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惑星の誘引力

作者: トワイライト


月はいつものように、東の彼方にかえる頃でした。


ぼんやり、今日のことを思い出していました。


家々に光が灯り、それぞれ家族で。

または、仕事から帰ってつける光。


賑やかに団らんを楽しむ声、テレビを付ける音。


月はその光景を毎日見ていたのです。


そして、こうも思いました。


人間っていいなぁ、自分は見ているしか出来ないや。


ゆっくりと、帰ろうとした、その時、西の方からこれまたゆっくりと出てきた者に目を奪われました。


光を乱反射させ、雲にグラデーションを加えながら、空の全てを引き連れて、優雅にそれは現れました。


太陽です。


太陽が上るのと同時に色んな者が動き始めます。


作物を作る者が、嬉しそうに太陽を見つめます。


『今日はいい天気になりそうだな』


また、続々と人々が起き出します。

閉じていたカーテンを開いて、皆口々に

『おはよう』


と言い合い朝食を作る音が聞こえます。


そこで、月は戻る時間が来てしまいました。


ああ、ずっと見られたらどんなにいいだろう。


後ろ髪を引かれながら、落ちていきました。


美しく輝く太陽を、目に焼き付けながら。


================


全てのものが、そっと目蓋を閉じ始めたとき、月は近くにいる雲に声を掛けてみました。


『雲さん、一つお願いしたい事があるんだ。聴いて貰えるかな。』


雲は、とても驚きました。いつもぼんやりしている月の声を初めて聴いたからです。


優しい子守唄のような声でした。


『君、話せたんだ…。』


月は続けて言いました。


『雲さん、君は明日雨雲になる、太陽の近くにいるとね。その時に、雨と一緒に私が見た太陽の事を歌って欲しいんだ。お願い。』


月は、雲がどうなりたいか何となく視ていて気付いていました。


立派な入道雲になれば、渇いた土が沢山の雨を喜んでくれる事、そして時々草花を繁らせて雲に綺麗な花を見せてくれる事を。


雲は笑いながら約束しました。


『分かったよ、しょうがない月だな、時々なら、太陽の近くで歌ってやるよ

その代わり、風の流れを変えて太陽のとこまで運んでくれよ。』


そして、月の声を伝える為に月を覆うようにして話を聴きました。


夜が明けると、待っていたかのように雲が太陽の近くに流れてきました。


あ、これは雨雲に出来るな。


と、太陽は強く雲を照らしました。


やがて、雲は大きくなり


立派な入道雲になりました。


雨がポツリ、ポツリ。


急に一気に降り始めました。


太陽は驚きました


雨音と一緒に声が聴こえ始めたのです。


昨日、西からのぼった自分の事を、歌うように、その時の太陽の事を優しく語り始めたのです。


『この声は…誰?』


小さな雛鳥より、もっと優しい声。


入道雲は自分のことのように、偉そうに言いました。


『昨日、少し話したんだ。月の声だよ。』


=================


『月…』


太陽は存在は知っていましたが、月が話せる事も、まして自分の事を眩しそうに言う事も思いもしませんでした。


そこで、入道雲に聞きました。


『ね、月の事を教えなさい。』


太陽はそれはそれはプライドが高いのです。


それはそうです、太陽が照らせば大体の者は喜びます。


立派に育った作物も、晴れの日の朝にカーテンを開ける者も、干ばつで雨を望むもの達以外は。


雲も他と同じように太陽が好きでしたが、月の優しい声もとても気に入ったので、こう言いました。


『太陽から見た月の事を俺が虹に写して伝えた方がいいと思うんだ。


月はその方が嬉しいんじゃないか?

