39話 賞賛
いかん、集中だ。
私は気を取り直し、溶生を背中に背負ってベルトで固定し、ロープを伝いながら泳ぐとも歩くとも言えないような感じで陸地を目指した。
距離はそれほどでは無いが、精神的には遠く感じた。
人は動かなくなると、重くなるとは言うが、水の浮力のせいか、軽く感じた。
溶生の状態が不自然であるのは本当だが、私は歯を食いしばって考えないようにした。
長靴に水が入って気持ち悪いし、こんな時に限って、子泣きジジイの妖怪談を思い出してくる。
軍手はグチャグチャで、こっちが泣きたくなってくるが、そんな考えは振り払う。
振り払う度に再生するが、無視をして陸を目指す。
多分、10分も過ぎてないと思うが、一時間近くこんな事をしている気持ちになった。
が、何とか水のない陸地に上がると、耐えられなくなってマスクと保護眼鏡を外した。
汗と水が体を濡らし、気持ち悪く感じたが、そんな事を気にしてはいられない。
冷たく固い溶生の体を暖めるためには、彼を背負って私が写真を写した高いところへ向かわねばならなかった。
水から上がると、衣服と溶生が下に向かって絡み、私を不機嫌にする。
気合いをいれて溶生の左腕を背中に抱えて持ち上げた。
息が荒くなる。
そして、想像以上に体が重く感じた。
私は歩き、それでも溶生を安定した地面に寝かせる事に成功した。
「どうしましたか?」
心配そうに北川が私の方へと歩いてくる。
私は、北川の顔を見て安心をし、次の瞬間、何か、予言めいた直感に彼に向かって叫んでいた。
「こちらへ来てはいけない。」と。
そこからの記憶は曖昧だ。
何故なら、私は、その後気を失うからだ。
北川は、私の言葉の意味が理解できなかったようで私の近くへ来てしまっていた。
北川に顔を触られた気がした。
「素晴らしい。本当に……こんな素晴らしいモノが存在するなんて……。」
北川の言葉の意味は良く分からなかった。




