79話甲虫
「しかし、君は気がつかなかった…。」
北城の台詞が胸にグッサリと刺さる。
それを言われると、ぐうの音も出ない。
「すまん。」
小さくボヤき、北城のクールなどや顔に閉口する。
「が、みんな、変だと思っていたぞ。そうだ!秋吉は…。」
と、ここで私は、言葉を失った。
そう、秋吉は音無不比等を疑ったのだ。
軽いめまいがした。
前に、作家、音無不比等の怪しげなオーディションで弄ばれた秋吉。
怪しげなカクテルで、からだの自由を奪われ、そうして音無は…秋吉の口に、グロテスクなカプセルを飲まそうとしたらしい。
謎のネット作家・音無が、私の友人北城だとしたら…。
私は、自然と険しい顔になる。
聞いていた音無のイメージに北城は、ピタリとはまるのだ。
「北城…お前が、音無不比等なのか?」
なんだか、二時間ドラマの刑事のような芝居がかった口調になる。
北城は、私の顔を薄ら笑いを浮かべて見つめていた。
バカにしているわけではない。
この顔をする時、奴は、物凄く頭を使っている時なのだ。
「どうして、そう思った?」
北城は、実験体に問いかけるような目で私を見る。
「秋吉がそう言ってた。
正確に言うと、私は、音無不比等と言う人物にあった事はない。」
私は素直に答えた。
北城は、少し考えてから、穏やかな顔になる。
「結論から言うと、私は、音無不比等ではない。
彼の作品を知らないが、私の文章は小説向きではない。」
北城の台詞に私は、深くなっとくした。
そう、コイツは、顔もまずまずで頭も良かったが、口が悪くて、女の子と付き合った事がない。
告白をされても、1日奴と付き合える女の子はいなかったのだ。
読者に夢を見せるなんて…恋愛サスペンスなんて、書くどころか、設定すら難しいに違いない。
「確かに、そうだな。」
私は脱帽した。
「わかれば良い。」
と、少し不愉快そうに北城は言って、軽く息を吐いてから続けた。
「秋吉くんが何を思おうと、面識がないから気にしなくて良い。
私の正体は、長山くんも理解している。知られていけないのは、あくまで若葉 溶生一人に対してだ。」
北城は淡々と語る。
「じゃあ、人がいない時は北城、と、呼んで構わないな。」
私は、学生時代を懐かしく思い出した。
北城は、目を少し細めて同意した。
「じゃあ、まずは、尊徳先生の資料を探させてもらうよ。
あと、20分くらいで書斎に帰らないといけないから、急ぐんだ。
ところで、お前、『スカラベ』を知ってるか?」
私は、長山に頼まれていた例の…イシスのスカラベを思い出して聞いてみた。
北城は、質問の意味を値踏みしながら、
「スカラベ…コガネムシ科の甲虫だ。」
と、言った。