37話 完全装備
我々はしばらく温室の整備をし、20分は経過したところで、私は長山が心配になってきた。
北川は、テキパキとカメラのセッティングをしている。
なんだか、パソコンも扱って、北川は手慣れているのが不思議に感じた。
「草むしりと整理は終わりましたよ。」
と、私は北川に声をかける。
「そうですか。」
と、北川は私に笑顔を向けて時計を見た。
「20分は経過しましたし、地下室にいきましょうか?」
北川の問いかけに嬉しくなる。が、その気持ちを押さえる。
長山が来ない事が気になった。
10分たっても来ないようなら、部屋へ戻ってください。
長山の言葉が耳に残る。
20分経過しても来ない時は…どうしたらいいのだろうか?
「すいません、私、長山さんが心配なので池にいってみます。」
私はジャンパーを羽織った。
もうすぐ5時になるが、日はまだ高い。
心配するような場所では無かったが、怪しい伝説も気になった。
「それでは私もいきましょう。」
北川が穏やかにそう言った。
我々は、軽く装備をして池へと向かう。忌避材やカメラ、手袋、ロープ、鉈等をリュックに詰める。
近くの池とはいえ、人が二人も消えるとなると用心はするに越したことはない。
北川は、私の慎重さを少し困り顔で見てはいたが、文句は言わなかった。
7年前、人が一人、この場所で消えたのだ。
最悪をいくつか考える。
一般の人は、淡水の池や湖、川を海より軽く考えがちだが、淡水には、多用な水棲生物、植物、細菌がいる。
雨季の砂漠が一瞬で花畑に変わるように、
池が突然できるとしたら…まあ、そこまで行かなくとも、地面の水分が増えるとしたら、菌類…キノコなどの繁殖が考えられる。
スエヒロタケなどは、希ではあるが、人間の肺に寄生する。
スエヒロダケなら、何とか対処が出来るとして、この林には、新種の何かが潜んでいるかもしれない。
夕暮れが近くなり、キノコが胞子を飛ばしていたのかもしれない。
ふと、雅苗のしおりを思い出した。
素数ゼミ…素数の年に大量繁殖するセミの事だが、7年にこだわるのは、セミだけではあるまい。
事実、ショクダイオオコンニャクは、7年たった現在、大輪の花を開こうとしていた。
それは甲虫…なのだろうか?
不謹慎に胸が踊る。
長山の黄金虫の話が頭をめぐった。
新種の…スカラベ…尊徳先生のスカラベを生きた姿で見ることが出来るかもしれない。
私の歩みが早くなる。が、池よりずいぶん手前で、私は、マスクと保護眼鏡をした上で、ロープを腰のベルトに装着した。
「すいませんが、10分経過して戻らなかったら、消防署に連絡して頂けますか?」
北川は私の完全装備に、何か言いたげな顔をしていたが、黙ってロープの端を持ち、スマホのタイマーをセットする。
「カメラ、いりますか?」北川はポケットからカメラを取り出した。
「え?」
「記録になりますし、これ、ズーム機能が凄いんです。短時間でも、広範囲の情報が集められると思いますよ。」
北川の顔を見て、私は混乱しながら頷いた。
完全装備の私をバカにしているのか、受け入れているのか…よくわからない。
それでも、私はカメラを受け取って池へと向かう。