5 話 モーニング*
平日の朝ではあるがファミレスは随分と人が集っていた。
明るい黄色の壁紙に洒落た写真が飾られる店内には様々な年齢層の人達が溢れ、
ドアの前で待っていた我々は速やかに席へと案内された。
穏やかな日陰の角席に案内されて座ると、
私は物珍しそうに渡されたモーニングメニューを見つめた。
気恥ずかしくなるような可愛しいメニューが並ぶ。
秋吉のからかうような視線は気になるが、それがなんだと言うのだ。
思えば、随分とファミレスなどには来ていない。
私のファミレスの一番新しい記憶の中の光景は、
可愛らしいウエートレスさんがコーヒーを配りに来てくれるもので、
ドリンクバーでセルフでジュースやら、何やら、
こんなに沢山の種類が楽しめるものでは無かった。
朝だからなのか、店内に流れる音楽も穏やかなもので、
若い頃の記憶にある、DJの騒がしいBGMの記憶を思い出して歳を感じさせた。
「どうしたんですか?まるで、初めてファミレスを見たような顔をしてますよ。」
パンケーキのモーニングを注文した私を秋吉がからかった。
「まあ、似たようなものだよ。ファミレスなんて、随分と縁がなかったし。
こんな可愛らしい朝食が食べられるなんて浦島太郎になった気分だよ。」
私は注文したモーニングのメニューを見ながら正直に感想をのべた。
「そうですね、私の学生時代と比べても、
メニューも随分と増えて変わったなって思いますから。」
長山が穏やかにフォローしてくれた。
長山さんは何歳くらいなのだろう?
手際よくやってきたパンケーキにナイフを入れながら長山を盗み見た。
秋吉より年上で、それでも、30代全般というところだろうか?
最近、あてにはならないが、エンゲージリングをしてないし、独身だろう。
「で、長山さん、今回の仕事の確認お願いできますか?」
秋吉は、私をからかい損なって少しつまらなそうに長山を見る。
長山は、穏やかな微笑みを浮かべて鞄からタブレットを取り出した。
私は今日のテレビ局だと思っていたのだが、
長山はその下請けの番組の製作会社の人物で、テレビと言っても、地上波ではなく インターネットの番組らしかった。
この辺りは、あまりよく理解できなかったが、
別段、私の仕事には支障がないようなので軽く聞き流す。
とりあえず、これから撮影現場になる屋敷に向かい、秋吉達が夜通し怪談をするのを見守るのが私の役割のようだった。
あまり、昆虫の知識は必要ないよな?
少し不可解に思っていると長山がそれについて説明してくれた。
「ああ、今回、別件で専門家の、池上さんに仕事を頼みたいのです。
雑用がメインになるようで頼むのは申し訳ないのですが…。」
30代の、穏やかな性格の長山は申し訳なさそうに私に苦笑した。
が、私の方は、その説明を聞いて逆に安心した。
なぜ、無名の私のような人間が呼ばれたのか正直、合点がいかなかったのだ。
オファーは社長から直接電話で受けた。この仕事は私を指定されたものだと。
テレビはもとより、企業から名指しされる様な人物では私はない。
思い当たると言ったら秋吉だが、秋吉はそんな話は一度もしなかった。
しかし、メインが雑用なら納得がいく。
簡単な雑用なら気心の知れた人物をと秋吉あたりが私を推してくれたのだろう。
「とんでもないです。指名して頂いて、ありがとうございます。
でも、専門家と言っても立派な肩書きもありませんし、昆虫関係でも主に害虫が専門でして、前職の関係で毒物関係の資格は持ってはいますが、
これといってテレビの撮影に関係のありそうなスキルはないので心配です。」
私は少し顔が赤くなるのを感じた。
「謙遜しなくても、池上さんの名前は私も知っていましたよ。
近所の方もお世話になったと言っていました。
今回の仕事は、 実は、少し複雑な事情がありまして、
詳しいことは車内で説明しますが、少し、頼みたいこともあるんです。」
長山は少し困ったような、私を試すような視線を向けて言う。
なんだろう?
私は、不気味な遺品の整理とか、怪しい倉の片付けなどを思い浮かべた。
それとも、蜂の巣などの害虫駆除だろうか?
昔、テレビで見た、芸人さんがスズメバチの駆除をする番組を思い出した。
普通はあり得ないが今回は時給も通常の2倍で、テレビと言われると、
信じられない事を頼まれる事も想定しておいた方が良いだろうか?
長山さんが私を知ってるとは、虫の同好会の信州のメンバーだろうか?
私はパンケーキにシロップをかけながら秋吉と長山を見た。
明るく話す秋吉の姿に太陽神アポロンを思い浮かべる。
集荷の派遣の時もイケメンオーラがダダ漏れしていたが、俳優の仕事の彼は天界に戻った神のごとく魅力的に見えた。
ここが本来の秋吉の居場所なんだと思った。
どんな仕事であれ、日雇い派遣を卒業した秋吉の為にもやるしかないか。
私はコーヒーのおかわりを取りに席をたった。
席に戻ると、長山と秋吉が真面目な顔で仕事の打ち合わせをしていた。
私は静かに席につくと、彼らの話に耳を傾ける。
「でも…あんな事件があった場所で、百物語なんて…。」
秋吉は冗談目かして長山を見つめる。が、笑いを浮かべようと歪めた唇に不自然さを私は見つけてしまう。 どうも、この仕事に秋吉は不安があるようだ。
私は、苦手な仕事が当たったときの秋吉の顔を思い出す。
それにしても…百物語とは…なんだろう?
私はコーヒーを飲みながら聞いていいのか悪いのかを思案する。
現場の場所と長山たちの雰囲気に、ふと、雅苗さんを連想した。
彼女の実家もこの辺りである。
いかん!私は考えるのをやめる。
番組製作と言う特殊な仕事のため守秘義務について再度確認と事前に書類にサインを提出させられていた。
日雇い派遣として、様々な会社に出入りする性質上、知り得た事柄には守秘義務が当たり前だ。
特に、情報がウリの放送業界なら尚更だろう。
知らない方が精神的に楽だし、この「て」の職種の担当者は聞きたがりを嫌う者も少なくはない。
藪をつついて嫌われたくはない。今のご時世、未来の雇い主は多くても困ることはない。
私はあくまでも扱いやすい雑用。それが役どころなのだ。
無駄な好奇心など捨ててここは知らんふりに限るのだ。
長山は秋吉を見つめて苦笑する。
「まあ、確かにね。でも、これは当人の持ってきた企画だから。
こちらは、上が決めた企画をこなすのが仕事だからね。
まあ…秋吉くんは役者だから、イメージとか気になるよね?
でも、大丈夫、選んだ怪談も、構成もいい雰囲気になってるし、
それに、これは……、北宮家の人からも頼まれた話なんだ。」
長山は悲しい事を思い出したように少し難しい顔をした。
北宮…
私はその名字に朝の不思議な夢を思い出していた。
北宮きたみや雅苗かなえ…。
もしや、それは………
私の心臓が16ビートで踊りだす。