だって、月は自分で近づく事は出来ないし、太陽から返事がくるんだから!』


太陽は優雅に応えます。


『そうね、私が直々に言葉を伝えるんだから。

次の夜明け前に、風に乗って私の近くに虹を作り来なさい、そしたら飛びっきり素敵に歌ってあげる』


雲も、聴いたことの無い太陽の歌声を想像して、楽しみになって喜んで返しました。


『分かった、また明日会おう、最高の歌聞かせてくれよ!』


太陽から離れると、オシャレ好きの風に向かって大声で言いました。


『オーイ、オーイ‼️風、聞いてくれよ、明日太陽の近くに俺を運ぶと、太陽が歌うんだ、聴きたくないか?』


風は忙しいと、大切な話を聞き逃すので、雲は今花ビラを舞上げるのに夢中な風と花ビラの間を縫うように、話します。


風は水面に映るキラキラした太陽の光を受けて、まるで自分が輝いたように雲に言いました。


『素敵、とってもよ。太陽がそんな事言うなんて!どうやってそんな約束ができたの?』


雲も楽しくなって、月との約束を話しました。


『まかせて、私も大活躍するわね、近くに虹も作って、太陽にも月の姿を見せてあげる。よぉし、頑張っちゃおう』


雲は準備が出来たとばかりに、太陽とさよならして、風と急いで月を待ちました。


================


やがて夕暮れになり、月が昇ってきました。


どうしたんだろ、雲が近付いてくる。


月は緊張して、ドキドキしました。


自分の歌は太陽に届いたのか、聴いて嫌な感じはしなかったか。


月は気になって、仕方がありません。


寄ってきた雲に、こう聞きました。


『雲さん、私の歌は太陽に届いたかな?』


雲は偉そうにどうだとばかりに言いました。


『ああ、勿論!俺に月の事を教えろって言うから、太陽から見た月を、俺が虹になって写すになった。


太陽が歌ったのを俺たちが月につたえるんだ、そのほうが嬉しくないか?


日の出に俺たちは虹を作る、月はハッキリ映るように、星を少し弱い光にしてくれよ。』


================


月は困ったように、なにも言わずに微笑みました。


本当に困りました。


だって、夜更けから流星群があるからです。


月は、考えて考えて


『雲さん、明後日に出来ないかな、今夜から星さん達が一斉に流れる大切なが続くんだ、誰から流れるか、さっき決まったばかりなんだよ。


あんなに嬉しそうに相談しているのも滅多にないんだ。


星はいっぱいいるから、話を纏めるのも大変だし。


雲さん、太陽に声を伝えてくれてありがとう。


太陽に、私が見えなくてごめんなさい。


って伝えてくれるかな。


雲さんも、せっかく太陽に見えるようにって言ってくれたのに、本当にごめんね。』


やがて月は、朧月になり光を消しました。


流れ星が競うように次々と流れ出します。


雲は怒って風に乗りました。


================


次の日の明け方、太陽は頑張って月を見ようと、じっと瞳を凝らしました。

しかし月を写し出すはずの虹はありません。


『…何も見え無いじゃない。』


誰に言うでもなく呟きました。


そこに、しょんぼりした様子の雲がきて云いました。


『太陽、今日の明け方に太陽が月を見て歌うってことも言ったんだ。


なのに、月のやつ、星たちが一斉に流れる大切な日だからって、自分から光を消したんだ。』


風が、水面にザワザワと不規則な波紋を作りながらハラハラして見ている中、雲は怒りながら言いました。


雲は太陽が好きですから、月が太陽の申し出を断るなんて思ってもみなかったのです。


話を聴いて、太陽が静かに言いました。


『月が言っているのは、流星群の事よ。


そんなにいつも流れるものではないの、だから自分から光を消したのよ。


ね、雲と風は消える前の月が見えていたでしょう。


虹にしたらまだ映せるかしら?


私の近くにいらっしゃい』


雲も風も、あっと気付いて急いで太陽に寄りました。


雨雲の後に、光が光と重なりあって美しい虹が出来ました。


その中に、ぼんやりと月が映りました。


困ったように微笑みを浮かべ、あの時に聴いた歌声と同じ優しい声でごめんね。


と、消えて行く月の姿を。


暗闇の中に消える瞬間、悲しみに微笑みを崩す月の表情も。


================


太陽は瞳を閉じて、その月の姿、優しい声と表情を瞳に焼き付けて、心に閉じ込めました。


太陽は薄々と気付いていました。


太陽の光にかき消されて、グラデーションの雲より遠く


月はいつでも、太陽からは見えないのです。


『風、雲。よく聴いて月に伝えなさい。

私の声を。』


太陽は、厳粛に堂々と伸びやかな声で歌い始めました。


『あなたはいつでも裏にいて


私はいつも表側


だけど、あなたは私の一番美しい姿を目にした


偶然でもきっと忘れられないでしょう。


同じように私もあなたの姿を虹ごしにでも視ることが出来た。


困ったような微笑みも、優しい声も、悲しそうに消える瞬間まで、あなたを心に焼き付けた。


雲や風はまだ生まれたばかり


小さな者達の囀りは、大人にとっては可愛いもの、些細な事よ忘れなさい。


あなたが覚えていいのは、ただ一人だけ。』


風も勿論、雲も太陽の歌声に、ほぅ


となりました。


それから、風が大騒ぎして突風で動物をびっくりさせ、雲は飛ばされないように、慌てて風から離れます。


『ん~っ。ねぇ、ねぇ。聴いた雲、太陽の声、歌声よ!


すっごく、響くのね。

低く高くどこまでも伸びたわ。


こんな綺麗な声聴いた事ないの‼️』


『ああ、聴いた。


はっきりな、この声聴いたら、月は太陽に会えなくても、嬉しいだろうな。


さあ、風、動物をびっくりさせていないで、月に教えてやろうぜ。


太陽の綺麗な歌声を。』


風も喜んで雲を運びます。


風は、うっとりと太陽の歌を思い出して、ふと思いました。


『ねぇ、雲。太陽は何であんなことを歌っていたのかしら?』


意味が分からずに雲が聞き返します。


『何でって何がだ?


