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(7) 一族と朝食



 墓場から目覚めた翌日、わたしの新しい日常が城の東棟のうち一つで始まった。


 城の東棟は領主の子どもやその教育係たちが寝起きする場所だ。

 当然わたしの元の部屋も東棟に存在するのだが、そことは別の部屋をあてがわれた。ジルサンドラではないのだから使ってはならないと言われたのだ。

 十二歳で王都に居を移してからほとんど使っていなかったとはいえ、それなりに愛着のあった部屋ではある。使うなといわれたのは少し悲しかった。


「サーシャさま、起床時間です。起きてください」


 今のわたしの部屋は逐電した叔母の娘、平民の父親を持つ居候に相応しい規模の部屋になっている。

 以前の部屋の半分の大きさのベッドに、飾り気のない鏡台、クロゼットはもちろんウォークインなどではなく服を数着納めたら満杯になってしまいそうなサイズのものが一つだけ。以前の部屋のように身支度を調えるのにメイドを何人も入れたら一瞬で身動きが取れなくなりそうな寝室だ。

 一応二間続きの部屋ではあるので寝室の隣には応接室もある。


 魔法学園に在籍していて良かった。


 わたしはベッドから降りて心底そう思った。

 王都モンドにある聖アシュロッド魔法学園は魔法士を目指す国中の子女が通う学校で、原則寮生活だ。寮の部屋は身分や立場、成績などで多少扱いが異なるとは言え、一番広い特別室であってもさほどの面積はなく、この部屋と大差ない広さだ。

 研究室の仮眠部屋は備え付けのアルコープだからもっと小さい。

 もしも元の部屋しか知らなかったら急にこんな小さな部屋を与えられてショックで文句を口にし、ごねたかもしれない。

 さすがにそれが今の自分の状況に良くないことはわたしもわかっている。


 ドリーが洗面器に湯を張ってくれたのでそれで顔を洗う。

 王太子の婚約者だったときは濡れた顔を拭くことはメイドの仕事だったけど用意されたタオルで自分で拭った。

 その間にドリーは着替えをベッドに広げてくれている。本来ならドレッサーごと衣装係のメイドが運んでくるはずなのだけれど、居候にそんな扱いはない。


「サーシャさま、こちらをお召しください」


 ドリーが用意したのはやはりわたしの子どもの頃の、普段使いのドレスだった。思ったよりも地味なドレスが出てきたので少し驚いた。

 だが思い出すと公爵令嬢とは言え地方領主の娘なのでこの年頃の頃は広い園庭で遊ぶことを想定して汚れてもいいような動きやすいドレスを愛用していたのだった。

 王太子との婚約は既に決まっていたので、年々汚してはいけないような動きにくいドレスが増えていっていた。本当に十歳の頃のドレスならもう少し派手な、領主の血を引くとはいえ平出の娘には相応しくないドレスになっていたかもしれない。そう考えると身体が小さめなのはよいことだったかも。


 ストッキングを履いて下がらないように太股で紐で縛る。ペチコートを着て隠しポケットを付けて、ブラウスを着てからワンピースを被る。

 子どもの時ならともかく今のわたしにはひとりで着れる簡単な構造のドレスなはずなのだけれどおかしなところに腕が引っかかったりしてもたもたしてしまう。結局かなりドリーに手伝ってもらうことになってしまった。

 なんとかドレスを着替えると鏡台の前に座らされ、ドリーが二つのおさげを三つ編みにする。

 

