黄金大根
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、おろしがねを使ったことあるかい?
うん、大根をはじめとした、いろいろなものをすりおろすのに使う道具だね。
おろしがねと聞いただけだと、人や家庭によって思い浮かべるものが違うと思う。私はほぼ平らな、板状になっているものを浮かべるのだけどね。
私が小さかった数十年前。実家に住んでいたときには、ときどき大根おろしが出された。父が特に大根おろし好きだったのが大きい。ナスに、魚に、ほうれん草に、あげもちに……和食であれば、なんにでも付けあわされた。
私は、大根そのものは好きだったけど、大根おろしになると、なぜか苦手になってしまってね。甘かろうと、辛かろうと、好きなものと一緒にぱぱっと口へ入れて、飲み込んでしまうのが常だった。
で、そのうち、あらかじめ覚悟を決めておきたくなって、夕飯どきになると、いったん台所へ下りていく。母親が大根とおろし金の用意をしているか、確認をするためだ。
あるかないかで、私にとってはまさに天国と地獄。帰りが遅くなって、戸の外にいるときから、おろす音が聞こえてくるときも最悪。
だが、それに注意を向けていたためか、少し特殊なおろしに出くわす機会もあってね。そのときの話、聞いてみないかい?
その日は、友達と自転車を駆って遊びに行き、夕方ごろに戻ってきた。
私の自転車は道路と玄関の間にある、庭と呼ぶのははばかられるほどの、小さな空間。砂利が敷いてあって、脇には小さな流しとガスのボンベが並んでいる。横へ回り込むと、少し歩いて勝手口。更にもう少し進むと裏庭へつながる細い道が、柵と家の壁の間に伸びているんだ。
その勝手口が開くと、母親がひょいと顔を出す。その手には葉っぱがついたままで、皮をむいた大根が、一本握られている。
「なんだ?」と思っていると、母は手に持った大根を、勝手口の戸にあらかじめくっつけておいたひもにくくって、吊るしてしまう。前々から、なんであのようなところに綱を取り付けているか疑問ではあったけど、尋ねてはいなかった。
切り干し大根とは、全然違う。
同じ戸外へ出すとしても、切り干し大根なら、前もって大根を刻んでおいて、ザルなりカゴなりに入れて干すはずだ。それももっと日差しの強い、昼間のうちから。
それが母の場合は、大根をまるごとなのだ。それも、日が暮れるまでもういくばくもない、この夕方の時間帯に、外へ出している。
どれほどの効果があるんだろうかと、私は大根のすぐ下まで来て、またガチャリと勝手口の戸が開いて、母が顔を出す。砂利を踏む音が聞こえたのかもしれない。
「その大根、触らないでもらえる。あまり時間を置かなくて済むだろうから」
母親の手には、葉っぱらしきものがあちこちについている。ちらりと見えた台所のまな板の上では、ほうれん草が刻まれているところだった。
母親の話すところによると、「黄金大根」を用意したいとのことだった。
黄金おろしは、日暮れ前の陽の光に照らされたとき、まれに大根の色が白から金を基調としたものに、染まることがあるという。
当たる夕陽の色で、染まったというものじゃない。もしうまく行ったのであれば、屋内へ引っ込めたとしても、大根の色が失われずにいるのだとか。
残念ながら、その日は黄金大根にお目にかかれることはなかった。陽が沈んでから回収した大根に、ひっついていたのは小さな羽虫だけ。母はそいつらを追っ払って、きれいに水洗いをした後、大根を輪切りに処す。
けんちん汁の具として放り込まれていく姿に、私はほっと安堵していたよ。
夕飯の後に、私は「黄金大根」について、もう少し母へ訊いてみる。
先に例にあげた切り干し大根の場合だと、陽に当てることで水分が飛び、縮合も起こることによって、栄養がぎゅっと絞られた形態となる。
対して黄金大根の場合は、大根が変化するというより、大根の表面を覆う「膜」が生じるイメージらしい。夕陽に当たることで形成されるその膜は、時間と共に急激に薄れていってしまうので、すぐに調理をすることが望ましいようだ。
中でも、大根おろしにしてしまうのが最適らしく、これまで母がおろしてきたダイコンのうち、半分以上が「黄金大根」のものだったとのことだ。
「黄金大根は、荒れしらず。胃腸をはじめとする内臓の壁を守ってくれてね。下痢や二日酔いに関しては、普通の大根よりずっと効果が高いんだ。
いわば身体の中の消毒薬。意識して作れないのが泣き所だけど、用意できるときには、みんなに食べてほしいよ」
それから私が黄金大根に出くわせたのは、甘み大根がそろそろ時期を終えようかという、春口のことだった。
その日に出された大根おろしの形は、みぞれ鍋。鍋の中央へてんこ盛りにされたその姿からは、かんきつ類の香りがかすかにしたんだ。たまにゆずを混ぜ込んだ形で出ることもあったが、今回はそれがない。
もしやと母の顔を見ると、口元がにんまりしている。いよいよ、黄金大根が用意できたということだろう。
苦手なものでも、箸をつけなくては注意される過程だったからね。いつもは醤油などで味をごまかし、好きなものと一緒に口へ運んでしまう大根おろしを、私は今回そのままでいただいた。
ぬるりとした舌触りに、かいだときの想像にたがわない、レモンに似た香りが鼻の裏へ広がる。のどを越していったあとは、舌の奥でかすかにパチパチと泡立つ感覚が、炭酸水のように残った。
奇妙な味だなあと思いつつ、もうひとくち、ふたくちと食べたけれど、急にお腹が張ってくる。手で触っても分かるほどポンポンに膨らんでいて、たまらずトイレへ駆け込んだ。もちろん、大きい方だった。
――黄金大根は、内臓を守るんじゃなかったのか?
私は愚痴りながら、最近購入されたばかりの水洗トイレに腰かけた。
さほどいきむことなく、ずるりと肛門を抜け出た感触。でも、便座の水底へ浮かんだものは想像と違う。
ピンポン玉のように、かさぶたを丸くまとめたような色合いで、それは沈んでいた。
ほどなく、その球のあちらこちらから、細長い糸をした生き物が何匹もはい出てきてね。便器の奥へと消えていったんだ。
その姿は当時、授業で聞いていたギョウチュウの姿にそっくりだった。私は以前、何度かギョウチュウの検査に引っかかってね。プールに入ったりするのを、一時期止められることがあったんだ。自覚症状がないだけに、プール好きな子供心に少しショックを受けたよ。
けれどもその年からはもう、ギョウチュウの検査で引っかかることはなくなった。いまとなっては、日本でギョウチュウ検査が行われることそのものが、減少している。
環境の改善が大きいという話だけど、私は黄金大根の効果もあったんじゃないかと、ひそかに思っている。事実、近年で同じことをしても、黄金大根を見られることは全然なくなったからね。
ひょっとしたら、ギョウチュウ対策の特効薬として、夕陽からもたらされたものだったのかもしれない。




