65話 雅徳
「ああ、肉食の蚕なんて存在しない。私は遺伝子組み換えについて、思い出していた。」
心配そうに私を見る秋吉にそう答えた。
「遺伝子組み換え…ですか。」
秋吉は、良く分からないと問うように私を見た。
「ああ。確か、雅苗さんのお父さんも遺伝子組み換えを研究していたはずなんだ。」
私は秋吉の気をそらせるように、自分が気になっていた雅徳さんの話に寄せる。
「確か、雅徳さんでしたね?」
「ああ…知ってるのか?」
私は雅徳さんの名前が秋吉の口から飛び出したことに驚いた。
「ええ、一応、MCですからね、ざっと北宮家の人についてはチェックしてますよ。」
と笑う秋吉に、私の知らない職人の彼を見た。
秋吉は、私の顔を見てとても嬉しそうに笑った。
それから、スマートフォンを操作して北宮雅徳さんのプロフィールを見せてくれた。
北宮雅徳。
1950年生まれ。北宮尊徳の長男として生まれる。
1970年にアメリカの大学に留学。頭脳は明晰で特に、昆虫や細菌を主にした生物学の分野で成績を残し、アメリカには、淡水の水棲生物について学ぶ。
この頃、世界中の大学は、政府と闘う…学生運動の激しい波に飲まれていた。
日本では、安保闘争。
アメリカでは、ベトナム戦争に反対するスチューデント・パワーと言う活動が盛り上がっていた。
この時代、どの国も先行きが見えずに混乱をしていた。
それは、人間だけではなく、小さな水棲生物にも言えることだった。
砂漠では原子爆弾の研究がされ、川では工業廃棄物が流された。
それらは、かつて、生物が見たことの無い新しい物質を産み出し、垂れ流す。
川から生物が死に絶え、野原から奇形の虫や両生類が発見されるようになった。
人の長距離移動により、爆発的に流行したコレラなどの感染を上下水道から考えた尊徳先生だが、息子は、工業廃棄物などの影響を遺伝子レベルで上下水道に見ることになる。
そんな関係から、遺伝子に興味を持ち、1972年のバーグの発見を聞くと、雅徳さんは、遺伝子組み換えの研究にのめり込んで行くようになる。