 昨夜お父さまにもらった丸縁の眼鏡を掛けると、わたしの菫青(きんせい)の瞳が薄青色の瞳に変わった。


「おお……!」


 ちょっと感動して声を出す。

 昨日は眼鏡を掛けたあとはほとんどまともに自分の顔を見ていなかったので魔法具で変わった目の色を確認したのはこれが初めてだ。

 面白くって何度も眼鏡をつけたり外したりした。

 丸縁なのはダサいけど、この眼鏡の機能はとても素晴らしいと思う。さすがお父さまだわ。


 身支度が終わったので朝食を食べるために部屋を出ようとする。

 鏡台の椅子を避けて歩いたつもりが、思いっきり足をぶつけてしまった。


「いったぁ……!」

「サーシャさま、大丈夫ですか!?」


 ドリーが慌てて身をかがめる。

 わたしは涙目になりながらなんとかうなずいた。

 昨夜もそうだったのだが、やはり頭がどこかこの小さな身体になれていない。おかしなところに身体をぶつけたり、思っていたように動かなかったりする。

 慣れてしまうまでどれくらい掛かるのだろうか。


 情けないが、転ぶといけないというのでドリーに手を繋いでもらって廊下を歩いた。

 そうして朝食用の食堂に足を運ぶ。


 朝食用の食堂には城に滞在しているルシエル家の一同が勢揃いしていた。

 上座に座る父と母、兄とクルス……本来私が座っているはずの席は空席になっている。

 それから先代公爵夫人である祖母のマリールイズ、現紫花騎士団長の叔父ジルバードとその妻サラジル、兄の婚約者フレアジル・マルシエ子爵令嬢、夫が死んで出戻ってきた祖父の妹ジルテレサ、ジルバート叔父上の長女リリージルと長男ジュートジル、そしていくつか空席が空いて、最も下座に私の席が作ってあった。

 私を入れて総勢十二名、それが今城にいる領主一族の直系子ないしその配偶者や子ども、ということになる。


「サーシャ、座りなさい」


 父の声はどこか冷淡だった。

「はい」とうなずいて案内された席に着く。ドリーが椅子を引いてくれるが、椅子に座る際にガタリと音を立てた。

 大叔母のジルテレサがあからさまに顔をしかめ、リリーとジュートが顔を見合わせ微かに笑う。

 私は恥ずかしさに顔を赤くした。本当ならちゃんと出来るのに。


 私が席に着いたのを見届け、父が口を開いた。


「朝食の前に紹介しよう、ジルディアの娘サーシャだ。先だって異国で見つけ、引き取ることにした」

「聞きましたよ、サーシャ……ジルディアは亡くなったのですってね」


 話しかけてきたのはお祖母様だった。朝食前なのに目が赤い。

 私の叔母と言うことは祖母にとっては末娘だったと言うことだ。逐電して以来十五年、行方がわかったと思ったら娘が死んでいたと言うことになる。本気で辛そうな顔を見るに父は祖母にはわたしの正体を話していないらしい。

 わたしは神妙に「はい」とうなずいた。

 祖母が鼻をすする。


「半年も前にわかっていたならもっと早く教えてくれても良かったじゃありませんか、レオン」

「申し訳ありません母上。父上の遺言のこともありましたからお伝えするべきか……この子も引き取るべきか私も迷っていたのです」

「先代の遺言ではジルディアは一族から外すとなっていたでしょう? その娘をここに加えるのはどうなのかしら?」


 意地の悪い声を出したのは大叔母ジルテレサだ。

 夫の伯爵が亡くなったあと、家を息子夫妻に任せて城に出戻ってきた女性である。ふつう夫が亡くなったからと言ってそう簡単に実家に戻ってこないものだが、祖父は末妹をとてもかわいがっていたので受け入れたらしい。わたしが物心着いた頃から城にいる人だ。


「教育もなってないようだし、孤児院にでも預けたらどう?」


 大叔母の態度にわたしはちょっとぎょっとした。サンドラだったときは彼女にこんな声を投げかけられたことはない。

 まさか逐電した叔母の娘と言うだけでこんな敵意のある言葉を投げかけられるとは。


「それは困りますね、ジルテレサ。彼女は既に騎士団で預かると決まっているのです」


 遮るように声を上げたのは叔父ジルバートだった。


「ご覧の通り既に祝福式を済ませた子どもで、それなりの精霊の加護を得ているようです。騎士団は今人手不足ですから、私が是非にと兄にお願いしたのです」


 にこにこと叔父が笑い、真っ直ぐにわたしを見る。顔は笑顔なのに赤茶の瞳だけが鋭い印象を受けた。叔父は一瞬だけ目の下を指先で触れた。その仕草で私は恐らく叔父はわたしの正体を知っていると悟ることが出来た。

 テレサおばさまの声が響く。


「栄誉ある紫花騎士団が人手不足なんて……貴方たち、情けないとは思わないの? お兄さまがみたらさぞ嘆かれることでしょう」


 芝居がかった調子でテレサおばさまは父と叔父を見やり、額に手をつく。

 その嫌味いっぱいの口調にまたわたしは驚く。

 わたしに対してあんなに優しかったのに、どうしてしまったのだろう?

