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プロローグ



「ジルサンドラ、きみとの婚約は……解消する」


 わたしは混乱していた。

 目の前にはこの国の王太子エディアルドが立っている。彼は婚約者に向けるものとは思えない怖い顔でわたしを睨んでいた。

 一体なぜ彼がそんな顔をするのかわからずわたしはうろたえて尋ねた。


「婚約解消? 何を言っているの、エディアルドさま……そんなこと陛下がお許しになるはずが……」

「既に父上は了承されている。陛下もさすがに今回のことは目に余るとおっしゃられた。きみに何の処罰も与えないわけにはいかないとも……」


 そう言ってゆるく首を振ったエディアルドの目の前には真っ赤な飲み物が入った小杯が置かれたテーブルがある。

 用意された飲み物が毒物であることをわたしは知っていた。


「ジルサンドラ、大人しくこれを飲んでくれ……」

「いやよ!」


 苦々しい声音で告げられた言葉にわたしは髪を振り乱した。


「わたしじゃないわ! わたしはやってない!!」

「言い訳はもういらないんだ……目撃証言も証拠品もすでにたくさん挙がっている。きみが聖女・ミルフローラを殺そうとした、と」

「そんなの何かの間違いよ!!」


 わたしはドレスの胸元を掴んで叫んだ。


「わたし、あの子を殺そうなんてしてない!」


 わたしは腹の底から叫んだ。


 聖女ミルフローラの殺人未遂容疑――それがエディアルドがわたしに突きつけた罪状だった。


 寝耳に水の話しすぎて、最初は一体何の冗談かと思っていたのだ。

 ミルフローラが襲撃されて死にかけているなど今し方聞いた話でわたしにはさっぱり事情がわからない。

 けれどエディアルドはわたしが犯人だと確信を持っているようだった。


「きみはずっといっていただろう……ミルフローラなんていなくなってしまえばいい、と」

「それは……」


 わたしは口ごもった。

 その言葉には身に覚えがありすぎた。

 確かにわたしはミルフローラのことを邪魔だと思っていた。消えていなくなってくれないかとずっと願っていた。


 でもその理由は、目の前のこの人が……婚約者のわたしではなく平民のミルフローラばかりを見ていたからだ。

 婚約者が他の女に夢中なのを横目に、どうして平静にしていられるだろう?

 不満を口にし、ちょっとした嫌がらせを彼女に行っていたのは事実。

 それを平素からエディアルドが咎めていたことも。


「聖殿はきみが自裁するなら公爵家全体を連座で罰することは求めないと言ってきた。きみが今この薬を飲まなければ家門に累が及ぶぞ」


 エディアルドはそう低い声でわたしを脅してきた。

 連座という言葉にわたしは青ざめる。


「連座なんて……ありえないわ……ミルフローラは平民じゃないの……」


 犯罪者本人のみならずその親族までをまとめて処分する連座はよほどの重罪でなければ適応されない。

 王族に対する殺人容疑や領地ぐるみの脱税など、国家反逆罪に類する罪がそれだ。

 ミルフローラは農民のはずである。


「生まれは平民でも彼女は今や聖殿が認めた聖女なんだ。その彼女が害されては彼らも黙っていられないし、聖殿の支持なくしては民衆も従わない。それくらいいくらきみでもわかるだろう?」


 エディアルドは眉間に深いしわを刻んだ。


「どうして愚かな真似をしたんだ、ジルサンドラ」


 その心底愛想が尽きたという声音に、わたしは顔を上げた。

 冷たい瞳がわたしを射貫く。


「わたしじゃない……わたしじゃないわ……」


 震える声でわたしはそれだけを繰り返した。

 それいがい、何も言葉が浮かばなかったのだ。


 エディアルドは大きなため息を吐き出した。

 もう付き合ってはいられないというように。


「ユリシス、……すまないが後は任せる」

「はい」


 エディアルドの背後に控えていた一人の騎士――ユリシスが一歩前に進み出た。それと同時にエディアルドは踵を返し、わたしに背を向ける。

 エディアルドは逃げるように部屋を立ち去る。


「待って!」


 追いすがろうとしたわたしの腕をユリシスが捉えた。


「放して!」


 身を捩ったが当然騎士の腕力にわたしが勝てるはずがない。

 魔法を使おうとしたわたしに冷えた声がかかる。


「この部屋では使えませんよ」


 ひくりと頬が引きつった。

 とっさに見回した壁には綺麗な蔓薔薇の紋様が描かれている。その蔓の描く軌跡、薔薇の色合いや配置が魔法封じの陣になっていることに今ようやく気がついた。

 魔法士を軟禁するための部屋だったのだ。

 魔法の使えないわたしなどそこらのか弱い乙女となんら変わりがない。

 どれだけ腕に力を込め、魔力を込めてもユリシスに腕力で勝つことなど出来ないのだ。


 ユリシスの大きな手のひらがわたしの顎を押さえた。無理矢理口を開けさせられる。

 わたしはユリシスの腕を両手で掴んで引き剥がそうとしたけど、小揺るぎもしない。立てた爪が太い腕に食い込むが痛がるそぶりさえ彼は見せなかった。

 ユリシスが毒入りの小杯をわたしの口元に持ってきた。

 口を閉じることが出来ずに中身を注がれる。

 妙な甘ったるさが口の中いっぱいに広がる。顎を伝って首筋まで濡れる。

 舌を動かして飲み込まないようにしようとして、噎せた。


 息苦しさにあえいでいたのはほんの僅かな時間だった。

 急に全ての痛みが消え失せて、足下の感覚がなくなったせいで身体が宙に浮いたような心地に陥った。ふわりとした気分の高揚感と裏腹にユリシスの腕を掴んでいた手はだらりと垂れ下がり、全身のどこにも力が入らない。

 痛みの類いは一切なく、急速に身体が一切の機能を停止していこうとしていることがわかった。立っているのが不思議なくらい、小指一つ動かせない。

 わたしは菫青色の瞳だけをぎょろりと動かした。


 消える視界が最期に捉えたのは、わたしを見据えるユリシスの薄金色の瞳だった。



【モンド新聞より一部抜粋】


 カラント王国王都モンドにて発生した聖殿の聖女襲撃事件に関し、主犯格と思しきルシエラ家の長女ジルサンドラ(16)が捕縛される。

 ジルサンドラはエディアルド王太子に対し全面的に罪を認め、自裁したとのこと。

 国王アルフレイド四世は主犯であるジルサンドラの死を持って一連に事件は解決したとの見解を示す。またジルサンドラが未成年であることを考慮し、ルシエラ家に対し遺体の引き取りを許可したとのこと。

 ルシエラ家は今回の襲撃事件の責を取り、自ら公爵位、侯爵位を返上を申し出、貴族議会はこれを承認した。爵位は新たに伯爵位となる。今回の罪に対しルシエラ家の王都の所有資産は没収となった。領地については維持するとのこと。領主夫妻は自ら蟄居を申し出、これも議会と国王に承認された。

 またルシエラ家の当主ジルレオン伯爵の弟ジルベルグ・ブルシエラ伯爵は運輸大臣を辞職した。


 襲撃から三日にわたり意識不明だった聖女ミルフローラは昨夕目を覚ましたとのこと。

 七百年に一度の孔雀石(マラカイト)の聖女の殺人未遂に対し、今回の処分は軽いのではないかと聖殿は王政に抗議の意志を表明している。

 引き続きこの件を追求していきたい。


(文責・ロイド)




勢い書き始めております。後日いろいろ修正する可能性あり。

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