70話魚殺し
フィエステリア
魚殺しと呼ばれたバイオハザード レベル3に指定された藻類である。
この生物は、5億年前には既に生存したと考えられており、平常時はシストと呼ばれる休眠状態で泥の中に沈んでいる。
が、ひとたび、獲物を確認すると殻を破り、変幻自裁で獰猛な姿に変態をし、獲物に襲いかかる。
「フィエステリア…?」
秋吉は、怪訝そうにスマホを検索する。
無理もない、私も、彼らの存在を世紀末に忘れてきていた。
フィエステリアは、無害な藻類のように見せながら、生物の生き血をすする、特撮映画のクリーチャーのような渦鞭毛藻なのだ。
「ああ、90年代にノースカロライナ辺りで怪現象をおこし噂になっていたが、1996年バークホルダー博士によってフィエステリアと名付けられた。
マスコミが、この生物を取り上げると、全米はパニックになった…なんて聞いたな。」
私は遠い昔の記憶を呼び起こすように目を細めた。
フィエステリア…これが関係あるとしたら、なかなか興味深いな、と心が躍る。
雅徳さんは、一体、何を見つけたのだろうか?
そして、溶生さんの症状にも気がゆく。
フィエステリアは、敵が近づくと神経毒を発して、それは水面から霧状に拡散する。
この毒は、人間にも有効で、皮膚に付着すれば湿疹が出来たり、頭痛がおきる。そして、短期の記憶障害……。
私は、ぼんやりと自分の周りでおこった事を思い出して、なんとも言えない不安のような黒い感情が込み上げて来るのを感じた。
若葉雅苗は、生物学者だ。
私など、足元にも及ばない有能な…サラブレッドだ。
そんな彼女が、フィエステリアをモルゲロン病などと表現したりしない。
フィエステリアの存在は、1996年には既に知られていたのだ。
モルゲロン病は、それから10年後の2005年になって騒がれたのだ。
それに、フィエステリアは、人間には寄生しないのだ。
仮に、溶生さんが神経毒を浴びたとしても、一年ほどで回復する。
モルゲロン病…寄生虫が原因と思われる、謎の病だ。
現在では、精神面の問題で引き起こされると考えられているが、雅苗さんは何を考えていたのだろう?
「ああっ、もう、また、考え事ですか?
今日はおかしいですよ、池上さん。俺の腕をつかんで変なことを言い出すし。」
秋吉に文句を言われてハッとする。
「すまん。」
「謝るなら、まずは食事です。」
秋吉がそう言ってコーヒーを入れてくれた。
「ありがとう。確かに、私は、混乱していたよ。秋吉、君が女に…草柳レイに見えたんだからね。」
私は、少し気が弱くなる。秋吉は、顔は女のような優しげな感じだが、体つきは私より一回りは大きく、身長もある。
どうして、華奢な草柳レイと間違えたのだろう?
やはり、私は、何かの毒にやられているのだろうか?
暗い気持ちを抱える私に、秋吉は、何か、楽しいことを思い出したように軽く笑い、そして、私をからかうようにこう言った。
「そうだ、草柳レイさん、今晩、俺と共演でしたよ。」
え?と、驚いて秋吉をみたが、秋吉が見せてくれたスマホの動画に、私は言葉を失うほど驚いた。
そこに写し出された草柳レイは、本物そっくりの人形だったのだ。
リアルドール…そんな風に呼ばれているらしい。