40話 ゴルゴン
北川は、硬直する溶生の体に触れる。
「なんて美しい…そうは思いませんか?あなた。」
あなた?北川の呼び方に違和感を感じた。
が、私は、金縛りになったように体が動かない。
北川の雰囲気が変わった気がした。
少し、寒気がする。
北川らしき人物は、硬直したように動かない溶生を、まるで、プレゼントのロボットのオモチャでも見つめるような笑顔を浮かべて大切そうに溶生の頬に触れる。
「素晴らしい……7年も経過したとは思えない…北宮くんは芸術家だよ。全く。」
北川らしき人物は、ウエストポーチから判子ケースのような開閉式の小さなケースを取り出すと、溶生の口や鼻に医療用の綿棒を何度か突き刺し、瞼をこじ開け、そこも丁寧になでまわした。
サンプル採取?
視線が動かせるのを自覚しながら、北川らしき人物の作業を見つめる。
7年…とは、どういう事だろう?
私は、このシュールな世界で北川らしき人物の行動を冷静に考えていた。
彼は、生物学、医学の様なものに携わっているのではないかと直感した。
北宮君とは、7年と言うのだから、雅苗の事で、旧姓を使うことから、昔からの知り合いだろうか?
しかし、失踪したのは、溶生ではなく、雅苗の方だ。
それは、おかしい。
そこまで考えて、湿った土の香りを強く感じ、眠気が襲う。
微かに北川…声がする。ゴルゴン…彼はそう言った。
ゴルゴン…それがギリシア神話であれば、メデューサの3姉妹の事だ。
メデューサ?
私は、最近、このワードを目にした気がする。なんだろう?
一瞬、心臓が激しくなるような…前頭葉が光に満ちるような感覚が体を駆け巡る。が、次の瞬間、まるで、ブレーカーが落ちるように意識が遠くなる気がした。
「この人は…まだ駄目だよ。私の友人の大事な親友なんだから。」
低い…艶かしい男声がして、私は口に平べったいラムネのようなモノを含まされた。
それは、ローズマリーの香りがした。