74話疑惑
夕闇が迫り、レイの瞳のほの明るさに意識が向かう。
これは人ではない。
柔らかい白目の光が、私を警戒させる。
本当に、コレが昼間に出会ったレイだと言うのだろうか?
白昼に舞うオオミズアオ。自然界では有り得ない幻想的な世界。
緑がかった白く美しい翅を広げて微笑む軽やかな姿を、私は、目の前のレイから見つけることが出来なかった。
「そうね、漂う…と、言った方があっているかもしれないわ。
私…この池に沈められたの。水中の虫が私の体を貪ったわ。そうして、精霊になったのよ。」
ふと、池のレイの台詞を思い出した。
あの時、7年前に池に来たとか、おかしな話をしていた気がする。
いや、待て、その前に、もっと、根本的な間違いを忘れている気がする。
私は頭を働かせた。
それは、何か、言い知れない恐怖に急かされるような感じがした。
秋吉を見て、そのモヤモヤの原因にたどり着く、
そう、池で秋吉がこう私に言ったんだ。
「それ、7年前に若葉さんと騒がれた女性です。
あの騒ぎで事務所を解雇され、芸能活動を辞めたって…。若葉さんの前では、そんな冗談、言わないでくださいよ。」と。
つまり、7年前に芸能活動していた女優だって、秋吉が言ってたのだ!
それが、夕方にはロボになったなんて、童話でもあるまいし。
段々、腹だだしくなってきて、秋吉を睨んでしまう。
秋吉は、何か、私の顔に危機を感じて愛想笑いを浮かべて、私から距離をとろうと後ろへ下がる、が、私の方が距離を縮めて秋吉をレイから離れた場所へと押して行く。
壁に当たる。その辺りで、人のようにレイに気遣いをしている自分に気がついて苦笑する。
「嫌だなぁ。池上さん、壁どんなんて。」
秋吉が笑いながら意味不明の台詞を吐いていたが、頬が緊張で引きつっているのが見てとれる。
「昼間の話だ。お前、草柳レイは、若葉さんと噂があったNG女優だって、そう言ったよな?」
私の質問に、秋吉は少し安心したように目を細める。
壁どんとか言いながら、私より長身の秋吉が上から私を見つめる形になるので、なんだか、バカにされたようで腹が立つ。
容姿端麗、健康的で、社交的。
私に無いものを全て持っている笑顔をみると、なんだか、よくわからない怒りを感じる。と、同時に、憎めない自分の気持ちを自覚する。
「ああ、その事なら…」
と、秋吉が口を開くタイミングで明かりがついた。
「な、何してるんですかっ?」
長山の責めるような声が応接間に響いた。