44話 提案
7年とは、失踪宣告が出来るのだから、そこに合わせたように、この大輪の花と区切りをつけると言うのは、悪い事では無いと思った。が、それと同時に違和感も沸いてくる。
長山は、雅苗が死んだと思っているのだろうか?
「本当にそれでいいんですか?」
私は思わず聞いた。
身内や友人が決めたことに、私がとやかく言う権利などない。
雅苗への愛情は、このショクダイオオコンニャクが表しているじゃないか。
この巨大な蒟蒻の蕾をここまでにするのには、並大抵ではなかったろう。
でも、私には虫葬なんて口にする長山への違和感がぬぐえなかった。
「仕方、ありません。夫である若葉溶生さんの発案ですから。」
長山は作り出した無表情でそう言った。
あまり、気がのらなかったのだろうな。
私は、長山の横顔に働く男をみた。
「それに、企画の百物語。実は、若葉さんの方から言い出したんですよ。」
長山は豪快にそそり立つ死人花を気味悪そうに見つめた。
「自分から……ですか。」
私は、溶生の気持ちが分からずにおうむ返しに呟いた。
「ええ。何の脈絡もなく突然に。若葉溶生は、
7年前、あの事件から、まるで憑き物が落ちたように曲が書けなくなったそうです。
それで、奥さんの資産で食いつなぐ事になってしまい、やる気も生きる気力も無くなったとか関係者の中では噂になってました。
知り合いの音楽関係者によると、もう、廃人同然で、ギターどころかメールを打つのも出来ない状態まで行ったとか。
それは現在、当人に会ってみると嘘っぽいですが…
でも、不思議ですよね。
財産目当ての結婚と言われパラサイトなんて影口たたかれて溶男さん、それから逃げようとあがいていたのに、雅苗さんが失踪した途端、奥さんの財産のパラサイトになるなんて。」
長山は手を止めることなく機材を調整している。
私は、なんとなくいたたまれなくなり、周りの草をむしったり撮影しやすく辺りを掃除をはじめた。
正直、人間のドロドロした話は好きでは無いし、何より、この温室は北宮家の、尊徳先生の愛した温室なのだ。
気をつけて辺りを見渡せば、そこには小さな生き物の世界が広がっている。
花壇の端の石の境を列を乱さず歩くアリや、小さな蜂、蜘蛛などが住んでいるのが分かる。
私は、孫娘の雅苗とこの温室の何気ない生き物を愛でる尊徳先生を想像して嬉しくなった。
「でも、半年前辺りから、溶生さん、雅苗さんの夢を見るようになって、
また、曲が書けるようになったらしいです。
まあ、それでも、7年もブランクがあれば、ろくな作品には仕上がりませんがね、普通。
アニメ『シルク』の為に作ったと、若葉溶生が自ら持ってきた曲を聞いて、制作者は驚いたそうですよ。
正直、最近の深夜アニメと来たら、クオリティより低予算を優先させられますからね、
話題作りくらいのノリで溶生さんに曲を送れと言ったみたいですよ。監督は。
でも、送られてきたサンプルの音楽ファイルを開けて、その音を聴いた途端、スタッフは鳥肌がたったとか…。聞いてみますか?」
長山はそう言って、スマホから曲を再生した。
それは、アコースティックギターのラテン風の物悲しい曲だった。
随分とイメージが変わっていたが、それでも、すぐに気がついた。
それは、私の好きな『輪廻円舞曲』をアレンジしたもので、新しい歌詞になっていた。