太陽が俺たちを可愛いって言ってたことか?』


雲は、太陽が自分達の事をそう思っていた事が嬉しくて仕方ない、とばかりにくすぐったそうにかえします。


風は、そこじゃないの、と返します。


『月はいつでも裏側、太陽は表側。

って言ってたでしょ、...覚えていてなんて、まるでずうっと会えないみたいじゃない、何でかしら?』


風に言われて、雲も不思議に思います。


『そうだな…何でだろ。


とりあえず、月に聞けばわかるだろ、急ごうぜ。』


================


やがて夜になり、月が現れました。


いつもより、青く光り元気が無いように見える月に、雲が元気に声をかけます。


『月、俺たち太陽の歌を届けに来た。びっくりするぞ、凄かったんだ、よく聴けよ!』


雲から太陽の歌を聴いて、それからポツリと言いました。


『…ああ、あったかいな。』


雲が得意そうに、同意します。


『そうだろ、太陽は俺たちのことも可愛いんだ、他の奴も太陽は凄いって喜んで太陽を見つめるんだ!』


月が穏やかに応えます。


『うん、そうだね。……何もかもお見通しなのかな。

でも、違うことが一つだけあるよ。』


雲は何だろうと、聴いてみました。


『太陽は覚えていて、と言ったけどそれは出来ないよ。』


それを聴いていた風はまた水面に不規則な波紋を作りながら、すごくすごく怒りました。


『酷いわ!あんまりよ…な、何で。…何で、なんてこと言うの。


私たちの太陽の事が嫌いなら、はっきりそう言えば良かったじゃない!


今度、太陽にあったら、私たち何ていえばいいのよ、うう…。』


風はあまりのショックに最後は泣き出してしまいました。


月が慌てて、言葉を続けます。


『驚かせてごめんね、風さん。


私はいつも言葉が足りないね、太陽が嫌いじゃないんだ、そうじゃない、逆だよ。


覚えていることが出来ないと言ったのは、忘れたことが無いからなんだ。』


風は泣き止んで、月を視ました。


とても優しく微笑んでいます。


『風さん、私が太陽を見たのは明け方だった、空の全てを引き連れて優雅に現れた太陽に目が離せなかった。


今でも忘れない、心に焼き付けたんだ。


それに、最近私の話を聴いていた植物達が、土に残った日の暖かさと一緒に、昼間の太陽の様子を教えてくれるんだ。


私はこの子達の太陽の欠片を一つ一つ集めて、ずっと暖かい。


太陽はここに居ないし、声も聞こえない。


でもね、目を閉じるといつでもそこに太陽を感じる。


私は多分、太陽から見えない、でもいつでも側にいるんだよ。


分かるかい?』


================


風はまだ涙声でしたが、頷きました。


『雲さんもごめんね、びっくりしたでしょう?』


雲も涙声でしたが、はっきりと頷き月に抗議しました。


『びっくりしたんだからな、風が泣いちゃったじゃないか、月は本当に説明がヘタなんだな、いいか、今聴いたことは太陽に全部言ってやる。』


そうして、風を宥めながら雲達が去って行くのを最後まで見届けて


『風さん、雲さん。ありがとう…どうかとどきますように。』


月は自分に言い聞かせるように、そっと囁きました。


明け方、誰より早く風が雲を運んできました。


太陽は、風達の必死な様子に少し驚き、それから話を聴きました。


月が言葉足らずで風を泣かせてしまった事、植物達が昼間の様子を月に教えていること


そして、月は太陽に会うことができない事を知っていても、太陽の欠片を集めて、ずっと太陽を思っているということも。


太陽は全て聴くと、優しく応えました。


『私は月に心を動かされた、ずっと全てを照らすための存在だったから、知らなかった。


私の中に繊細な感情あること、自分だけの、切なさ、悲しみ、そして誰かを愛する喜び。


皆、月が教えてくれた、だから私の心に焼き付いたこの気持ちは、あなたが見えなくても、ここにいるわ。


ありがとう、風、雲。


そして、月。


二度と会えなくても、…愛しているわ。』


風も雲も、何だか恥ずかしくなって真っ赤になりました。


そう言うと太陽はいつもの調子で、悪戯っぽく云いました。


『私にここ迄言わせたのだから、本当に罪深いわ、草花達、月に伝えなさい。


…いつか滅びる時まで一生忘れてあげないわ。』


いきなり、太陽に云われた草花達はびっくりしながら頷きました。


太陽の裏側で月が輝いています。


いつか、滅びるその日まで、ずっと変わらない愛を心に刻んで。

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