 これもわたしが聖女襲撃事件の首謀者にされてしまった弊害?


「いくら騎士団が人手不足だからって、わたくしは反対ですよ。こんな小さな子を騎士団に入れるだなんて!」


 テレサおばさまとは違った方面から反対意見を口にしたのは祖母だった。

 祖母は涙をナプキンで拭って父を見やる。


「なにかあったらどうするんです!?」

「母上、十歳であれば、平民の子は働き始める年齢です。城にも砦にも兵卒見習いの子どもたちがいるではありませんか」

「騎士と兵士は違うでしょう? 兵卒見習いなど、ほとんど訓練と雑用じゃありませんか……父親が平民でもこの子は貴方の妹、ジルディアの娘ですよ! わたくしが引き取って養育します!」


 どうやら祖母はわたしというか、サーシャに相当入れ込んでいるようだ。

 うれしいような、そうでもないような……なんとなく複雑な気分に陥った。祖母はわたしのしつけにとても厳しい人だったのだ。


「マリールイズ、あなたお兄さまの遺言に逆らう気? お兄さまはジルディアを家系から外すと言われたのよ。それを引き取るだなんて……」


 再びとげとげしいテレサの声にわたしはびくついた。

 祖母とテレサの間でバチバチと火花がぶつかっている。


「二人とも、サーシャの扱いを決めるのは領主であるわたしの責務で、差配だ」


 父が低い声を出した。

 はっと二人が揃って父を見る。


「ジルディアは婚約を一方的に反故し家名に泥を塗り形で逐電した。サーシャの父親が平民である以上、私は現状サーシャを一族の嫡流の子として認める気はない。よって母上の元で養育することは許可しない」


 祖母が顔を真っ赤にし、テレサが勝ち誇った顔をした。


「だが同時に高い精霊の加護を持ち、ジルディア同様魔力の量もそれなりにある子どもを一族の利益に役立てない手はないと思っている。ジルバートも騎士としてサーシャを養育したいと申し出てきてくれた。よって騎士見習いとして迎え入れ保護し、働き次第では相応の地位を約束する」


 これはわたしがよく働けば一族に加えるないし、それに近い対応を取ると言うことだ。

 祖母がほっとしたように胸を押さえ、テレサおばさまが目を三角にする。


「お兄さまは……!」

「ジルテレサ、我が父ジルヴォルトは既に亡くなった。当主は私であることをお忘れか?」


 テレサおば様がむっと口を噤む。


「では決まりだな。サーシャ、そなたには紫花(ヴィオレ)騎士団に入ってもらう。ジルバートやジルウォードに指導を仰ぎ、よく働くように」

「承りました」


 うなずきながらものすごく不安になった。

 騎士見習いの訓練など一度も受けたことがないのだけれど、大丈夫だろうか。

 魔法学園には騎士養成コースもあったけど、わたしが在籍していた研究部とはけっこうカリキュラムが違った気がする。

 いまは身体も小さいし、心配だ。


「頑張りましょうね、サーシャ!」


 そう言って両の拳をぎゅっと握って笑ったのは兄の婚約者フレアジルだ。彼女も騎士である。

 わたしより二つ年上の十八……ちがう、もう十九歳のはずだ。学園の在籍も被っていた時期があり、顔見知りである。

 彼女も目の下に指を置いたので恐らく事情を知る一人なのだろう。


 あれ……そういえば二人はそろそろ結婚のはずでは?


 一瞬疑問が湧き上がったが、むろんここで尋ねるわけにはいかない。

 父が話し合いの終了を宣言し、わたしの扱いが一族内でとりあえず決定した。


 祖母は私が騎士団に入ることは反対でありながらも保護されることについては満足し、テレサおばさまは不満げだ。


「お兄さまの遺志を無視するだなんて……そんなだからジルサンドラが愚か者に育つのよ……」


 ぼそりとつぶやかれた言葉に空気が冷える。

 わたしは心臓を握りつぶされたかのような心地に陥った。


「では朝食を戴こう」


 父がテレサおばさまの言葉を無視して告げる。

 家令が鳴らすベルの音を合図に朝食が運び込まれてきた。


 正直朝ご飯は味がしなかった。




本格的にサーシャとしての生活が始まりました。複雑な家庭…


ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます。

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