69話ピシシーダ
暗くなり始めた部屋の中で、秋吉の明るい笑い声が不気味に響く。
私は、なすすべもなくそれを見つめた。
「落ち着いたか?」
どうしたって不機嫌丸出しにそう聞いた。
「はい…すいません。」
秋吉は、私の機嫌を考えて少し気を使うように言った。
私は、ソファに座り直し、ばつの悪さを隠すようにぶっきらぼうに謝った。
「悪かった。少し、熱中症が残っていたらしい。」
「そのようですね。俺が、草柳さんに見えるなんて…。」
と、秋吉は再び笑った。
私は、もう、秋吉を無視する事にした。
温かいコーヒーを口にする。じんわりと体が汗で湿り気を帯びる。
クーラーの風が、その熱と混乱を私の体から奪って行く。頭が、静かに一点に集中を始める。
時代の新秩序…。
1ドル札の陰謀論は、秋吉の戯れ言だ。
雅徳さんは、ガイア理論の秩序…と、言いたかったに違いない。
だとしたら、それは、ウイルスや細菌についてに違いない。
20世紀末、突然、人類の元に姿をあらわしたのは、エイズ、エボラ、耐性菌達だ。
これらは、ペニシリンの最強伝説を…近代医療の効力を脅かした。
雅苗さんは、何か、父親の研究を受け継いだに違いない。
「池上さん、すいません。そんなに怒らないでくださいよ。」
ぼんやりと秋吉の声がして、前を見ると心配そうな秋吉が立っていた。
「マジ、大丈夫ですか?俺、長山さん、呼んできましょうか?」
え(°∇°;)。
私は、驚いて首を降って正気にもどる。
「い、いや、すまん、少し、考え事をしていたんだ。雅徳さんと溶生さんの病気について。
だから、心配要らない。」
私は、本気で長山に連絡しそうな秋吉を止める。
こんなところに私の代わりは居ないし、私は、しっかり自己管理が出来る人物だ。
少しばかり、すっとぼけた事をしても、しっかり仕事は片付ける男なんだ。
私の熱意と眼光に、秋吉は、長山への連絡を思い止まった。
それから、自分のスマホを少し操作して、私に笑いかけた。
「北宮雅徳さんと若葉溶生さん、1995年に1度接触があった見たいですよ。」
「えっ?」
「ほら、この頃、アメリカのSFミステリーのドラマが流行ったじゃないですか?」
秋吉は、もどかしそうに、FBIに扮した男女が銃を構える画像をみせる。
「ああ…あったなぁ。」
私は、当時、流行っていたドラマを思い出していた。
「ええ、それで、未確認生物について、会談したみたいですよ。」
秋吉の言葉が、前頭葉に響いた。
「それ、もしかして、パムリコ湾じゃないか?」
私の頭に地図が見えた。
そう、ノースカロライナの上に、バージニア州がある。
「え?」
「だから、ノースカロライナ州の海辺だよ。」
私は、興奮で声が荒らぶるのを感じて口を閉じる。
「はい、確かに、そうみたいです。」
秋吉が驚いたような返事をする。
やった、なんか、わかってきた気がする。
雅苗さんの調べていたものが。
「フィエステリア・ピシシーダだ。」
私は、呻くようにそう言った。