52話 整理
はぁ。
落ち着くようになると、なんだか、不機嫌な顔を作ってしまう自分を感じながら立ち上がった。
まだ、何となく腹の辺りに違和感があるが、私は涙を拭いて本棚を見た。
時給2500円+残業代+深夜割増。
これらをオカルト理論で、なんの成果も見せずに貰えるわけはない。
なんだか、テレビやら、事件やら、芸能人に会って浮かれてしまっていた。
が、私はホームズでもワトソンでもない。
私は日雇い派遣員だ。
名推理が出来なくても生きて行ける。がっ、
簡単なファイリングすら出来なくては、評価が下がる。
とにかく、長山に説明できる仕事はしなくては。
私は、急に正気に戻って、壁に埋め込まれた本棚を整理することにした。
壁一面に広がる本棚は、丁度良く真ん中で別れている。
とりあえず、深く考えずに右側に書籍を左側に私的なファイルに入れ換えて行く。
元に戻せるように、スマホのカメラで現状を撮影し、何も考えずに棚の中身を移動させる。
書籍は、古本屋に任せればいい。
研究ファイルについては、データー類は引き継いでくれそうな団体や個人にアテがあるものを床側に、
親族の思い出に関するものは、目線のあたり、
マニアックな物は、天井側の本棚に詰め込んで行く。
ある程度、整理ができた時点で、私は少し冷静な気持ちになれた。
レポート用紙に目録を作り、私が声をかけられそうな団体やら、ファイルの内容などを分かりやすくまとめて行く。
そんな事をしながら、古びてはいるが、座りやすい安楽椅子に腰をかけていると、なんだか、シャーロック・ホームズの『赤毛連盟』を思い出した。
この話の依頼人、赤毛のウィルスンの不思議な経験を思い出す。
彼は、赤毛連盟から百科事典を書き写すように依頼される。
ネタバレするが、実は、この仕事は、ウィルスンのやる仕事が大事なのではなく、
ウィルスンを家から追い出すために作られた仕事なのだ。
私は、この2500円+深夜割り増しのファイリング作業に、同じ匂いを感じた。
私は、長山達に現場を追い出されたのではないだろうか?
彼らが本気で私に探偵のスキルを求めていたとは思えない。
目録を書く手を止めずに、そんな事を考えていると、ふと、本棚が気になり始めた。
それは、壁に作りつけられた特注品で、随分と古い感じかした。
本が並んでいると、それほど違和感はないのだが、本のない棚の背面が、見事な寄せ木細工の模様になっている。
さすが信州の金持ちだけはある。
などと、馬鹿げた気持ちが落ち着くと、何の気なしに本棚に近づいた。
そして、左側の元は子供用の古い小説が並んでいた棚に目をやった。
底面の木材が、他より劣化が激しい。
本の出し入れを頻繁にしていた様だ。
私は、直感のおもむくままに並べたファイルを一度どかし、しばらく、美しい幾何学模様の背面を見つめていた。
寄せ木細工の、からくり箱なんて、昔、貰ったことがあったな。
私は、背面を撫でながら、ぼんやり考えた。
そして、私の人差し指が当たりをひいた。
カタン。
軽い音と共にピースが一つとれ、整然と並んでいた幾何学模様の背面のピースが自由を取り戻し、私の指に踊らされる。
ああ、私は、暇潰しにパスルをする事が、高時給に繋がった事に苦笑する。
履歴書の趣味の欄、次はパズルを付け加えよう。
私は、ドキドキした気持ちで、解錠し、蓋に姿を変えた背面を両手でゆっくりと引っ張った。