからでは?」

「おまえだって子どもだろうが!」


 それはそう。

 わたしは冷や汗を掻く。


「ええっと……貴族は本来魔法学園に通ってから騎士団に入団すると覗っております。そのせいでは?」

「おまえは通ってないじゃないか!」

「わたしは平民の子ですから」


 聖アシュロッド学園に在籍したことがなく、魔法士の資格を持っていなくとも封建領地の領民であれば条件を満たせば領地の騎士団には入団することが出来る。

 しかしその地位が保証されるのは生まれ育った領地だけで、領外では身分が保障されない。だから婚姻や仕事で領外に出ることが多い貴族は学園で魔法士の資格を取得しておく必要があるのだ。

 逆に領の外に出ることがほぼない平民だとお金の掛かる学園への入学は負担が大きい割に利益は少ないわけだ。


「平民の子がわたくしやジュートジルよりも扱いがいいと言うことが問題なのよ、あなたそんなこともわからないの?」


 ジュートの横からリリーが冷めた声を出す。

 ええ……?

 わたしは大いに困惑した。

 修学を否定されて働かされるのだからわたしの方が絶対に扱いが良くないと思うのだけど……子どもの思考回路って不思議だ。


「わたくしもジュートも、お父さまに騎士団に入れてくださいと頼んでいるのに駄目だと言われますのよ? それなのにどうして年下のあなたに許可が下りるのかしら?」


 許可されたと言うよりも強制的な入団だけども……。

 わたしは出来れば騎士団には入りたくない。訓練は間違いなくかなり厳しいだろうし、泥だらけになってもその日お風呂には入れないなんてことも予想される。そういう生活は今までしたことがないから耐えきれるかわからない。

 可能なら部屋で精霊石の研究をしていたい。たくさんの珍しい石に囲まれて過ごすのが一番いいに決まっている。


「ちょっと、答えなさいよ!」


 急にリリーに肩を疲れ、わたしは悲鳴を上げてよろけた。椅子が後ろに倒れそうになり慌ててテーブルを掴む。


「危ないじゃない!」

「騎士になるならこれくらい平気でしょう?」


 リリーは濃紫色の長い髪を後ろに払った。枯茶の瞳に加虐的な光が宿っているのを見て取り、わたしはぎょっとした。


 この子たち、こんなだった?


 他領に婿にいかずに家臣に下った叔父のジルバートは屋敷も別に持ってはいるものの、一家で城の別邸に住むことを許されている。騎士団長という役割のためだ。

 当然わたしもこの二人のことは赤ん坊の頃から知っている。王都に行ってからはたまにしか会えなくなったけれど、小さい頃は懐いてくれていてよく遊んであげたものだ。

 元気でかわいくて愛嬌があっていい子たちだと思っていたのに、いったいどうしてしまったのだろう?


 しかし、なんだろう……妙に既視感を感じる。


「わたしは、お、……ご領主様に母に代わって役に立つようにと命じられ、騎士団に入るのです。お二方は魔法士になられてから騎士団に入団なさるべきだと思いますわ」


 わたしはサーシャ。

 わたしはサーシャ。

 この子たちより立場は下。


 わたしは必死に自分に言い聞かせた。

 わざわざ朝食の席に一族を集めてわたしを一番下座に座らせたのは親族にサーシャとしてのわたしをお披露目する意図もあったとは思うけど、一番はわたしに今の身分を明確に認識させるためだろう。

 父はわたしがちゃんとサーシャとして振る舞えるかどうか試しているのだ。

 いきなりボロを出すわけにはいかない。


 リリーが目をつり上げた。


「なんであなたにそんなこと言われないといけないの! 無礼者!!」


 リリーが思いっきり手を振り上げた。

 まずい。

 わたしはとっさに身体を丸めようとした。


「リリー、ジュート、なにやってる? おまえたちは子ども部屋で勉強だろ」

「く、クルスさま……」


 顔を上げると食堂を出て行ったはずのクルスが戻ってきていた。


「早く行けよ。先生を待たせるな」


 クルスの言葉にリリーとジュートは慌てて食堂をあとにした。

 わたしはほっと息を吐き出す。


「おまえもぼさっとするな、サーシャ。さっさと部屋に戻って準備してこい」

「準備?」

「服を着替えて西門に集合だ」


 クルスはそれだけを言い捨ててわたしに背を向けた。

 わたしはちょっと憤慨する。


 もうちょっと説明してくれたっていいじゃないの。


 そうは思ったが口に出すわけもいかなかった。次男とは言え嫡流の領主の子息だ。平民扱いのサーシャとは立場が違う。


 そう考えるとあのテレサおばさまの発言も間違いとは言い難いのだろう。

 ジルディアの娘サーシャは本来一族の人間と共に食事を出来る立場にはないのだ。


 ドリーに椅子を引いてもらい、わたしは席を離れる。


 食堂には何人もの使用人が控えていたが、わたしとリリーやジュートが揉めていても、誰も助けてはくれなかった。

 ドリーも含めて、だ。

 全員素知らぬ顔でことの成り行きを眺めていた。

 そのことにショックを受けている自分がいる。


 主家の人間と使用人の立場の違いは絶対だ。基本彼らは空気のように振る舞うもので、あのようなやり取りには割って入らないことが正解である。

 だけどわたしが椅子から転げ落ちそうになり、叩かれそうになっても誰も動かなかった。

 ジルサンドラの時はこんな仕打ちは受けたことがない。


 これまでと同じようには生きていけない。

 わたしは父の言葉を思い出した。


 ジルサンドラ・ルシエルとして、公爵令嬢として振る舞えないこと、公爵令嬢並みの待遇が受けられないことは理解していたけれど、それがこういうことになるのだとは思っていなかった。

 せいぜい寝起きする部屋、着る服、食べるもの、それが今まで本家で受けていたものよりも格が落ちる程度だろうと思っていたのだ。

 それくらいなら学園の寄宿学校生活で慣れていると高をくくっていた。


 でもそれだけではなかったのだ。


 これがわたしの今の立場なのだ。

 少し年上のいとこたちに理不尽に言いがかりをかけられ、ちょっと反論しただけで生意気だと叩かれる。

 そしてそのことを使用人は見て見ぬふりをする。

 今後のことを考え背筋が冷たくなる。


 いや、とわたしは首を横に振った。

 あれはいきなりのことで上手く対処出来なかっただけだ。

 ああいう言いがかりがつけられるとわかったのだから、今後はもっと穏便に済ませられるはず。

 そもそも食事で必ず一族が一堂に会するとは限らない。ばらばらで食べることも多いのだ。

 今後は顔を合わせずに過ごせるようする方がいいだろう。

 その方が正体もばれない。


 よし、とわたしは気合いを入れて拳を握る。


 それから部屋に戻ってクルスに言われたように着替えることにした。




前話に引き続き親戚と現状確認の話です。次は騎士団本部に行きます。

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