36話 資料
何か、予感めいた直感を『虫が知らせる』というが、私の第六感も池の伝説に虫だ、と叫んでいる。
本当に、突然現れる池があるなら、その池の環境に適応した植物や昆虫もいるに違いない。
人が消えるのは、補食されている可能性がある。
昆虫は、一匹は確かに小さな存在ではあるが、例えばスズメバチに刺されたら、大人でも死に至る事もある。
最近ではマダニや蚊などのウイルスの運び屋、
セアカゴケグモ、ヒアリなどの外来種がいる。
外来種の驚異は、現在いまでこそ認識されているが、大正時代の人々の意識や認識は低かったはずだ。
いや、日本の生物ですら、まだまだ、整理されてなく、下手をすれば、現在は絶滅した新種がいたかもしれない。
「北宮尊徳氏の…資料ですか。」
北川は少し困った顔をして考え込む。
私は、その顔を見ながら落胆を隠す事なく肩を下ろした。
まあ、仕方ない。
尊徳先生の資料など、置いてあるわけはない。
一般的な人気は無くとも、欧米の生物学者には、今でもその名を知る者がいる人物なのだから。
「すいません…つい、興奮してしまいまして。」
私は、慌てて北川に言い訳をする。
「そうですよね…尊徳先生の資料なんて……私のような人間に見せるような、」
「ありますよ?とても個人的なものでよければ。」
「はっ…( ; ゜Д゜)」
い、良いのか、北川さんっ、そんな、個人的なものを日雇い派遣の無名の男にさらしてもっ。
私は、絶句する。そして、期待もするし、ワクワクもする。
「まあ、あまり、資料になるとは思いませんが、地下の物置小屋に、少年時代の作文や日記等がまだ、残っていたと思いますよ。」と、北川はあっさりと言いながら、少し考えて、話を続ける。「郷土資料や伝説なら、むしろ、近くの学校に…」
「いえ、地下の資料を見せてください。」
私は、いつになく前のめりの自分にびびりながら、北川につめよった。
「……。分かりました。とりあえず、この辺りを軽く片付けて長山さんを待ちましょう。」
北川は、そう言って慣れた手つきでカメラの設定を始めた。